第七十六話 屋敷の主
騒がしい者がいないせいか、元々屋敷内の静かさがより印象的だった。
そんな代美とは分かれ、別行動している。弱いヒトカゲ四体を任せているが、欲を言えばそちらもノエルが斬ってしまいたい。
厄介というヒトカゲの方を優先したのは、単純に強い相手を斬りたかっただけである。弱くとも四体もいるのは魅力的だったが、遭遇する機会はあるほうだ。
とにかく、屋敷内にいる厄介なヒトカゲを見つけてしまおう。
気配を探ると身近に一つの存在がいるが、これは目的のヒトカゲでない。最初に案内してくれた女が、ノエルを付きまとってくるのだ。何かしでかさないか、見張っている。
カーヤと名乗るなど、必要なこと以外に話しかけてくることはなく、いないのも同然だった。これは案内のときと異なり、存在感が薄いことも関係している。カーヤが見張っていることを思い出し、ようやく見つけることができるぐらいだ。
感知能力を鍛えるのに丁度いいかも。
つい先程、その必要性を感じていたばかりだ。
もう一度気配を探ると、同じようにカーヤの存在が引っ掛かる。見逃してしまいそうになるこの感覚を覚えておく。これでカーヤは見逃さないし、その他の相手でも通用する。
その証拠に、カーヤ以外にも存在を感知できる。
前方と後方に一つずつ、右の部屋には三つもある。隠れているがこれも見張りだろうか。目的のヒトカゲではないので無視するとして、影の中に潜んでいるかもしれないともっとよく探っていく。
近くにはいないと判断し、やけに疲れることもあって一時気を緩めたときだった。微かに感じた、上方からの気配。
ノエルは小刀の柄に手を置く。補助の武器として投擲しか使ってこなかったが、これも感知能力と同様以上に直ぐに使いこなしてみせる。
「おやめください」
小刀の披露は別の相手に行われた。鞘に入れたままのカーヤの小刀とノエルの小刀がぶつかり合う。本気でなかったとはいえ、ほっそりとした細く弱そうな腕に受け止められた。
「申し訳ございません。あれも身内ですので、どうかご容赦ください」
「……ん」
上にいるのにね。
天井を見るも、その姿は見えなかった。手出ししては駄目な相手らしいので他を探す。
こんなにいたのかと思うぐらいに、屋敷内には大勢の者がいた。ヘイニがいるところに固まっていて、二番手にノエルのところが多い。
どうにも厄介なヒトカゲを見つけられなく、やけに騒がしい外の様子を見に行ってみると、代美が全て倒してしまっていた。
激戦だったらしく、息を荒々しくして疲れ果てている。
「これは……」
カーヤの呟きは中途半端に終わる。視線の向きから、ノエルも屋根にいるノノを見つける。
淡々とした振る舞いだったなか、驚きと呆れの感情を表していた。それほど予想外なのだろう。ノエルも予想外だ。誘いにのってヒトカゲを斬りにきたのに、これでは意味がない。
ただ代美が「遅い!」と怒鳴るほどに、故意でなかったヒトカゲ五体との戦闘だ。素直に「ごめん」と謝るぐらいには哀れに感じ、その場で不満が表出することはなかった。
*
代美は引き続き、怒りに満ちていた。ノノの大声を発端に命懸けの戦闘をさせられ、大きな怪我なく終えた後は汗臭いから体を清めてこいと言われる。
「私が何をしたっていうんだ!」
この仕打ちは勿論ヘイニを心酔するせいだ。彼女に気に入られているというが、代美にはやはりその自覚はない。無理やり屋敷に連れられたが、ヒトカゲを討伐してもらうためだ。乗物にぶつかりかけて移動の邪魔立てをしたので、逆に嫌われている可能性もあるのだが、こうしてご機嫌なヘイニを見ると、ノノの言ったことはあながち間違いではなさそうではある。
「ご苦労だった。これで安心して暮らすことができよう。灰身上の献身的な行動に感謝する」
ヘイニは結っていた髪は濡れていて、下ろした状態でいる。代美は桶に入れた水で簡単に身綺麗にしただけだが、ヘイニは風呂に浸かるまでしてきたのだろう。体を火照らせてうっすら頬を赤く染め、髪から肌に伝う水もあって艶やかだ。
同性であってもその魅力に虜になってしまいそうで直視しがたい。
