第八十一話 第二支部長の疑い
「代美ちゃんはさ、ノエルちゃんに危険がないように守ろうとしてるけど、先に自分の身ぐらいは守れるようになった方がいいよ。なんせ、つい最近拐かされたしね!」
そのせいでノエルがついていって、いらぬ危険な目に合わせた。実際は代美のみが大変な目に合っただけだが、起こりえたことである。
そのために緊急の仕込みだと、代美はエレオノーラからの指導を受けることになった。久しぶりだと言って代美より卓越した腕前を見せられたのには、非凡と凡人の差を思い知らされる。だが、そんなことはノエルで経験済みなので、早々に立ち直って素直に教えを享受する。
「鎖鎌の使い手が少ないのは扱いが難しいからだよ。刃の鎌だけじゃなくて、鎖や分銅、あるいは鉄丸があるからね。だけど、その分攻撃の幅は広がる」
エレオノーラが手慰みのように、鎖鎌を胸や腕の周りでくるくると回す。パッと宙に投げたと思ったら、背中越しに掴みとって代美の眼前に突きつける。
代美はその急な動きについてくることができず、目を見開いて固まることになった。
「それでも、ヒトカゲを相手にするには向いてない武器だよ。第一形態程度ならともかく、それ以上には鎖で巻き付けて動きをとめたり、分銅で怯ませたりするには効果は薄いもん。人間には、こんな風に有効だけど。殆どが慣れない相手だろうから、苦戦してくれるし」
「私は鎖鎌の特殊さを見込んだだけだ」
「ノエルちゃんの補助として、かな。中距離から攻撃できるしね。倒すことを目的にしていないなら、そこそこのヒトカゲにも通用するかな」
灰身上は最低好一対で行動するが、ノエルは他の誰かに取られることなく、全てのヒトカゲを斬りたいと思っている。そして、ノエルの隣に立ちたい代美は鎖鎌に価値を見出した。
代美は技量を一流には高められない凡人だが、人並み程度の技量にできる器用さがある。強くなる手段は選んでいられないと、とれる手札を多くして状況に応じて使い分けて、隣に立つことを認められように考えた。
「普通は才能の限界を感じ取っても高みを目指すんだけど、すっぱり諦めて別の方面に切り替えるのは、代美ちゃんの面白いところだよね」
忍びというのは、相手の心の内を読む技術にも長けているらしい。過去にこれらのことでリビーに相談したことがあったので、熱心な情報収集のおかげもあるのだろう。
「感情が見え見えの表情なのもあるよ。不満そうなのがバレバレ」
「む。そうか?」
「そうだよぅ。もうちょっと取り繕うか、感情を落ち着かせて。代美ちゃんのいいところは、とっさの判断に優れているところなんだから」
「そんなことは初めて言われたな」
「影ながらずーっと見てた忍びの言うことなんだから確かだよ。少なくとも落ち着いて警戒心をもっていれば、拐かされることはなかった」
「……そうだな」
「素直でよろしいっ。鎖鎌についてはあとは自分で勝手に復習しておいてね。次は柔術とか、別の武器を教えるから!」
鎖鎌は様々な手札の内の一つである。器用さから多芸である代美であるが、鎖鎌の特殊さから習ってきたことはなかったため、使いこなすためにここ最近使用していて、手になじむほどにはなった。
鎖鎌以外にも教えてくれるとは思っていなかったので、代美はありがたく思いつつヒトカゲ討伐までの時間までに詰め込めるだけ詰め込んでいく。
「代美ー。姐さんが編制のことで話があるんやって」
伝言を抱えてやってきたリビーとは、罪を告白した関係で顔を合わせると気恥ずかしさを覚える。
私的には誰にも話していなかったことを話せて気持ちはすっきりし、リビーが嫌うことなく受け入れてくれたことで安心している。だが、情けないところを見せたことで、告白してから時間が経った今でも気恥ずかしくなるのだ。
そんな代美の内心はともかく、第二支部長の倖女からの伝言である。足早に倖女の元まで出向くと、話をする準備は万全に整えられていた。わざわざ代美なんかにお茶や煎餅と用意している。
「編制のことで話があると伺いました」
「ええ。代美に聞きたいことがあったから呼ばせてもらったわ。ひとまず座ってちょうだい」
内容が討伐のことであるが、堅い態度でなくてもいいらしい。お茶や煎餅をもらって世間話をしてから、本題に入る。
「編制なんだけれど、どちらの配置がいいか希望を聞きたかったのよ」
「希望……願ったらその通りにしてくださるのですか?」
倖女は微笑んで回答を避けた。そして、問いかけてくる。
「ヒトカゲと直接斬り合う討伐する前線か、後方支援。どちらがいい?」
「前線でお願いします」
迷いはなかった。
ヒトカゲと斬り合うことで命を落とすことになろうとも、第二支部まで来ると決めた時点で覚悟はできている。後方支援も大切だが、灰身上として戦うことをしたい。
なぜこのようなことを聞いたのか。一人ひとり丁寧に希望を聞いている訳ではないだろうに。
「私が上流武家の生まれだからですか」
侮られていると怒りはなかった。似たようなことはこれまで散々経験をしてきている。代美の実家は終幕の灰身団に寄付をしていることもあって、立場ある者が特別に配慮する気持ちは分かる。
「私にはそのような配慮はいりません。一介の灰身上として、他と変わらずに扱ってください。この身に何かが起こって実家から何か言われても、私がそう言って無理を通したとしていただいて大丈夫です。紙にもその文言をしたためましょう」
