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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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第七十四話 不気味な屋敷

「ノエル、引き返さないか。今からでも間に合うと思うぞ」


 代美はこっそりと言っているつもりだろうが、移動する音ぐらいしかなく搔き消えることはない。つまり、前を歩く女には丸聞こえだ。

 といっても、女は反応せず黙々と案内を続ける。


 変なの。


 普通気にするものだと、ノエルは知っている。

 女だけでなく、屋敷全体がそうだった。広々とした大きさに対して、全く人の気配が感じられない。


 だが、突き刺すような視線は複数感じられる。


 向けられる視線は分かるのにその存在を見つけられないことに、ノエルはムッと不機嫌になる。つい最近、忍び相手でもそうだと思い知った。

 剣技以外の能力も鍛えた方がいいかもしれない。感知能力に、柔術。


「この…………無視するなぁ」


 代美なんかにまんまと組み敷かれたし。


 駕籠に乗せられてきたときの強気とは大違いだ。恐がりすぎだろう。

 半べそをかいている代美に呆れながら、やることはやろうと手で合図して耳を貸させる。


「見張られてる」


 代美のように丸聞こえにはしない。囁き声で、口の動きも手で隠しておく。


「複数に」

「え……」


 代美は見渡すものの、何も分からなかったらしい。より半べそをかくことになっていて胸がすく。やり返してやった。



「こちらです。主人がお待ちしております」


 歩き続けていた女がとまっていたことで、代美がびくりと体を揺らす。


「ど、どうする?」


 どうするもなにも。


「いく」


 話がしたいのなら付き合うしかない。現状、斬ってもよさそうな相手はいないし見つからない。


 斬らせてやる、と耳打ちされてノエルは屋敷まで招かれることになったのだ。反射的に飛びついた形だが、入念に考えてもこの機会を逃すことはなかった。

 木丞(きすけ)の躾は知らない。人は斬らないからいいだろう。


 なぜかノエルと代美以外は排除されているが、相手からは敵意を感じないので素直に指示に従う。そのために代美も恐がりつつも、ついてきたはずだ。


「ああもうっ。命が最優先だからな!」


 代美が思い切りよく一室に入るのに、ノエルは続く。



 最初、その明るさに目を細めた。廊下と比べて灯火が多かったのもあるが、壁面となる引き戸や屏風などと装飾が、貴人が乗っていた駕籠と同じように黄金を基調としてキラキラしている。

 女主人は一層キラキラ度が強かった。着物は打掛け姿で華やかに、頭には(こうがい)やら(かんざし)が突き刺さっている。どちらも重そうで、動きにくそうだ。そのせいか知らないが、脇息(きょうそく)に腕を置いて楽にしている。

 また、駕籠の担ぎ手や案内人の女もしていたように首には布紐(リボン)を装っているが、単色で素朴だったのに比べて柄ものと違いがある。


「――よく来てくれた」


 声からしてあの貴人が女主人らしい。なぜかぼうっと見つめている代美をつつき、正気に戻らせる。会話担当、しっかりしろ。


「どうにも突然で、驚かせてしまったか」

「あ、ええと……こほん。申し訳ありません。見事なものだったので」

「実に良いものであろう。こういうことは全部任せきりにしておるのだが、いつも期待を裏切ることなく我に相応しいものを用意してくれる。まあ、そこの女子は興味なさそうだが」

「ノエル……この者は美に疎いので」


 そんなことはない。憧れに対する美意識は高いといえよう。

 口は挟まないが、反論しておく。


「興味関心など人それぞれだからな。そういうこともあるだろう。それはそうと、駕籠の件では我の者が不注意をした。本当に怪我はしていないか?」

「ぶつかりも転びもしていませんから大丈夫です。逆に私の方が不注意で、周りをよく見ていなかったもので」

「……ならばお互い様、ということだな」

「はい?」


 声が小さかったので、代美は首を軽く傾げる。ノエルは耳がよく、うまく聞き取れた。


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 といっても、代美にとってはである。ノエルにとってはここからどう斬ってもよい話になるか期待して、黙って話の流れを探る。


