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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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第八十話 姉と友

 第二支部の者たちは沙弓(さゆみ)倖女(こうめ)を筆頭に歓迎してくれた。馴染みのリビーには再会を喜び、ヒトカゲ討伐によく駆けつけてくれたと感謝を告げてくる。


 以前と変わらず受け入れてくれたことに、リビーは鼻がつんとした。

 温かく賑やかな家族のことを疑ってはいなかったが、本部に異動したことで余所者扱いされるのではないかと不安な気持ちはどうしても湧いてきたためだ。


 かつての住まいであった長屋にリビーの居場所が残されていたことには、ついには涙で瞳が潤んで必死に誤魔化すことになった。私物は譲ったり、本部に移したりしているのだが、共同で長屋を使用していた沙弓が配置をそのままにしていたことで当時の名残があるように思えた。


 ……代美やノエルを泊まらせることになったから、窮屈で乱雑な感じに変貌したけどな。


 ちなみにエレオノーラは忍びとして動くことがあるからと護衛時以外は行方知らずとなり、異性である仁は本部の灰身上がいる陣にいることになった。野外となる仁には申し訳なかったが、好き勝手やっているエレオノーラには微塵もそのような気持ちは抱かなかった。



「一年見ない内に成長したなあ。あれほど『天才リビー』って言ってたのに…………本部で打ちのめされたん?」


 沙弓と思い出話をしていて揶揄われる。身長ではなく、中身の話らしい。

 同年代の中では突き抜けた実力を持ち、努力も怠っていなかったこともあって、かなり調子に乗っていたときだ。今では恥でしかないので、リビーは顔を顰める。


「そうやけど、沙弓が想像しているのとは違うと思うで」

「なになに、どういうこと?」

「本部所属ではあるけど、刀を持ち始めて二か月の相手やからな。負けはしなかったけど、互角までいかれた」

「その相手って、リビーが連れてきたノエルのことかしら?」


 いったいどこから話を聞きつけてきたのやら。

 第二支部長の倖女がひょっこりと顔を出す。


「そうやけど、姐さんは今日もうちと話す時間はあるん?」

「多少の息抜きは必要よね」

「つまりないんやな」


 大規模なヒトカゲ討伐を計画しているというのに、と呆れる。


「まあまあ、姐さんはリビーと一緒にいる時間を大切にしたいんやって。あんまりツンツンしてあげないであげや」

「大事なことやから言っているだけで、別にツンツンしてないんやけど……もう、仕方ないなあ」


 そんな大事なヒトカゲ討伐があるからこそ、命を落とす可能性が高いためにリビーとの時間を作ってくれている。

 暗い話になるので口にはしないが、その意図は通じた。リビーはこれ以上どうにも言えなくなって、見逃すことにする。


「このまえチラッと見たのだけど、あの年でリビーと打ち合える子がいるとは思わなかったわね」

「凄いやんね! リビーは腕を上げているし、うちも負けられないなあ」

「ならリビーを送り出した甲斐があったみたいね。第二支部でも腕のいい灰身上はいる自信はあるけど、本部は数が集まっているから。同年代の子と競い合うこともできているみたいで良かったわ」


 リビーが本部に異動することになったのは、実力を伸ばすのに本部の環境が必要だと考えられたためだ。


 ふと、昔の記憶を思い出す。


『広い世界を見てきなさい。リビーでは第二支部は少し狭いみたいだから』


 それから第二支部に戻ってきたいなら戻ってきなさい、と倖女は目元を和らげる。


 その言葉でリビーは第二支部から離れることを決めた。天才リビーなんでしょ、と沙弓から奮起させるように後押しされたことも連鎖的に思い出す。それでいてリビーの想いと同様に寂しいと、鬱陶しいまでに惜しんでくれた。


「うちも本部に行けて良かったわ。仲のいい友達もできたしな」


 リビーは穏やかな気持ちから、素直に感謝を告げる。


「代美もそう言っていたわよ。お互いいい関係を築けているのね」

「代美が? そうなんや……」

「うおー! お姉ちゃんの立場は譲らんで!」

「心配せんでも、手間のかかる姉は沙弓で手いっぱいや」


 倖女を姐さんと呼んでいるが、手間はかかるどころか頼りになって尊敬できるほどなので除外する。リビー以外にも、第二支部所属の者なら誰でも親しみをもって呼んでいることだった。


