第七十九話 蒼の戦力
その町はあるべき景観は損なわれて廃墟となっていた。
家の壁面は色あせたり、水で黒く脆くなったりしている。一部は欠け、家の内部がのぞき込む必要なく見えるほどだ。通りの地面は瓦礫や汚れてくしゃくしゃになった暖簾らしき布などが転がっている。好き放題に茫々に生えた植物はそれらを緑で彩ってやっていた。
当然、人間はいない。いないから、このようなありさまに成り果てた。
その代わりに、人間を象った存在が廃墟に居つく。
真っ黒に塗りつぶされた顔が、何かを探すようにゆっくりと辺りを見渡していた。また、呆然と立っていて、微動だにしないものもいる。反対に、体を左右に大きく揺らしてよたよたと歩いているものだっていた。
通りすがりにじっと見てくるヒトカゲに対し、カカは何も反応を返すことはない。ただその内心は、どこに視線を向けてもヒトカゲがいることに対してだが、驚いている。
「凄いな」
日が高いうちに、これほどのヒトカゲを一度に見ることは初めてだ。それも横の道に入ればまた別のヒトカゲがいるだろうし、影の中に大量に潜んでいる弱い気配も感じ取れる。
「どれもお前ほどではない。中身のない、虚ろなヒトカゲどもだ。といっても、この数を集めるのには苦労した」
少々自慢げな様子で、蒼は言う。
大規模な戦闘を行うということで仲間の誘いに乗ったカカは、拠点である廃墟に来ていた。その姿は辺り一帯にいるヒトカゲと同様、黒い影のままでいる。
それが本来の姿なのだが、弱かった頃を思い出させる。人間に見つかったときの面倒事もあって、普段は人間に化けていた。だが、同族と分からず人間と勘違いしてヒトカゲが殺到するというので、黒い影の姿でいるのである。
蒼にとっても同様だ。ただ、唯一その耳には円環の耳飾りがつけられている。
他のヒトカゲとの区別がついて、見失うことがないので楽だった。話しながら移動しているし、ぼんやりとした輪郭でなくはっきりしているので見間違うことはないが、分かりやすいのはいい。
「理性のあるものはよほど現れないのか、いても直ぐに取られているのか、見つからない。数で当たってみたこともあったが、派手に動きすぎだと他勢力のものに警告されたからな。弱い強い関係なく全てこの場に連れていくことになるから、むやみに起こして理性があるか確認することが難しくなった」
その数で当たっていた中にカカはいたのだろう。
蒼はやはり覚えていないようだが、あれからカカは魔改造を受けて急成長したのだ。分かるはずはないし、悔しさはあれど恨みはないので言わないままでおく。
「理性があれば、もっと仲間集めや諜報にも手を回せたのだがな。最後にカカを仲間にできただけ満足しておこう。――戦力として期待させてもらうからな」
「ああ。存分に私の力を振ってみせる」
ノエルに復讐するための戦闘の経験を得るため、カカは蒼の誘いに乗っている。利害関係により一時的な味方となっただけで仲間意識はないが、全力は尽くすつもりだ。
風化の影響が少ない家に入ると、蒼は色を変えて着物を身に着ける。蒼に習って、カカも灰身上の女に化ける。
こじんまりとしているが、小綺麗にしていた。汚れを払った、誰かが住まう痕跡があった。
「チッ」
蒼は舌打ちの後、廊下にいたヒトカゲの首を影でもって括る。仲間かと思ったが、違うらしい。
「礼儀をわきまえることもできない痴れ者が」
蒼は暴れるヒトカゲをあしらい、心臓の辺りを手で掴む。内部で何かやっているのか、蠢いた後に引き抜いた。
ヒトカゲの内部までは人間のようにできていないため、心臓なんてものはない。本来の影の色と同じ黒でいて、生きているかのように時々ピクリと動く。カカは、それに見覚えがあった。
