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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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第六十八話 第一支部からの帰還

 その男は人が踏み入ることのない山奥を一人で歩いていた。道のない険しい道であるが慣れた様子で、何かを探すようにあたりに視線を巡らせている。

 何をしにこんなところまで来たのか、胡乱な目で眺める。隠れて姿など見えないはずなのに、その男は急にその方向に首を回した。


「いるな」


 男はこの辺りで幅を利かせる、鬱蒼とした葉で広く、太い幹で濃く作り出す木陰に近づく。男はその影に片足を踏み込んだ。ただ踏みつけるのでない、影の内部までにだ。人間に化けることをやめた足は木のように枝分かれして、捉えようとしてくる。


 カカは舌打ちし、隠れていた影の中から現れる。ネロと相反して一人行動することになった現状なので、カカは同族のヒトカゲであっても警戒を忘れない。


「何用だ」


 鋭く睨みつけると、そのヒトカゲは喜ばしいことだと手を叩く。


「まさかこんなところに理性もちの個体がいるとはな。乱暴な挨拶をしてしまったことを謝らせてもらおう」


 影から無理やり引きずり出そうとしていたため、友好的に話しかけられるとは思っていなかった。

 カカは理性が芽生えてから日が浅く、魔改造された身で圧倒的な力を得たが、経験値は圧倒的に不足している。必要ない争いはなるべく避けるべきだと、敵意を薄めて再度「何用だ」と問いかける。


「お前のようなヒトカゲを仲間に迎え入れたいと探していたんだ」

「あいにく私はやるべきことがある。他を当たれ」

「やるべきこととはなんだ? ……理性もちほどの強者はそうそういないからな」


 そう簡単に諦められないらしい。

 カカはこのヒトカゲの声に引っ掛かりを感じつつ、ぐつぐつと煮えたぎる感情を顕わにする。


「とある灰身上への復讐だ」

「よほど恨みがあるみたいだな」

「ああ。だから、仲良しごっこをしている暇はない」


 カカはノエルに殺されそうになるも、からくも逃げきり復讐を誓った。ネロの力を借りて復讐を果たそうと挑んだが、自身の力を過信していたこともあって返り討ちにあう。そのときの傷癒え、体力は戻り、この奥地で今度こそ復讐に足りる力を養っていた。


 二度もノエルに甚振られ、惨めな気持ちを味わいつつも尻尾を巻いて逃げたのだ。復讐心は日が経つにつれ、減るどころか増している。


 相手のヒトカゲは「そうか」と、カカの言葉に苛立つことなく考え込み始めた。カカも今のうちに、先ほど感じたひっかかりは何か思い出そうとする。生きている期間は短く、一番古い記憶を引っ張ってくるのにそう時間はかからなかった。


「お前は……」

「なんだ?」

「いや」


 カカを叩き起こし、ヒトカゲとしての意識を目覚めさせたのがこのヒトカゲだ。会うのは二度目で、相手は覚えていないようである。生まれたてでとても弱かった頃の話なので、わざわざ蒸し返すこともない。


『使えない』


『処理が面倒だな。一体ぐらい、いいか』


 そう言われた記憶もあって、カカは黙り込む。相手は怪訝に思いつつも、誘い文句を考えたらしい。


「俺は人間を支配するつもりだ。その手始めとして邪魔な灰身上を、まずは第二支部の者どもから一掃する。大規模な戦闘になる予定で、既に大勢の仲間を揃えている。こんな山奥で潜んでいるということは、まだ復讐をなせる段階ではないんだろう。目的の灰身上の前に、まずは腕慣らしでもどうだ」

「……悪くない」


 灰身上は世にはびこるヒトカゲを討伐することを目的としており、実力者揃いだ。カカには足りぬ戦闘経験を得るには十分すぎる。それにこのヒトカゲの行き末がどうなるか、興味があった。


「仕掛ける時期は近い。相手も俺たちの動きに勘づいている。遅れぬうちに、我が仲間を紹介しておかなくてはな」


 ヒトカゲはあおと名乗り、カカはノエルがいるだろう本部から遠く離れた拠点に移動することになる。多少復讐の遠回りになるかもしれないが、多くの経験を得られる絶好の機会に違いなかった。



 *


「久しぶりの本部だ……」


 代美は使者の役目を果たし、第一支部から帰還していた。賑やかだった第一支部と比べると、終幕の灰身団の重要な柱となっている本部は厳粛まではいかないものの堅苦しさはあるが、馴染みのある点からほっと安堵できる。

 長旅もあって郷愁感覚に陥って、ほっと一息ついている代美と異なり、ノエルは特別な感情もなく淡々と馬を馬丁の奉公人に預けている。それどころかさっさとしろと目で訴えてきていて、せっつかれた代美は同じように馬を預けた。


「道中何事もなかったが、長距離を走らせて疲れているからな。ゆっくりと休ませてやってくれ」


 帰還中に賊に襲われなかったのは幸運だった。

 捕らえて同心に引き渡すべき男をノエルが殺そうとしたことがあり、代美はずっと緊張を張りつめることになっていたのだ。人殺しの味を覚えないように、またノエルが人を斬ってほしくない代美の想いもあって、賊に襲われたときは代美だけで対応したかった。とはいえ、ノエルは正当な理由があるのならば、身を守るためだと代美よりも先に賊を斬ってしまったことだろう。


