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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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第七十七話 客分

 ヘイニはなにか考え事をしていて、妨げとならぬように物音一つ立てないでいた。そんな細心の注意を払う配下に対し、客分である幼子はパタパタと走っている。


「ヘイニ!」


 無邪気な呼び捨てに配下は殺気立つが、本人のヘイニが気にすることなく表情を綻ばせて歓迎する。なにもなかったかのように殺気が収まったことに、躾がなっているものだと純粋に感嘆した。

 代わりにもう一人――一体でもどちらでもいいが、片方の客分には殺気までいかないものの態度が悪かった。なんて居心地が悪い。とても躾がなっている。


「まだいたのか。とっとと出ていけばよいものを」


 ヘイニは幼子の頭を撫でながら、毒を吐く。


「そんなこと言っちゃ駄目! ネロが可哀想だし、またあたし、お留守番になっちゃう……」

「そうなったら我と共にいればよい。寂しい想いなどさせぬぞ」

「おいおい。俺のセンを奪うつもりかよ。――セン、こっちにこい」


 躊躇いもなくヘイニから離れることから、センの答えは明白だ。ヘイニは残念なことだと嘆息する。


「センは健気なものよな」

「俺だって健気だろ。なんたって情報を届けに――『独尊卿』ヘイニ様の元まで足を運んだんだからな」


 ヒトカゲを統率する四大卿のうちの一体は、つまらなさそうについっと視線を別のところに向ける。


「『独尊卿』、か」

「不満か?」

「今さらどうこういったところで、勝手に名をつけた挙げ句、触れ回ったものは覆らん。とはいえ、我の名含めて真実をよく穿っているとは思う」


 ヘイニは独尊卿の名に違わず誇り(プライド)はとても高い。それに相応しい力も持ち合わせている。


「つまり、ヘイニ様はその名を気に入った、と」

「お前ごときがヘイニ様の御心を推し量るな」


 戸からでなく、影から潜り抜けてきたノノが言う。ああ、ヘイニの配下で一番の激昂者がやってきた。


「ただいま戻りました。……口を挟んでしまい、申し訳ございません」

「よい。この者相手にならそんな気にもなる。我でもそうだ」


 好意の欠片もねえな、こりゃあ。


「ネロ、いっぱい嫌われてるね」


 日頃の行いのせいか、ヒトカゲから人間に至ってそうだった。

 嫌われすぎていることにセンが慣れてきて、怒ってくれることがこうして二度に一度と少なくなってきたほどだ。


「それで、どうだった」


 ヘイニがノノに問いかける。


「ノエルは察したようでした。ただ確認した限り、誰かに話した様子はありません」


 ノエルと代美を詰め込んだ駕籠の担ぎ手に紛れて、ノノは町まで送り届けていた。なぜノノのようなヒトカゲが、ヘイニが乗っている訳でもなくそのようなことをしたのか。


「代美が知ったら、さぞ驚くんだろうな」


 主人を筆頭にヒトカゲしかいない屋敷の塀の外側、そこには町なんてものはない。町でかっさらって、駕籠で連れてこられる距離にはなかった。


 代美もそうだが、ノエルはより実力を上げているな。


 町から遠く離れた屋敷に連れてくるためには、ノノの影の特性を使用しなければならなかった。【影移動】でノエルと代美、担ぎ手、駕籠の全てを運び込んだのだ。

 ヒトカゲは影の中を移動できるが、【影移動】は制限があるらしくも途切れた影の先にも移動できる。


 ただ今回のような屋敷と町ほどの距離が可能なのは驚きだった。ヘイニはよい配下を持っている。センを奪うのでなく、逆に分けてほしいぐらいだ。ヘイニ以外には絶対に扱いづらいのだろうが。



