第六十七話 罪の意識
雄大は死ぬ前に、ヒトカゲを殴り殺したと白状した。ヒトカゲがぱったりと目撃されなくなった理由が分かれば、もう死んでいるとなれば町に留まる意味はない。
代美は逃げるように町を出ることを望んだ。雄大を殺してしまったためだ。これは単に罪悪感を持つためではない。代美は殺人の罪を償おうとして、雄大の死刑となるほどの暴虐さと殺人時の状況をノエルが襲われて助けようとしたと見られて簡単に許されてしまったからだ。それどころか、罪を罪でないという言葉までかけられた。
「仕方がなかったんだよ」
雄大が死んだことに対して、ある町人は代美にそう言った。
散々雄大に苦しめられたとはいえ、その命を蔑ろにする言葉だ。矢に射抜かれて弱り、更生の余地もありそうな雄大を見ていた代美は憤りを感じた。だが、ノエルを優先し、いの一番に雄大の命を蔑ろにした代美が持つべき感情でなく、町人を責めることはできない。
罪を償えないことは、真面目な代美にとって良心の呵責であった。ただ償うことで、ノエルを一人にしないで済んで安堵する。
その安堵は、償いの苦しみを味わわずに済んだという自己保身の考えを持っていたかもしれない可能性をもたらすことになった。それほどまでに今回のことを代美は重く受け止め、深く考えている。
償いたいと思う罪ではあるが、誰もが責めなかったために代美一人で直視することになって、それはとても難しいことだった。
だから逃げるように町を出て、気持ちの整理がつかないままノエルと源太と共に第一支部まで帰還する。
「随分と大変な目にあったようだな」
見届け役の源太がいたこともあり、包み隠さず起こったことを支部長である虎々には知られている。代美一人で呼び出されていることもあって、支部長の言葉は咎めているように聞こえた。
重々しい気分で返事をすると、同席していた副支部長の梢が「支部長」と同じく咎めた調子で言う。
「そのような言い方はないでしょう。他人事のようですが、そんな目に合わせたのは支部長です」
「ううむ……」
庇ってくれた副支部長の気持ちに、代美は体の硬直が解けた。それほど安堵は大きかったが、代美のせいで虎々と梢の仲に亀裂が入るのは心苦しい。
「このような結果になると分かっていて、支部長は行かせたのではないでしょう。全て私が至らぬせいで、支部長は悪くありません」
「支部長」
「分かっとる。……全く、まだ子どものお前にそう言われては敵わん。重荷を背負わせてしまった責任は、試すと言って仕事を任せた儂にある。悪かったな」
「い、いえ、そんな! …………私が行動に起こし、なってしまったことですから」
雄大の死がよぎり、口を硬く閉ざす。
どのような気持ちで雄大を射たのか、語るつもりはなかった。どんな風に言っても言い訳にしかならなさそうで、それならば理解を得られないよりも粛々と罰を受け入れた方がよかった。代美は罪を直視するのが難しくとも、逃れるつもりはなかったためだ。
項垂れてしまった代美を見て、かえって梢が虎々を咎めることを強めてしまったようだった。虎々は慌てて、あれこれと言葉をつくす。極悪人だったから、状況が状況だったから仕方ないだとか、それらは代美の心に響くことはなかった。
もっと代美が注意を払い、ノエルの動向に気づいて行動していれば、雄大は死ぬようなことはなかった。罪で裁かれていずれ死ぬ運命だったとしても、罪をつまびらかにして裁決する過程をすっ飛ばしてしまったのだ。その過程がないと無秩序に人が罰と称して人を害するようになることを代美は分かっており、故にそれを重要視して罪が罪であることを自覚していた。
頑固として項垂れる代美に対し、これでは駄目かと思ったのか虎々は強い口調になる。
「とにかく、今回のことは不問だ。一応問題は解決している上、灰身団の評判は失墜しておらんし、そもそもヒトカゲに関係しない専門外のことよ。罪の意識を感じているようだが、あまり気にすることはないように」
「はい。分かりました」
内心そのように思えなくとも、代美はそう言うしかない。