 無事に何事もなく済んだのは良かったが、行きには考えもしなかったことだ。もっと考えを巡らせなくてはと反省していると、馬丁の奉公人が言いよどむ。


「そうですね。……ゆっくりはちょっと難しいかもしれませんけど」

「そういえば馬の数が少ないな。何か大きな事件でもあったか?」


 過去にヒトカゲが町を半壊させたとき、大勢の灰身上で討伐しに行ったことがある。そのときは緊急時用に厩舎で待機させる分の馬まで使うことになって、今の厩舎はそれと同じだ。乗馬の訓練をしていても、一定数は馬を揃えている。


「大きな事件があったといいますか、これから起きるともいいますか……」

「あーッ! 戻ってきたな。代美、ノエル!」


 大声を張り上げたのはリビーだ。ヒトカゲ討伐に出かけていたことで、代美が長期間本部を不在にするのに別れも言えなかった。

 だから感情過多になっているのだろうと、ずんずんと歩み寄ってくるのに理由付ける。なんだか怒っている雰囲気に近いが、気のせいだろう。気迫に圧倒されつつも「久しぶりだな」と声を掛ける。


「そやな、久しぶりやな。……これでなんとかぎりぎり、か」

「?」

「とにかく先に本部長に報告してきや。厩舎にいるってことはまだなんやろ。そのあとでいいからうちのとこに来てくれん、急ぎの話があるねん」

「ああ、分かった」

「ならいったいった。とにかく急ぎやからね」


 背中を押されることで、馬丁の奉公人の話を最後まで聞くことなく本部長である木丞の取次ぎを行うことになる。

 帰還した使者の報告は優先度が高いので、木丞はすぐに対応してくれた。



 使者となって第一支部に訪れた目的は、本部にヒトカゲが潜んでいると発覚したことで、信頼できる者と協力体制を築くためだ。木丞が信頼する第一支部の虎々がふさわしいと選ばれたのだが、その虎々は代美とノエルが信頼に足りるか試されることになった。

 そのため予定を変更して五日余分に滞在を伸ばすことになったが、第一支部が出雲にあることから長旅でそのぐらいの誤差は出る。


 何も知らぬ木丞に一切合切を報告すると、「あの爺さんならありえたことだったね」と木丞が申し訳なさそうに眉を下げる。


「第一支部長とは俺が本部長になるずっと前からの仲でね。具体的にはやんちゃしてた俺に目をつけて、叱ってくる口うるさいおっさんだった頃からで……だから付き合いは長くて、お互い信頼が置けるほどだった。それなのに俺がわざわざ遣わせた使者を疑ったのは……間違いなく和人の件だろう。ノエルを助けて死んだって、葬式で顔を合わせたときに話したから。狂暴すぎて躾けたことも話したし」


 そのことを思い出したのだろう、報告を任せっきりのノエルがぶるりと体を震わせる。

 代美はかわいそうに思いつつ、第一支部長が先生の名を出したときには聞けなかった疑問を尋ねる。


「第一支部長と先生は知り合いだったのですか?」

「うん。なにせ和人が灰身上になるきっかけを作ったのが爺さんらしいからね」


 先生の過去、か。

 代美は和人が死ぬまでの旅の付き添っていたが、そこで知れたのは病に苦しみながらもより多くの人々を守らんとする高潔な精神だ。自身の過去について語ることなく、代美も聞くことなく和人の世話と鍛錬に専念していた。


 代美の知らない和人についてもっと話を聞きたい気持ちに駆られるも、相手が本部長の木丞だ。またの機会に回すと、報告ついでに木丞から伝達事項を聞くことになる。


「使者として遣わせた名目上の、ネロとセンという理性のあるヒトカゲについてだけど、第三形態として定義づけた。混乱が予想されるから世間には大々的に公表しないけど、灰身団内では情報を共有している」

「夕方にだけ出現し、人の形を保てないのが第一形態、人の形をより保て、昼にも出現できるのが第二形態。理性を持ち、人間に化けることができるのが第三形態ということですね」


 ヒトカゲが化けて人間社会に溶け込んでいるとなれば、人々は不安に襲われ隣人をむやみに疑うことになるだろう。

 ただひた隠しにして被害があったときに対処できぬよう、大名から限られた者には第三形態のことを伝えていくらしい。終幕の灰身団の代表である長塚が話をつけ、大名から各地の警備の代表者までには情報をいきわたらせることになる。

 灰身団を動かしている者は木丞の印象が強く、顔を見かけるどころか話題にも上がらない長塚の話はこれまで縁遠いものと思っていたが、その補佐である一朔と知り合ったこともあって身近に感じられた。代美が上流武家出身もあって、大名とのやりとりが想像しやすいのも影響しているかもしれない。


「さて。第一支部と協力体制を築いてもらった今、また何かあったら頼ませてもらうけど、ひとまず代美さんはこれまで通り過ごしてもらっていいよ。ただ警戒だけはしておいてね」


 本部にヒトカゲが潜んで協力体制を築いたことをノエルには伝えないでいるので、抽象的な言い方にも代美はこの場で問いただすことはない。


 これまでの代美だったら、雑用でもいいのでできることはないか、後で個別に聞いていただろう。だが、今代美がすべきことはノエルに専念することだと分かっている。ノエルの味方になって、憧れを追い求めて人を斬ってしまわないようにとめたり、道理をその良さも含めて教えたりしていきたい。

 それに人間に化けているかもしれないヒトカゲやノエルを見張る忍びにも警戒する必要もある。ノエルはネロに無傷で捕まえられそうになったこともあり、特に注意しなくてはならなかった。


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