幕間 木丞の思い出
本部長が灰身上だったときの昔話です。
「そういえば、やけに熱心な見習いがいるらしい」
ディマリアスが世間話を提供したのは、本部の食堂で食事を共にしているときだった。木丞は口いっぱいに米を詰め込むのをやめずに、相槌を打つ。
「ほおん。まらか」
「汚い。飲み込んでから喋ろ」
「ふぇいふぇい」
「おい」
ディマリアスが手厳しいので、茶で食べ物を押し流しておく。ちょうど食べるものがなくなって、木丞は口があいた。ディマリアスは行儀よいものだから、食べるのが遅い。木丞が速いのだと言われた記憶を頭の隅に追いやって、見習いについて考える。
終幕の灰身団はヒトカゲ討伐を請け負っており、その過程では被害者はよく見かける。子どもで身寄りがなければ、引き取ることがあった。そしてその子どもはただ飯を食わせる余裕もないことから、灰身上なり奉公人なり灰身団の一員になって働く。
ただヒトカゲに人生をぶち壊され、嘆いているところにそのヒトカゲ討伐を行う灰身団が引き取り手となることから、復讐なり自身と同じ被害を減らすためにと、熱心に働きすぎる傾向がある。ディマリアスが言うぐらいなのだから、よほど酷い具合なのだろう。
「今日って仕事あったか?」
「ある。いくらお前といえど、さぼりはしないだろうな」
「しねえよ。ただちょっとぐらい時間はとれるだろ?」
「ああ」
木丞は口が悪く、気に食わないことがあれば手足がすぐに出るといった乱暴者だ。それに付き合えることができ、剣技の腕もそう劣らないことで、ディマリアスとは好一対を組んでから長い付き合いである。
木丞が様子を見に行くと考えたのは予想済みで、そのために話にも出したはずだ。
見習いは灰身上を志し、朝一番に起きて誰よりも鍛錬している少年らしい。だが、その日には見習いには会えなかった。いつもいるという武芸場に、その日は来てすらいないらしい。
仕事のヒトカゲ討伐は昼にも活動できる第二形態と手ごわい相手だが、木丞とディマリアスならば問題ない。小規模の群れ相手であるが傷一つなく日帰りで済み、だが疲れもあって早々に床についた。
翌日はいつもより早く起きることになり、それでもこの時間帯は既に奉公人が起きて朝食の準備をしている。人の動く気配を感じつつ、またひと眠りするか、と壁の向こう側と同じ長屋に住まうディマリアスがいつも起こしにくることから怠惰に過ごそうとして、見習いの話を思い出す。
「あ~、仕方ねえ。行くか」
世間話という形だったが、誰にも止められなくて木丞までお鉢が回ってきたはずだ。他の者で駄目だったのだから木丞も駄目かもしれないが、そこは木丞の性格からくる乱暴なやり方だ。強引にしろ、それで何度か問題を解決してきた。
武芸場に行けば、今度こそ少年がいた。この早朝に一人しかいないので、おそらく探していたあの見習い――和人だろう。木丞は屋敷の壁にもたれつつ、しばらく様子を見ることにする。
線の細く小柄で、子ども用の木刀と腕が同じ太さに見えるぐらいである。その木刀を振るうのはかなり苦労するのか、息を吐く度に白い靄がうっすらと現れる。秋がやってきたこの頃、朝は少々寒々しいが、普通にしていれば息は白くならない。
よほど体の熱を持っているらしい、とふっくらとした頬の赤みからも推測する。ただその色合いは濃く、鍛錬していたとしても異常なほどだ。
素振りで木刀を振るう筋はまっすぐで、同時に動かす足も淀みがないが、瞳が潤いをもっていた。ぼんやりと考え事をしているようなのは、鍛錬に集中できないためだろう。考え事の類であればいいが、木丞の勘からしてそうではない。
木丞はずかずかと和人に近づき、それに全く気付いていない様子なので、手っ取り早く振り上げられた木刀を取り上げる。
「!? あ、貴方は……」
「ああ、すまねえな。あとでこも貸せ」
「っ、」
謝罪の気持ちが全く籠っていない上、額を触っても少年は反発することなく受け入れた。冷たかったのだろう、びくりと体を揺らしてから、木丞を見上げている。木丞は構わず、高熱が出ていることを確認してから手を離し、小さな木刀を肩に担ぐ。これは没収だ。