「あれ、いつのまにかうちが世話される側になっとる? 昔は世話してた方やったのに……」


 天真爛漫で抜けたところがある姉がムムムっと唸る。自覚がないらしい。


「ああ、そういえば沙弓。好一対(バディ)が貴方を探していたわよ」

「え? あわわ、不味い! 巡回の時間、もうすぐやったかも!」


 うちがいなくなっても、こうして倖女や好一対(バディ)が世話を焼いてるんやろうなあ。


 討伐を予定とするヒトカゲは第二支部から数日かけて行く距離により集まっているのだが、はぐれてやってくるヒトカゲがいるので特別に巡回をしていた。

 その担当となっている沙弓が、バタバタと駆けていくのを見送る。倖女はリビーと真っ正面に向き合った。


「リビー。今の貴方は本部所属だけれど、第二支部の勝手は分かっているし、ノエルや代美たちには気にかけてちょうだいね。何かあったときには遠慮なく私に言っていいから」


 目と目がしっかりと合う。微笑まれているのに、真面目な硬い雰囲気があった。

 違和感を感じたリビーは「何か気にかかることがあるん?」と直球で尋ねる。


「ほら、第三形態のヒトカゲのことよ。ノエルはヒトカゲの謎を明らかにすると言われているし、実際ノエルを中心にして関わりがあったわ。…………今回のヒトカゲ討伐は数が異常で、その背景には第三形態が、四大卿がいて統率していると考えているの」

「だから、また関わりがあるかもって?」

「なんせ人間に化けられるのでしょう? 対策しているとはいえ、あの程度では潜り込むことは簡単でしょうしね」


 ノエルが目的の他、間諜として動かれることも考えて、第二支部の出入りには制限をかけているらしい。また見慣れぬ者がいないか、成りすましていないか、影に潜んでいないか、目を光らせているという。


 単にヒトカゲの数が多い討伐になると考えるのは安易だろう。もう既に戦いは始まっていると考えて、動かなければならない。

 リビーはこくりと頷く。


「ノエルを気にかけておくし、警戒もしとくわ。そうするように本人にもうちから伝えて、警戒させとく」

「ありがとう。それで何かあったら、小さなことでも遠慮しないで言うのよ」



 その後は本部に異動した後の話をして、倖女とは別れる。


 ヒトカゲ討伐が間近とあって、灰身上は体を休めるか鍛練をしているかが殆どだ。代美とノエルもその例に漏れず、体の調子を良好に整えている。

 ノエルが素振りをしているのはいつものことだが、意外なことに代美はエレオノーラから指導を受けていた。代美の鎖鎌を使って手本を見せながら説明する。鎖鎌の使い手は代美以外に見たことがないリビーだが、素人目からしてもエレオノーラの技術は卓越している。


「自分で優秀って言うぐらいやな」

「へっへーん。見直した? お姉さんって呼ぶ?」

「今日はやめとくわ」


 絡んでくることが面倒になって呼んだこともあったが、ついさきほどの沙弓とのやり取りからそんな気分にはなれない。


 そんなに姉になりたいもんなん?

 エレオノーラは同年代以下なら誰にでも言わせようとしている。


 忍びやし、相手との距離感を縮めるためにしてることかもな。

 明るく軽薄でひとなつっこいことから忘れそうになるが、エレオノーラの本質は無情だ。忍びとして命じられた役目を忠実にこなすようにできている。



 リビーは教えられたことを反復している代美とノエルを呼んで、エレオノーラを含めて倖女から言われたことを伝える。


「元より警戒していたからな。このまま気を抜かないで、警戒しておこう」


 代美は改めて、ノエルに簡潔な言葉で伝えて直している。ノエルの扱い方は代美が一番よく分かっているので任せておく。

 それが終わったのを見計らって、リビーはノエルの肩に手を置いてひそひそと話をする。代美はきょとんとしていた。


「さて、ノエル。エレオノーラと打ち合いしてこや」

「……してくれない」

「そんな簡単に諦めんでもいいやん。代美に指導してたんやから、気持ちが変わってしてくれるかもしれんで」

「たしかに?」

「いいか、頑固とした気持ちで挑むんや。憧れをなしたいんやろ? しつこくお願いして、粘り勝ちしてこい」

「……! 頑張る」


 エレオノーラは流石だ。嫌な雰囲気を察して、距離をとって逃げやすい位置に移動していた。

 そして、ノエルとエレオノーラの追いかけっこが始まる。警戒しろと言った直後なので、リビーと代美の見える範囲で繰り広げられることとなった。ノエル、エレオノーラは打ち合ってくれなさそうやけど、精々引きつけとくんやで。