「……本当に、気にすることはないようにな。お前さんらを試すには、これ以上ない仕事だと思って選んだ儂に責任がある。その仕事の結果はもう置いておくとして、本来の目的は果たせたな」
代美とノエルを試すことで、信頼できるかどうかを見定めることになっていた。本部に潜むヒトカゲへの対応のため、協力体制を築くだけでなく信頼も得られた方がいいに決まっている。
だが、今回のことで信頼を得るのは無理だろう。虎々の答えは予想通りだった。
「ノエルを信頼することはできん。罪人が持っていたという短刀は、ノエルのものだったろう。ノエルの実力と思考からして、奪われたのでなく渡したと考える方が妥当。ヒトカゲを討伐するのは人を助けるためよ。それ以外にやりがいを持つものだっているが、人を助けていることには変わりはないから、ケチつけようとは思わん。だが、人を害することもあるなら、到底受け入れられん」
「はい……」
「ただ、お前は信頼するとしよう。それを通じて、ノエルは信頼できないにしろ協力して何かすることには受け入れる」
代美はまじまじと虎々の顔を見る。最高でなかったが最悪でもなかった答えに、聞き間違いでなかったかを疑った。
「ノエルが道を誤ることがあれば、なんとしてもとめるという覚悟は見せてもらった。この先も道を正してやれ。…………せっかく、和人が助けたのだからな」
「……! はいっ!」
突然先生の名を出されて代美は驚くが、一瞬だった。
罪を犯すことになったが、報われたことはある。
罪ばかりに目がいき、肝心のノエルはなおざりになっていた。代美はなんとか気持ちを持ち直しつつ、ノエルと向き合う。
「私はなにがあってもノエルの味方だ」
だから、憧れをなしたい気持ちは尊重するし、そのために人を害することがあればとめる。
味方でいるならば、人を害するのを許容しろという考えもあるだろう。無表情で何も言わずにいるノエルは、今現在そう考えているかもしれない。
だが、人を害すれば、躾を行った木丞がどう行動するか分かっているから。代美は害を受ける被害者でなく、加害者となるノエルの身をなによりも案じていた。
厳密にはそれは味方ではなく、真逆の敵と言うかもしれない。ただ代美はノエルを見捨てはしない。完全なる敵にならず、とめるために説得も体も張るから、味方の言葉を使わせてもらう。
町に逗留していた時点で、ノエルは雄大の件について短く弁解している。
『危ないから、斬って無効化しようとした』
この言葉に嘘偽りはないだろう。だが、短刀を用いてそのような状況には仕向けた。
代美は追及することはできたが、そのときは罪に苦しみ手いっぱいで、ノエルから突然言ってきたこともありどうにもできなかった。
改めて追及する機会にあった代美だが、味方と表明した以上、今度は意図して何も言わない。味方だと、ノエルが思えるような振る舞いをしたかった。勿論ノエルを欺き騙すつもりも、人を害していいことにもしない。単純にノエルに味方だと思ってもらいたかったし、代美の言葉を受け入れてもらいやすくして、遠回りに教えるものの道理から人を害してならないことを理解してもらうつもりだ。
これらはものの積み重ねと、時間が必要になる。
第一支部で協力体制を築き、代美だけだが信頼を得ることはできた。やるべきことは終えたので、本部に帰還することになる。
馬の準備を終えてあとは乗るのみとなったとき、「待ってー!」と子どもが駆け込んできた。五歳と八歳ほどの女の子二人で、どちらも見覚えはない。
「あなたが代美さん?」
「そうだが……」
「どーん!」
「うわあ!?」
五歳の女の子に背まで飛び掛かってこられ、代美は手を地面につくことになった。背を合わせるためにしゃがみこんでいたのが、まだ幸いか。
被害は小さく、「立って立ってー!」と女の子は背で無邪気にいる。代美は何が何だか分からないが、ひとまず言われたとおりに立ってぐるぐると回ってやる。
「きゃー! 目ぇ回る~」
「はははっ。参ったかー」