「それとノノが迷惑をかけた。詫びも兼ねて、褒美を与えようと思うのだが」
「それには及びません。灰身上として当然のことをしたまでです。代わりに、その気持ちを終幕の灰身団に納めていただければと思います」
「勿論行うとするが、我はそれとは別に報いたいのだ。欲しいものがあればくれてやるぞ」
ヘイニが目を遣れば、人がやってきてものを並べていく。ちなみにノノはヘイニの側で、すまし顔で控えていた。それでも可愛らしい容姿なのだが、今の代美には憎らしく感じるだけだ。謝罪もしてこなかったノノは、ヘイニがいるところだと上手く取り繕っている。
並べられたものは金銭の他に、上等な着物や簪と主の趣向で揃えられていた。中には来航品なのか、見たことのない装飾品がある。
「日本では物珍しいであろう? 右から順にネックレス、ペンダント、指輪という。この王冠は我が特別大事にしているものだが、気に入ったのなら譲ってやるぞ?」
「そのようなものであるなら、なおさらいただけません!」
「ふむ。ならば其方――ノエルはどうだ?」
「興味ない。……けど、代美にお金はやって。うるさいから」
「うるさい!?」
どういう理由だ、それは!?
代美は問い詰めてやりたかったが、ヘイニの前では憚られる。気持ちを抑えて咳払いをし、誤魔化しておく。
「仲が良いな」
「本当にそうであったら良いものですが」
ノエルは仕事では頼りになる相棒、それ以外では手間のかかる妹のようなものだ。甲斐甲斐しく世話を焼かないとだらしない生活になるし、道理を教えなければならない逼迫した問題があるから、仲が良いと一言では片づけられない関係である。
「本音を言い合える、遠慮のなさがあるのだ。仲が良くなかろうとも、そのような者が側にいるのならば毎日が楽しいであろうな」
どこか寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
何に想いを馳せているのかは知らない。本音は隠して見せないようにして、語ることはない。
おそらく代美と同じように上流階級の立場にいるのだが、生活に不自由がなくとも家族がいないことで苦労してきているのだろう。そのぐらいは察せられて、代美はついつい言葉をかけてしまう。
「ヘイニ殿なら直ぐにそのような者ができます」
「ならば代美がなってくれるか?」
「私、ですか?」
「我が相手なのは嫌か?」
「そのようなことはありません。ただその、私なんかでよろしいのかと思ってでして……」
誤解をさせてしまったことに、またノノが鬼の形相で睨んでくるのに慌てる。気に入られていると嫉妬していたのに、ヘイニの心情を優先して考えが一変していた。
「我は代美が良いのだ。他の誰にも文句は言わせん」
「……でしたらその、よろしくお願いします」
真っすぐな好意に、代美は照れくさかった。
ヘイニは無邪気に笑っているのを見て、大人びているだけで案外年は近いのかもしれないなと思った。
そのあとは敬語をやめさせられたり、屋敷に泊まっていけばいいと勧められたりするも、心配させてしまっていると仲間の元に戻ることになる。
「我から出向くので、次に会うときを期待しておれ。だから決して、ヒトカゲ相手に死なぬようにな」
行きに乗せられた駕籠にノエルと共に詰められ、送られることになる。散々遠慮したが結局金を含めた様々なものが入った包みを持たされたので、行き以上に身動きが取れない。
そして、またしても代美はノエルに潰されることになっている。まだつかないのかと苦しい思いをしていて、ノエルの「まあいいか」という呟きには追及しなかった。代美はすっかり忘れることになるので、困ることはあっても後悔することはなかった。
仲間と合流後、ヘイニに挨拶してから町を出ようとしたが、なぜか近い位置にあるはずの屋敷は見つけられなかった。人に聞くが、そのような屋敷はないし、ヘイニという女は見たことがないという。
まるで夢のように消えてなくなってしまうも、もらった包みも疲労も傷も残っている。そのため代美はヘイニの言葉を信じて、いつの日か会いにきてくれるのを待つことしかできることはなかった。