「よくそんな状態で鍛錬できるな」
「……このぐらいへっちゃらです。慣れていますので」
「病弱で、よく寝込んでいるからか」
「ええそうです。なので木刀を返してください」
暴力で反撃してこないぐらいには冷静だ。体の調子的に敵わないと分かっているからかもしれないが、子どもにしては大人びた様子である。木丞が和人の事情を知っていると察しているかもしれない。
これはやりづらそうだと思いつつ、木丞は口角を上げて挑発する。
「誰が返すもんか。鍛錬はむやみにやるもんじゃねえって分かってねえ奴にな」
「……僕は寝込んで、皆より遅れているんです。その分をこうして取り戻さないと、もっと置いていかれてしまいます」
灰身上の見習いはまとめて指導されるため実力が比較しやすく、焦っているのだろう。病弱なことで元々の基礎が劣っている上、寝込んで休んでいるうちに更に実力差が開くはずだ。
そのうち打ちのめされ、灰身上になるのを諦める日がくる。また、無理して灰身上になったとしても早死にするだけだ。そんな奴は早めに諦めさせた方がいい。
木丞は内心を隠し、より意地悪い言葉を投げかける。
「そりゃ結構。灰身上に向いてねえってことだな」
「そうかもしれないですね」
「かもしれないじゃなくて、そうなんだよ。お前みたいなやつはどうあがいたって灰身上なんてなれないし、鍛錬しても無駄だ。無駄飯ぐらいになる前に、奉公人なり灰身上以外のもんにしとけ」
「……ふふっ」
和人は堪えきれないと、息を漏らす。熱で頭が狂ったか。
「なに笑っていやがる」
「いえ、前にも同じ風に仰る方がいたな、と。ご心配無用です。貴方が懸念することはあの方に最初に言われていますし、その上で僕はここにいます。それに、僕は僕が思っていた以上に見込みがあったのです。無駄飯にはなりませんし、立派な灰身上になってみせます」
「そんなふらふらな状態で言われても、説得力はねえけどな」
「今は体力をつけている最中なので。……いつか、這い上がって見せますよ。僕は決して諦めません」
だから、木丞こそが説得を諦めろと暗に言ってくる。なんて餓鬼だ。この年で相当な決意があり、木丞に応じない肝もある。
素振りから判断するに、確かに剣技だけなら灰身上になれる見込みはあった。
「頑固者め」
和人を認めた上で、木丞は態度を崩さず侮ってやる。現段階では見習い成りたての言うことだ。灰身上の、それも立派がつくぐらいになったら、態度については考えてやる。
「んじゃあ、現段階で見込みとやらがどれぐらいあるか見てやるよ」
「馬鹿者。病人に何言っている」
「いてッ」
頭に拳骨をくらわせたのはディマリアスだった。大方木丞を探しに来て、話に割って入る隙を見はからっていたのだろう。
「全く……おい、大丈夫か。木丞に噛みつかれたりしていないか」
「噛みつか……? いえ、ただの熱です」
「そうだそうだ! なんでもかんでも俺が何かしたと思いやがって。ただ話しているうちに熱は上がったかもしれないが」
「それを何かしたというんだ。まずは話より休ませることだろう」
「へいへい。ああ、和人。鍛錬するのはいいが、やるなら他の奴に隠れてやるんだな」
「木丞!」
自身の体調を把握し、鍛錬しているのなら大丈夫なはずだ。真面目なディマリアスのように心配から邪魔されぬためにも、必要なことである。
「あの、貴方はもしかして――」
「その名は嫌いだから言うな」
『狂犬』という通り名を言おうとしたのだろう。子どもたちの間にまで広まっているのは知っている。
通り名をつけられるのは腕利きの灰身上の証拠だが、人間でなく犬だなんて気に食わなさすぎる。好一対であるディマリアスが、飼い主と囁かれていることなんか特にだ。
和人は木丞がそこらの灰身上ではないと分かるも、畏敬の目で見ることもなく自然の状態でいた。生意気なのか、変わったやつなのか、どちらにせよ和人を気に入った木丞はこの言葉を送ってやる。
「俺のところまでさっさと這い上がってこい。あんまりにも遅いと、それまでに全部のヒトカゲを討伐しちまうからな」