代美の気質を知っている木丞ならば、起こることはなかった。本部ではなく第二支部であるというのに、討伐に臨む気持ちを伝えていなかった代美にも悪いところがある。
冷静な代美に、倖女は眉を下げて謝罪した。
「不快にさせてごめんなさいね。灰身上であると同時にお姫様でもあるから、聞いておきたかったの」
「いえ。気にかけてくださり、ありがとうございます」
「でもリビーからどんな人柄か聞いていたし、直接話したこともあったから、そう言うと思っていたわ。じゃあ前線での編制に入れさせてもらうわね」
「はい。よろしくお願います」
倖女に確認以外の他意はなかったことで、代美は頬を緩ませる。これで話は終わりだと思ったが、倖女により話は続く。
「代美はずっと本部に所属しているのよね。第三形態のこともあって、本部長とはよく話をしていると聞いたわ」
「はい。報告する関係上、よく話はしていると思います。あとはノエルに関することでもでしょうか」
「そうなのね。ああ、リビーから警戒するように話は聞いたかしら」
「今回のヒトカゲ討伐の背景に第三形態がいるかもしれないから、ですよね。リビーから聞いており、警戒を怠らないようにしています」
「それは身内にもしている? 疑うのは嫌でしょうけど……」
「……はい」
「本部長にも、かしら」
木丞という予想外の人物に、代美はまじまじと倖女を見ることになった。
「本部長を疑っているのですか」
「ヒトカゲが人間に化けられる以上、どんな立場の者でも疑う必要はあるわ。高い立場の者ほど狙われやすいでしょうし、なおさらね」
「……私は本部長はヒトカゲではないと思います。終幕の灰身団の一員として、本部長の立場から動いておられます」
「代美を第一支部に使者として送っているものね。でも、本当に? 何か疑わしいと思ったときはない?」
木丞が信頼している第一支部長の虎々との協力体制を築きにいったことは秘密裏のことである。表向きは第三形態のネロやセンについて伝達しに行ったことになっている。
裏事情については話を聞かずとも推測できないこともない。事実であるか鎌をかけている可能性があるので、認める言葉を口にしないようにはする。
ここで注目すべきところは、第一支部に代美が行ったと調べがついているほどに、疑って情報収集していたことだ。
「第二支部長は何を理由に、そこまで本部長を疑っているのですか」
「……今の段階ではこれ以上は言えないわ。でも私はその話を聞いて、本部長を見方とは言い切れないと判断した」
「私はとてもそうとは思えません」
代美はその場を立つ。どんなに言葉を尽くされようとも、納得させられる理由がないので気持ちが変わることはない。
「一応、本部長を疑うべきことは覚えておきます」
「……意見が分かれてしまったけれど、私は貴方と敵対する気持ちがないことも覚えておいて。何かあったら相談しに来てちょうだい」
そのやりとりを最後に倖女の元から退出した代美は、急いでリビーの元に向かった。何も知らないのか、のほほんとしているリビーは、顔が強張っている代美に瞬きをする。
「代美、どうしたん? 第三形態が現れでもしたか?」
「いや。それについては大丈夫だ。それはそうとリビー、第二支部長に話していないよな」
「ちょっと待て。何についてや?」
「第一支部に行ったこととか、その目的とかだ」
「おい、代美。うちをなんやと思ってるん? いくら家族の情があっても、勝手に話すわけないやろ。まあ、うちとしては信頼してるから、話してみてもいいとは思うけどな……」
リビーから情報が漏れたことはないらしい。
代美は怒るリビーを宥めつつ、つい先程のことについて話をする。リビーは倖女を意味もなく疑うことはないと擁護したが、代美は一つの意見として聞き入れるだけだった。これはもう信頼関係の差だろう。代美はリビーほど倖女との付き合いはないので、どちらかを選ぶとなったら木丞を選ぶ。
本部長を中心に、信頼できる者に限って事情を話して協力体制を築いている。このことからリビーは倖女を信頼していても、告げ口することはなかった。
「多分、疑心暗鬼になっとるんやろうな。うちらにできることは仲を取り持つぐらいや。本人同士で解決してもらったら楽なんやけどなあ」
本部長と支部長ではその場から離れることは難しく、なにより第二支部に迫るヒトカゲの脅威がそうはさせない。
代美は無事生き残ったら木丞に報告することにして、ひとまずヒトカゲ討伐の準備を行う。体の調子を良好に整える他に、討伐時の編制について決まったことで顔合わせを行った。代美にノエル、リビー、仁、エレオノーラが集まる。
「やっぱこの顔ぶれになったか」
「何度も仕事で組んできて、慣れているからな」
「はいはい! お姉さんも最近一緒に旅をしてきたからね」
編制については好一対を基本に、六人から十二人で一つの班として統率ができるようにしている。
代美たちの班は六人で構成される。足りないあと一人は遅れてやってきた。
「うんと、仁さんがいるということはここで合っていますかね」
「合っているぞ。これで全員が揃ったな」
町の外にある陣で過ごしていたことで、仁はその者と先に顔を合わせていた。
「初めまして。僕は安茂と申します。皆さんとは違って第三支部から応援に来ていますが、どうぞよろしくお願いしますね」
愛想よく挨拶するのは壮年の男だった。穏やかな雰囲気をもっていて、代美を含めた五人の中に輪を乱すことなくとけこむ。良い人が来てくれたと、そのときの代美は思った。