「見たところ、旅をしてきた様子。詫びとして、何か御馳走を用意しよう。そのまま今夜は泊っていくといい」

「奥方様のご厚意は嬉しいのですが……私どもには仲間が待っていますので、そこまでには及びません。お言葉だけで結構です」

「奥方、か。我に夫はいないのでそのような者ではない。ヘイニ、と名で呼ぶがよい」

「は、はあ」

「それと仲間には心配せぬよう、既に『借りる』と伝えておる」

「え?」


 ああ、もう代美にも分かるように言ってしまった。

 だが、話が長かったので、ちょうどいいか。


「どんな用件でわたしたちを招いたの。何してほしいの」

「ノエル!」


 代美が悲鳴を上げるように名を呼ぶ。

 別に敬語でなくてもいいだろう。実際気にした様子はなく、


「ヒトカゲを討伐してほしい」


 そう言ってのけた。


 *



「さっさと討伐して、一刻も早くリビーたちの元に戻るぞ!」


 勝手に連れてこられ、ヒトカゲを討伐してほしいとまで言われた代美だったが、とてもやる気でいる。これも全部、ヘイニのおかげだ。


『屋敷にヒトカゲが潜り込んでな。町の方には出さぬように閉じ込めることはできているが、この屋敷の広さ。探すことから一苦労よ』

『夫も家族もおらん悲しい身の上で……これでは夜も迂闊に寝られない。そこでヒトカゲ相手を専門とする灰身上を見つけてな』

『高名な灰身上なら、ぜひ助けてくれるであろう? ああ、そういえば、我の乗物(のりもの)が、ぶつかりそうになった誰かのせいで砂利が飛び、傷ついてしまったようでな』

『お互い様の責任であるなら、多少の金銭をいただくことにしようか。まあ、手持ちに心当たりがないなら、ヒトカゲ討伐で差し引きなしでもよいが』


 かつて代美はノエルを巻き込むほどの金策に取り組んでいた。実家から送られた金を手に付けてしまったのを、律儀にも元通りにしておきたいためだ。

 そのあとに本部長の木丞(きすけ)から支給金をもらうことがあったらしいが、それだけでは全然足りないので、今でも金の出費を切り詰めて生活している。


 こうして人助けを重んじる代美は、賠償金の後押しもあってやる気になったのだ。

 ノエルとしては代美の助太刀はいらないものの、反対されれば面倒だった。好一対(バディ)だから、心配だからと一人では残ってやらせてくれないためだ。

 意図通りになっただろうヘイニと同じように、ノエルはほくほくする。それとは反対に、機嫌の悪い者がいた。


「おい。調子に乗ってヘイニ様の期待を裏切ったり、屋敷のものを破壊したりするなよ。もしものことがあれば、即刻、僕自ら殺してやる」


 脅しまでかけてくるのは物調面を隠そうとしない青年で、名をノノと紹介を受けた。絶対に有言実行してやるという心意気が伝わってくる。腕に覚えがあるらしく、強そうだ。


「その、ノノ殿なら、私とノエルに任せずとも討伐できたのではないか?」


 代美は殺気を浴びせられて顔を青ざめつつも、言うことは言うらしい。


「僕がヘイニ様のご意向に逆らうはずないだろう」


 ノノはふんと鼻を鳴らし、直々にヘイニから任された案内を続ける。


「あいつ、ヘイニ殿の前と態度違いすぎるだろ……」


 確かに、同一人物か疑うほどほどだ。

 慇懃でありながらも童顔の愛らしい顔を活かした好印象だったのを思い出す。またしても丸聞こえだった代美のぼやきに今度は反応なしということはなく、悪態をつかれていた。

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