 リビーは次に代美の肩に手を置く。


「さて、代美。前できへんかったお話をしようか」

「な、なんのことだ……?」

「拐かされる前にしていたやつや。話してくれるやろ? 自分でそう言っとったもんな」

「ああ、そうだったな。そんなこともあったな……」


 代美は目線を反対に逸らす。リビーは手の力を加え、言外の圧力を加えた。


「分かった! 話す! 話すから手を離せ!」


 早々に降参した代美だが、ぶつくさと文句を言う。


「気軽に話せるものではないんだぞ。…………嫌われるかもしれないし」

「そんなん代美じゃなくて、うちが思うことやろ。実際嫌うかどうか、聞いたるからとっとと話せ」

「リビーが強引すぎる……」


 そう言いつつも、不安な気持ちは紛れたらしい。

 代美はポツリポツリと話していく。


「第二支部に行ったときのことだ。支部長の虎々殿に、私とノエルを信頼できるに値するか、ヒトカゲ討伐という形で試された。私はその中で罪を………………人を一人、殺した」


 代美が反応を窺って見てきたが、リビーは淡々と「それで?」と促す。


「こ、殺すつもりではなかったんだ! 元々捕えるだけで、刑を受けるほどの罪人だったから。だが私は、ノエルを優先して雄大(ゆうだい)を殺す方を選んだ……。ノエルが雄大を斬って殺すことは絶対にいけないと、私は殺してしまう可能性を分かっていて、弓を引いて…………ッ!」


 最初に嫌われるようなことを言っておいて、慌てて言い訳をする。だがそれも言い訳にならない、ありのままを正直に告白することに変わった。


 不器用やなあ。


 だが偽りなく、誰かのせいにせず、他者を想う。そんな高潔な精神が、リビーには好ましく映る。


「そんなことがあったんやな」


 正直、話はよく分からなかったが、要所要所は掴んでいる。


「大変だったなあ。一人で抱えとって辛かったなあ」


 人を殺してしまったなんて、どういえば良いかなんて分からない。

 それでも嫌う理由にはならなかったと、そんな代美でも受け入れると示す。


「本部長とか、支部長とかには話したんだ。灰身上の源太(げんた)なんかは同じ場にいて…………でもこうして友に言うのは初めてだ」


 リビーはそうしたいと思って、代美を抱きしめる。

 言葉による慰めは受けているだろうから、友としてできることをする。


 代美は声を押し殺して泣いた。感情を吐き出せるよう、みっともなくとも大声で泣けばいいと思うが、場所が場所だ。

 わざとかどうか、ノエルに両手で捕まえられているエレオノーラと目が合う。仕方ないなあと言わんばかりに肩を竦められて、今度は反対にノエルを引きつけておいてくれた。


 *



「リビーは昔と変わらないわね。私たちのことを大切に想ってくれているし、記憶に齟齬はなかったわ」


 倖女は先程まで話をしていたリビーのことを振り返る。


 とても喜ばしいことだ。

 第三形態のヒトカゲとの遭遇により大きな怪我を負っていたが後遺症はなく、順調に灰身上の腕を上げて、よい人間関係を築いているようだ。

 第二支部出身であり、ノエルと身近は立場であることから不安視していたが、ヒトカゲに成り代わっていることもなさそうである。


 だから、純粋に喜べないことが悲しい。


「話を聞いた限り、代美はいい子ね。とってもがつくぐらい、悪いところはなさそうよ」

「こちら側に引き入れられそうですか?」


 そう言う男にとって、リビーよりも代美の方が重要なのだろう。それもそうだ。もっている情報が、格段に違うと思われる。


「どうかしら。時間をかければ自信はあるけれど」


 そんな時間がないから惜しいわね。


 ヒトカゲ討伐の準備にかかりきりとなってあまり協力できそうにない倖女に、男は理解を示す。


 そうして特徴のない埋没する容姿をもつ男との話し合いは、人知れず秘密裏に終わった。


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