同族のヒトカゲを、私は食らっていたのか。
ネロに与えられ、カカの力に変えたものだ。知らない方がいいと言われたが、確かに知って気分は良くはならない。といっても多少気分が悪くなるだけだ。同族を殺したことに対しても、知らぬ相手であるのでそこまで嫌悪を抱くことはない。
カカはノエルに復讐することに重きを置いており、それ以外に関してはなおざりだった。
蒼は苛立った感情を隠すことなく、足音を立ててある戸を開ける。そこには少女が二人いた。そのうちの一人が、乱暴に入っていった蒼を険悪に睨みつける。
「帰ってきていたのですね。常ならば挨拶をしに来ないというのに、どのような気まぐれで――」
「どけ。邪魔だ」
「ぐっ」
蒼は体躯の差を活かして、小さなその身を蹴り飛ばす。壁に全身を打ち付けることになったが、少女は蒼に対して怯むことはあっても、痛みに呻くことはない。どうやら人間でなく、ヒトカゲらしい。ならば、もう一体もヒトカゲなのだろう。
下ろしていた髪を蒼に掴み上げられていた。少女は抵抗することなく、されるがままでいる。顕わになった耳には、蒼と同じように円環の耳飾りがある。蹴られた方の少女はどうか、と見てみるとこちらもそうだった。どうやら揃いでつけているらしい。
「おい。先ほどヒトカゲが侵入していた。お前はあの程度も殺すことができないのか」
「……」
「何もできない役立たずが。――俺は認めないからな。お前は仲間にもなりえない」
少女の素朴な顔は苦痛に動くことはない。まるでそこらのヒトカゲのように、理性がない虚ろな存在に見えた。
「紬様!」
髪を離されてドサッと音を立てて床に寝そべることになった紬を、もう一体の名も知らぬ少女が駆け寄り、「大丈夫ですか」と体を抱えて起こす。
カカは無感動にそれらの様子を眺める。
よく分からぬ関係性だ。相手を嫌い、力量差もあるなら追い出してしまえばいいのに。
二体の少女が仲良く寄り添うところに、蒼が掴んだままでいたヒトカゲの肉を投げ捨てる。
「せいぜいそれでも食らえば、多少の力はつくだろう。下等な能無しなんぞ、俺には到底食えるものではないが」
人間に化けられるぐらいなのだから、追い出すには惜しいと思うのだろうか。
ヒトカゲの肉を食らうことは誰でも嫌悪するらしい。蒼が去っていった後も、二人の少女は手を付けないでいる。
カカは思うところがあって、その場に留まる。動かないでいる二人を見て、その肉を手に取った。
名も知らない少女はそのことでまだ同じ室にいたカカに気づいたらしい。蒼がいたときは何をするでもなく傍観していたカカを睨みつけてくる。適当に受け流していると、もやりと心の内から湧いてくるものがある。
これはなんだ。………………深い悲しみ? 今の今まで、何も感じなかったというのに?
カカは眉を潜めて、自身の気持ちの変化に戸惑う。
そこで目につくのは睨みつけてくる少女でなく、一筋の涙を溢す紬だった。感情がないと思っていたがあったらしい。湧き上がってくる気持ちが強くなって、なぜだか泣き出したくなってくる。
だが、遠くの方から蒼がカカを呼ぶ声を聴いて、その悲しき気持ちは霧散する。手に持つ重さから、ヒトカゲの肉を思い出した。
「いらないのなら貰う」
ガブリと、躊躇なく食らいつく。ひっと悲鳴が上がるが、気に留めなかった。
カカはノエルに復讐を誓った。そのために必要な強さを得るためなら、どんなことでもする。ただこの二体の少女に同情して、助けるなんて無駄なことはしない。
二度目の同族喰らいだが、前と異なり身の内を焦がす痛みには襲われなかった。ぺろりと全て余すことなく平らげて、二体の少女に背を向ける。
そしてカカは何事もなかったかのように、蒼に合流した。