「参ったあ。こーさんこーさん!」
満足したようで、下りるのを傍観していた女の子が手伝っている。名前を知っていたこともあり、何用かあるだろうと尋ねようとすると、指を差し示される。そこには三歳ほどの特に幼い男の子を抱いた源太がいた。
「よかった、間に合ったな」
源太は男の子を抱えなおしていると、二人の女の子に「兄ちゃん」と親しげに呼ばれる。ここまでくれば、代美は彼らの関係に思い当たる。
「兄妹か」
「ああ。俺の家族、大集合だ! 一人、足りないけどな」
「誰がいない?」
「十六の妹だな。俺なんかよりも立派に灰身上をやっていて、今は仕事しに行ってる」
「じゃあ、妹三人に弟一人か。私にも一人弟がいるが、兄妹が多いと賑やかでいいな」
「その分、手がかかるけどなあ」
そうは言いつつ、源太は全く嫌そうでない。代美も弟がいるため、その気持ちはよく分かる。手がかかるのが、嬉しかったりするのだ。
「それで、わざわざ家族で見送りに来てくれたのか?」
「俺一人でも良かったけどな。でも、代美は元気なかったし、俺だけじゃ無理そうだったから皆で励まそうと思って」
そう言いつつ源太は、五歳の妹がかなりやんちゃなようで、片腕にぶら下がろうと引っ張られている。反対に八歳の妹はしっかりしていて、源太が弟を抱いているから危ないと注意している。
代美は苦笑しつつ、もう一度背負ってやることにした。満足できるなら、このぐらいなんともない。ただちょっと首を絞めつけるのは苦しいのでやめてもらいたいが。
実優という名前らしい妹と格闘していると、「あの、」と八歳の妹に見上げられる。話をしようとする雰囲気を感じ取ったのか、実優は腕の力を緩めてくれた。喉の通りがよくなったところで、「名前はなんという?」と聞く。
「由香里。……お勤めは大変で疲れちゃうかもしれないけど、そのおかげで私たちは助けられ、こうして生きていられます。だからその、いつもありがとうございます」
「私も! ありがとーございます!」
背中からも元気な言葉が贈られる。
実優と由香里は詳しいことは何も聞いていないのだろう。人を殺してしまって苦しんでいるから励ましてくれとは、幼い二人に言うには憚られるはずだ。
ただ感謝の気持ちは本物で。彼らの両親がヒトカゲに殺されてしまったから、保護されて灰身上か奉公人と仕事を任されるなどと終幕の灰身団からの恩恵は受けていた。
罪の意識はなくなることはないが、代美は暖かな気持ちになった。言うべきことを言ったからか、由香里は兄の背に隠れてしまう。代美はその兄が抱く弟がじいっと見ているのに気づき、ずっと見られていたのかと照れくさくなって、誤魔化すためにも頭を撫でた。
するとそっぽを向いてしまって、源太は宥めつつ「ほら、自分の名前言えるか~」とと取り直そうしてくれる。結局、源太の口から伊吹という名前を聞くことになったが、その心遣いはよく感じられた。
「源太、ありがとうな。実優も由香里も、伊吹も。おかげで元気が出てきた」
「それは良かった。……代美はさ、知り合って間もないから相談しにくかったかもしれないけど、俺は相談されたいし力になりたいと思う」
「……ああ」
「だからさ、今でもいいしこの先でも、何かあったら俺を頼ってくれよな! 俺はいつでも歓迎だから!」
暗い雰囲気を断ち切るように、源太は明るく振舞う。代美はその気持ちだけ、ありがたく受け取った。
代美の罪の意識がノエルと関係する以上、代美は源太に相談することはないだろう。ノエルが憧れをなしたいために人を害するかもしれないことは、むやみに人に言いふらすことではない。
源太たち兄妹はノエルにも挨拶をし、見送ることになる。元気な声に、代美とノエルは注目を浴びつつ第一支部を去る。
ノエルは一貫として無表情で、心を動かすことはなかった。その気難しさに、代美はノエルとの付き合いの難しさを改めて感じつつも、味方でいることは撤回する気にはならない。ただ頑張ろうという気持ちは湧いて出てきた。
第三章完。
幕間と閑話を挟み、第四章に入ります。