「それにしても、ヘイニ様がこれほどまでに入れ込むとは思わなかったぜ」


 からかいながら、その反応を確かめる。

 ヘイニはそんなことないと素っ気なさそうにしていたが、今更否定しても無意味だと自覚しているのだろう。


「人嫌いめ」

「おいおい、俺は人間が好きだぜ。大好きなぐらいだってのに、人聞きならぬヒトカゲ聞きならねえよ」


 腹いせを兼ねた、話の逸らし方だ。既に何度か言われたことがあるので、ネロは打てば響く受け答えをしてみせる。

 腕に抱いた幼いセンは不思議そうにするも、その答えを疑うことはなかった。


「次の戦いで死なずにいるといいな」


 ネロは終幕の灰身団と共にノエルの情報を教えた。ヘイニは狙いどおりに――対象が代美ではあったが不都合はなく――興味を持って二人を屋敷に招待した。

 配下でない、理性なきヒトカゲを討伐させたのは実力を図るためだ。また、単純にそのヒトカゲが邪魔であったのと、屋敷に連れてきた言い訳でもある。


 ……ヒトカゲを五体と言ったのには焦ったけどな。


 元々野良のヒトカゲは第一形態の四体しかいなかった。それを屋敷内に厄介なヒトカゲが確実に一体いるとまでヘイニは言いはったのだ。

 それまでのんびりと寛いでいたネロは、自身のことだと直ぐ様悟った。センの可能性は好感度的にありえない。ネロは討伐される訳にはいかないと、代わりの生け贄を連れてくることに奔走する羽目となった。


「どんな結末になろうとも、我としては見届けてやるだけよ」


 逸らした話を元に戻したが、ヘイニは渋々にも付き合ってくれるらしい。


「そのために詰所まで用意したしな」

「この屋敷は今回のためだけでなく、それ以前から所有している」

「確かに第二支部が近いし、好きそうな場所だ」


 ヘイニはネロの主と同じだ。ヒトカゲという同族の脅威に抗う人間を観戦することを好む。

 大がつくほどの人間好き。ヒトカゲらしいヒトカゲだ。


 そのため同族であるヒトカゲは平気で切り捨てる。好きで構ってほしいと人間に害をなす、理性なき劣ったものには仲間意識がなかった。

 また、ヘイニとネロの主は違うが、自身はあのような見るに絶えないものではなかったと嫌悪を抱くものもいる。



「さて、どちらが勝つか」


 人間とヒトカゲの戦がもうすぐ始まる。

 第一支部の灰身上を筆頭にした人間と、野良までかき集めた無法集団のヒトカゲだ。


 ただ見守ると言ったヘイニは、実際その通りに静観するのか。


 現状人間側が圧倒的不利だ。それで人間が負けてしまうことはとても面白くなく、ネロの主が楽しめないので、わざわざヘイニに声をかけていた。


「まともに統率も取れぬのだ。()()は身分不相応に負ければよい」


 屋敷に潜り込んで討伐させたヒトカゲは、統率がとれずに散った一部だ。ヘイニは害を被ったので辛辣である。


()()って、前に挨拶した子?」

「合ってるぜ」

「そっか。……どっちも傷ついてほしくないなあ」


 センがポツリと呟く。

 ネロはセンの頭を思いっきり撫でてやった。大いに髪が乱れるのを、今度は丁寧に手ですいて直してやる。


「ネロはずるい」


 人間と仲良くしたいセンと、ネロは相反する立場にある。務めのためにと、ネロは状況をかき乱して人間を陥れる。


 それでもセンはネロと共にいることを選ぶ。

 ネロはそれが分かっているから、センを前にしても手を抜くことがない。


 とはいえ、ヘイニたちの前ですべきことではなかった。


 突き刺す視線には冷や汗をかく。流石のネロとて危機感をもち、よりセンの機嫌をとりにかかる。

 これから起こる戦いは、共に観戦することになっているのだ。取り敢えずセンに好かれておけば、ネロは排除されることはない。はずだ、多分。

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