第七十話 助っ人の忍び
「馬は私たち二人を乗せられる力持ちで、速く走れるのだから凄いだろう。つぶらな瞳なんかはかわいいと思わないか」
「……」
代美は仁を警戒しろという話から一転して、明るい調子で馬の良さを伝えてくる。急な話にはノエルを懐柔しようとする意図がありありと読み取れて、無反応を決め込んだ。――ノエルが雄大という男を斬ろうとしたことをきっかけに、ずっとこの調子だ。
代美はノエルの憧れのため人間を斬ろうとしたことを看破し、先に弓矢で打ち取ってしまった。雄大から仕掛けてきたのを迎え撃つ形にしたとはいえ、木丞に告げ口されたら酷い仕打ちが待っている。最悪命がなくなるかもしれない。
そのときのノエルは身構えながらも言い訳しようとした。だが、代美は自ら射抜いた男の命を救うことに必死だった。怒ることなく、『お前は、ああなるな……』という言葉だけ。
お前とは誰で、ああとはどういう状態のことか。
ノエルはよく分からないまま、その後にも代美に怒られることがなかったことで、最悪の事態にはならないだろうと安心することになる。結局男は死ぬことになったので、ノエルに先んじて殺したことに怒りさえ湧いた。木丞や第一支部長の虎々にまで睨まれて、そんな反抗的な気持ちは萎えてしまったが。
虎々に関しては、木丞の信頼できる人物であるためだ。躾と言って暴力を振るってくることはないが、今回のことは木丞によく話しておくと言われた。代美と同じで告げ口できる立場なのである。
木丞は代美が一切合切を報告したとはいえ第二支部に行くことを考えてか、ノエルを見逃してくれた。人を斬れる次の機会があればもっとうまくやろうと思うが、第二支部から帰ってきたときがまた恐いので、当分は大人しくしよう。丁度第二支部ではヒトカゲをいっぱい斬れるようで、憂さ晴らしができる。
ノエルは代美と相乗りしており、休憩を境に馬の手綱を交代することになる。現在は代美が手綱を握っていて、ノエルは特別することがない。さきほど無反応をきめこんだことで代美はどんな表情をしているだろうか、真面目な顔で次はどうするかと悩んでいるのだろうな、とぼんやり考える。
ノエルは代美の前に座り込んでいて、さりとて馬の上で体をよじって代美の顔を見ることはできないが、簡単に想像できる。代美はノエルを懐柔することに諦めることはないはずだ。出会いから世話し続けているのとは他に、そう思う一因である言葉を思い出す。
『私はなにがあってもノエルの味方だ』
そんなことないくせに。本当の味方だったら、人間を斬ろうとするのを見逃し、手助けしてもいいのに。
不信感が渦巻くのとは反対に、その諦めない熱意さは悪くなかった。それがどこまでも続くかどうか、ノエルを見放さないでくれるのか。
見ものだ。
そしてノエルは代美を冷静に観察し、遠くない将来に試すことになる。
*
走り続ける馬のための小刻みに挟む休憩で、ノエルは頭を痛めていた。代美が無駄な親切を発揮して、第二支部までの道を教えるためだ。
「前回行った第一支部と同じように中山道を逆方向に通ってだな、だがこのままでは江戸に――ヒトカゲが特に蔓延り人が住むこともできない危険地帯に行きつく。だから途中で新たに開かれているという別の街道に切り替えて、一気に奥州道中まで合流するんだ」
木の枝で地面にガリガリと線を書いてくれるのだが、理解が及ばなかった。中山道やら奥州道中やら、ついでに出発点の本部がある信濃やらと書き込んであるのだが、文字を読むのがまだまだ拙いノエルでは難解すぎる。
「分かったか、ノエル」
「ん……」
「なら一回私に説明してみろ。分かったならできるはずだ」
ノエルが分かっていないことを分かっているくせに、代美はとても意地悪だ。名称は既に忘れたため、経路を指でなぞっていくことで誤魔化す。代美は呆れることなく再度教えてきて、信濃といった名称を復唱するように促してくる。
「奥州道中を使えるだけ使って、ここ、陸奥にある第二支部に行くんだ」
「……むつ」
「これで到着だな。じゃあ次は第三支部と第四支部も覚えておくか」
「!?」
まだ終わらないの!?
