第六十九話 リビーの頼み
「リビーに何か言われたら、自己判断で行動してもらって構わないよ」
本部長の木丞から最後の伝達事項を聞き終えると、代美はとにかく急ぎだというリビーの元へ行く。木丞が気になる言葉を残したが、質問は全部彼女に、とのことだ。忙しい身の上の木丞とできるだけ早く話をしたいリビーの気持ちがちょうど噛み合わさっていた。
リビーは代美やノエルと同じように、終幕の灰身団の本部にある長屋を借りて生活している。どこで打ち合うか決めていなかったことで、長屋にあたりをつけて訪ねてみたがいないようだ。
どうしたものか。自身は関係ないのにと拗ねているノエルを、あてもなく引き連れるのは大変だ。長屋の前で考えていると、「ああ、いたいた」とリビーの方からやってきてくれた。
「すまんな。迎えに行ったけど、どうも入れ違ったみたいや」
「それなら大人しく本部前で待っていればよかったな」
「いや、よそ行っとったうちが悪かったからな」
要らぬ苦労をしてしまったことでお互い謝りつくす雰囲気ができていたが、ノエルが「……私、いらない」と呟くだけで鍛錬しに行こうとしたので、リビーが慌てて引き留める。
「ノエルにとっていい話やから!」
ノエルにも関係する話かどうか分からなかったが、無理やりにも引き連れていたことは正解だったらしい。
リビーは長くなるからと、三人もいれば狭さを感じる長屋の中に招き、話を聞くことになる。
「事が命に関わるから断られても仕方ないけど、できるなら助けて欲しいんや」
前置きは静かに平坦でいて、隠しきれていない感情が漏れ出て多少の起伏もあった。
代美はどのような大事があったのかと雰囲気に呑まれ、自然と背を正す。
「うちが本部に来る前、第二支部におったのは知っとる?」
「ああ」
確か初対面で仕事を共にこなしたときに聞いたことだ。ちなみにノエルは覚えていないらしく、軽く頭を傾けている。
これはいつものことなのでリビーは気にせず、代美に対してこくりと頷いた。
「うちは第二には子どもの頃から世話になっててな。その馴染みのもんから文が届いたんや。ヒトカゲが大量に集まってて、人を集めて討伐隊を作るから参加してくれんって」
ヒトカゲには集団で行動することはない。理性ある第三形態のヒトカゲを除くとして、複数個体を見かけても人につられて集まってきたか偶然と判断する。
「ヒトカゲがより集まっとるだけでも異常で、しかも数が数や。ここだけの話……千体はおる」
「せ……ッ!?」
「最低でその数や。最悪、倍以上に膨れ上がるかもしれん」
灰身上は一体のヒトカゲにつき、最低好一対の二人で対応してきた。第二形態のヒトカゲであれば四人と、安全を十分に確保したときもある。
それが千体。せめて桁を間違えているのではないかと疑いたくなるが、千どころか倍以上になるかもしれないという始末だ。
「第二支部所属の灰身上をかき集めても人出が足りん。本部にも救援の知らせを送ったみたいでさっそく人を派遣されてたけど、人はいくらおってもありがたいやろうからな。身内の危機に駆けつけん訳にはいかんし、それでいてうち一人もなんやから代美とかノエルにも助けてもらおうって待ってたんや」
馬丁の話には、こうして繋がってくるのだろう。実際に大事が起きて、この先の被害を食い止めるために、第二支部に馬で駆けつけたのだ。馬の数には限りがあり、歩きになった者も多いと思われる。
「でもこんなときに都合悪く、代美とノエルはなかなか帰ってこんからな」
リビーは唇を尖らせ拗ねて見せる。その非難したくなる気持ちは分かるが、代美としてはどうにもならなかったことなので眉を下げてしまう。
「リビー、これでも寄り道なく帰ってきたぐらいなんだ」
「分かっとる。うちも仕事に出とったし、長期間留守にするってのも言えんかったやろうしな」
言付けするか文に書きつけておけばよかっただろうか。だが、第一支部へ使者となって協力体制を築くのは内密だったのだ。
リビーは信頼できるから話してもいいと思うが、木丞に判断を仰いだ上でするべきことだろう。打ち明けるなら全部話せるが、現状では何も話せない。納得させるために友人に嘘をつくのは気が進まないこともあって、結局は留守にするときも今も詳細を言わないでぼかすしかなかった。
「……とにかく! もうすぐ帰ってくる頃だって茜から聞いたから、先に第二に向かったもんに追い付けるギリギリまで待っとったんや。代美たちが使った馬もまた乗っていいって許可もとれたしな」
茜は代美とノエルの専属の奉公人だ。代美が上流武家生まれ、ノエルの憧れを最優先にする性質などで、特別に仕事やその他に何かあれば茜が受け付けとなって担当してくれている。
「こういうのはよく考えるべきなんやけど、できれば今すぐにでも決めてほしい。ノエルはどうや」
「行く」
いつもの淡泊な声が生き生きとしていた。ノエルの憧れをなしたい情熱を知っていれば、その思考や言動は想像を外れることはない。リビーも代美もその答えに驚くことはなかった。
「うちが頼んだからには代美が参加せんでも、責任もってノエルの面倒は見る。一人突っ走って死なせんようにもするつもりや」
リビーは無理に迫ることなく、代美に選択を委ねてくれる。言葉にされ、参加することになればいつも以上に死の危険があることを実感するが、既に定まっていた答えは揺らがない。
代美は「いや、」ときっぱり言う。
「灰身上となったからには、戦って死ぬことも覚悟している。少しでも助けになれるなら、私も参加しよう」