ノエルは助けを求めて、リビーと仁を見る。ノエルが真面目に教えを受けていたのは、代美を含めた三人が囲んで逃げられなかったためだ。
リビーは全面的に代美の味方でいて仁は二人に脅された形だったが、二人とも流石に憐れに思ったのだろうか、「うっ」「ぐぅ」と呻いている。
代美はそんな様子に気にせず、説明している。
「本部を中心に支部は設置されていったからな。つまり本部を補う位置に支部はあって、第三支部は筑前に、第四支部は――」
「あー、代美。一度に教え込む必要はないやない? ノエルが大変そうや」
「ちょっと手加減してやれ」
「詰め込みすぎたか? だが、あと少しだし、せっかく地面に書き込んであるんだ」
「また書けばいいんや。なんならうちが書いたるで!」
「うーん、そこまで言うなら……」
二人がやけにとめようとするのを、代美は不思議そうにしつつも納得する。ノエルは一時絶望的な気分に陥ったが、やっと鍛錬の時間だ。気分は既に明るく元気を取り戻していると、視界の端で不自然に影が動く。
「代美」
「ヒトカゲか」
大胆な動きだったので、名を呼ぶまでもなかった。誰もが武器を手に取って警戒する。全員灰身上なので、惑う者はいない。
影の主はゆっくりと姿を現した。ヒトカゲではなく人間の女で、猫目が印象的だった。その目がノエルを射抜いて細くなり、素早い身のこなしで距離をつめられる。
敵意と不快な感覚に襲われ、いつでも抜刀できるように身構える。そんなノエルの前に代美は割って入り、「何者だ!」と鋭い声を浴びせた。鎖鎌の刃を猫目女に向けているようでかなり好戦的である。
「私が何者だって?」
低く不気味な声に緊張が走る。
「よくぞ聞いてくれた!」
敵意が霧散し、猫目女は手をパパっと動かして妙なポーズをとる。一方通行でいる弛緩した雰囲気をノエルは受け取ってやり、代美の横から体を覗かせて名乗りを見届ける。
「いかにも怪しげに灰身上の前に現れた謎の女。それも身のこなしは只者ではなく、つい武器を突き付けてくるのも無理はない美女。何を隠そう、私の名はエレオノーラ。君たちの助っ人だよ! ぜひお姉さんって呼んでね」
風がビューっと吹くだけで、その場は静かだった。
「ほら拍手ぅ!」
促されるまま、ノエルはパチパチと手を叩いておく。エレオノーラは満足そうであるのに対し、残りの面々は戸惑いながら顔を見合わせている。目だけでやりとりをしていて、代美がガクリと項垂れる。
誰が話すか押し付け合いをしていたらしい、代美が口を開く。
「ええと、エレオノーラは」
「お姉さんだよ」
「……お姉さんは、その」
「うんうんなんだい? どんっとこい!」
「…………その、つまりは何者なんだ? でしょうか?」
エレオノーラはその間にもパパパッとポーズを変えている。代美はそれを直視しないようにして、リビーと仁に視線を送っている。
今すぐ交代してくれって言っているのだろう。今度は意味を読み取ることができた。といってもノエルは交代してあげることはない。代美たちも頼りにならないと分かっているので、最初から視線を送ってこない。
「私は皆のお姉さんなので、敬語じゃなくてもいいよ。一応紹介はしたけど、分かりにくかったね。一言で表すなら、そう、忍びだよ! 終幕の灰身団のね」
「忍び、」
「噂には聞いたことがあったけど、本当にいたとはなあ」
リビーは珍しいものを見たと楽観的になるが、ノエルは代美に合わせて緊張を高める。
忍びというのは隠れてノエルを見張っている者だ。敵ではないが、完全なる味方でもないらしく、発見したら教えるように言われていた。忍びという名前からしてそうだが隠れるのが上手く、ノエルでも一度それらしき視線を感じただけだった。
「それで、その忍びが俺たちに何の用だ」
「だから助っ人だよ」
「助っ人がつくなんて聞いてないのだが……」
「だって忍びは忍ばないといけないからね! 噂になるだけでその存在自体、今見たのが初めてでしょ。だからほら、変装用の灰身上の打裂羽織を受け取っているんだよ。これで多少信頼してくれるとお姉さん、嬉しいんだけどなあ」
打裂羽織は灰身上である証明になる。エレオノーラが羽織ってみせて、ちょうどよい大きさであると確認できた。盗んだ可能性は低い。
「まだちょっと警戒してるかな。助っ人の心当たりは少なくともノエルちゃんと代美ちゃんにはあると思うけど」
「そうなん?」
「……見張り?」
隠れるのをやめて、思いっきり近くでするのだろうか。
代美が黙っているので代わりにノエルが発言したのだが、小声で「おいっ」と叱られた。なぜに。
「確かに私たちはノエルちゃんを見てたけど、見張りって言い方は酷くない? ヒトカゲから守ってもいたんだよ。いつどこでも捕まってもいいようにさぁ」
「それってネロみたいなヒトカゲから?」
忍びの件は知らずとも、ネロとの遭遇に居合わせたことのあるリビーが言う。
「そうそう。ノエルちゃんはヒトカゲの謎を解く鍵かもしれないからね。ぶっちゃけると囮にして理性あるヒトカゲーー第三形態か、釣ろうとしているの。そのためにはノエルちゃんには生きてもらわないと困るわけ。これからたくさんのヒトカゲを倒しに行くっていうのに、隠れながら死なせないようにするのは難しいからね。そこでとっても優秀な私が、護衛のために表舞台に出てきたってこと! 第一優先は護衛だけど、その他雑事もお手の物なので任せてね」