リビーは代美とノエルの分を含めて、その日のうちにも出立できる準備をしていた。使者として第一支部まで往復したときの馬には疲れが溜まっているからと、別の馬を二頭借りて相乗りする。これは二人ずつ、つまり代美とノエル、リビーの他に仁もいた。
リビーは代美とノエルが報告に行っている間に仁を呼びに行っていたので、入れ違ってしまった事情があったのだ。リビーとは比べて随分と久しぶりに会う仁に、代美は言う。
「仁も参加するんだな」
「意外か?」
「まあ…………正直に言えばそうだな」
仁は灰身上にある人を守らんとする気持ちがないように見える。リビーが仁から直接『俺は命を懸けてまでヒトカゲを倒すつもりはない』と言われたと聞かされたこともあって、よりそのように見えてしまう。
灰身上を志した理由は人それぞれで、全員が全員人々を守るためにはならないだろう。身寄りがなく終幕の灰身団に引き取られ、灰身上か奉公人しか選択肢がなかった者もいるはずだ。
仁はヒトカゲ討伐と仕事はきちんとこなし、そのための実力はある。やる気がない訳ではないのだが、ヒトカゲ討伐には常に身の危険はつきまとう。背中を預けるに足りる理由はあってほしいのだ。命を懸けるつもりがないというのは、いざとなったら仲間を捨ててでも逃げるつもりだと信頼できない。
「リビーが頼むとしつこかったからな。好一対であることまで持ち出された」
それは…………私のときと対応が大違いだな。
リビーは代美に対しては時間がないながらにも選択を委ねてくれたが、仁に対しては言葉を駆使して承諾させたらしい。
仁は代美よりも強いからな。貴重で有用な人材はなんとしてもほしかったのだろう。
だが、代美としては心配が募る。もっといえば、警戒までしていた。
仁は深刻な危機が及ばない限りはきちんと役目を果たすだろう。死にたくないためか危機管理はできていて、まずそのような状況に陥らないようにしている。思い返せば初めてネロと遭遇して戦闘になっとき、代美とリビーは重症を負ったが、ノエルと共に仁は怪我をしていなかった。
そのため心配ならぬ警戒というのは、別のことだ。
代美は木丞に報告して直ぐ、再び話をすることになった。リビーは信頼できるので、第一支部まで行っていた事情を打ち明けてもいいかの伺いだ。話といっても『リビーに話してもいいですか』に、一言返されただけの短さである。
『もういいよ』
本部に潜むヒトカゲを警戒して具体的な言葉を隠したやりとりだ。木丞の言葉に引っ掛かりを覚えたのは正しいのか、それとも神経質になりすぎているのか。
損はないので『もう』とつけられた意味を考えると、木丞はリビーを以前から信頼して話してもいいと思っていたのだろう。ただ確証がなかったから、代美とノエルが第一支部に派遣している間に裏付けをとった。またリビーの友人でいる代美が信頼できると言外に伝えたこともあり、了承した。
それだけだったらいいのだが、直前にリビーと話していたこともあって代美は頭に過るものがあった。
リビーはヒトカゲ討伐と仕事に行った後に、代美は第二支部に行くことになった。リビーに長期間留守にすると言うこともできなかったことは、巡りあわせが悪かったためだろうか。いいや、違う。
代美は木丞からヒトカゲが本部に潜んでいることを話された。そのときに後でやってほしいことがあると言われ、リビーが仕事に行った後に文を通してやってほしいこと――第一支部に使者となって協力体制を築いてきてほしいと頼まれる。
そうして代美は第一支部に行くことになったのだ。木丞の言動により、意図的にリビーと話をする機会がなくされた。
代美に不快感を与えないよう、裏付けをとるためか。代美はこの理由があれば不快感なく納得するし、木丞もそんな代美の性格を分かっているだろう。
リビーを今になって事情を話してもいい、木丞の意図はなんだ。
代美は仁と会って、答えを見つけた。
第二支部まで移動を始め、代美の前に座って馬に相乗りしているノエルに囁く。
「仁には警戒しろ」
リビーは仁と好一対を組んでいる繋がりがある。そして、ノエルはヒトカゲのネロに無傷で捕らえられそうになったことで、記憶喪失した部分にヒトカゲに狙われる何かがあったのか、特に注意しなければならない立場だ。
ノエルを狙うなら無理やり捕らえる他に、味方だと近づいて取り入る方法がある。ノエルは憧れに一途なため、該当する者は少ない。共に仕事をすることがあった仁はその少ない一人になる。代美は仁とはそこまで親しくないが、木丞がその可能性があるとリビー越しにも話が伝わらないように警戒するならば、経歴と疑わしい点があったのかもしれない。
ノエルは「ん」と素直に返事をして、戸惑う様子はない。特定の人物を警戒しろと 言うのは風呂屋であった女以来で二度目だ。ちなみに木丞から第三支部長の結であると知らされ、これは言葉にして警戒しろと聞かされている。
知り合いでもそうでなくとも、ノエルにとっては変わらないのだろう。もし戦うことになっても躊躇しないに違いない。
自らの命のためにその方がいいのだが、実際はヒトカゲであってもそのときまでは人間だと思っていたのだ。普通の者なら躊躇するはずで、ノエルの歪な精神性に代美は不安になった。その駆られた想いで、乗っている馬の良さを伝える。他者の命を大切にする気持ちを育くむためだが、ノエルは無反応だった。
ノエルが人を殺しそうになってから、代美は何かにつけては道理を教えている。つまり小言が増え、うんざりされているようなのだ。一見道理に関係ない馬の話でも敏感に感じ取られていた。




