第六十六話 姫の祈りと罪の身代わり
騒ぎの最中、代美は源太の知らせを聞いた。
「代美、ノエルもいたぞ! 雄大を追いかけている!」
自身番屋の屋根上に備え付けられている、火の見梯子に源太はいる。普段は火災を発見するために、今回は逃走する雄大を見つけるのに用いていた。
そのおかげで、代美たちは遠方でもいち早く騒ぎを発見できた。雄大が突然大通りに出てきたのだ。なぜかと思えば、ノエルによって追い詰めていたからか。
大人数で動員できることを利用して、隙間なく包囲を作り町の外には逃がさないようにしていた。そのため時間はかかってその分町人に危険が及ぶかもしれなかったが、ヒトカゲの現れにより出歩く者は少なく、時間も夕方近くと戸締りをして家に籠る者も多かった。注意喚起し、それが間に合わず侵入し人質に取られていても気づけるよう、個々に無事か訪ねて回って用心する。
あとは雄大を見つけ、捕らえるだけだった。代美が賄賂で裏切った者の対応に手を取られたことで、ノエルの背を見送ったきり行方知らずのノエルだが、懸命に雄大を追いかけていたらしい。
「雄大は武器をもっているみたいだ! 小刀みたいな、小さいやつ!」
「分かった! 見張りは引き続き頼んだぞ!」
ノエルがいれば必要ないかもしれないが、代美も雄大を追いかける。最短を目指し、屋根の上を借りる。代美は火の見梯子の下、多少は町を見渡せる場所にいたので、そのまま屋根を伝っていった。
雄大のような一般人であれば、才能のない代美でも鍛錬は積んでいるので押さえることができる。そのためにむやみに雄大を探しに行くことなく、自身番屋で待機していたのだ。
「小刀、か」
なんだか胸騒ぎがしてならない。代美は鎖鎌と合わせて装備している、刀の大小に触れる。二振りの、打刀と小刀。
武器は地面に転がっていることはない。家に侵入し、奪い取ったのだろうか。その家庭が怪我を負っていないといいが。
雄大を発見した場所に到着するが、有志の町人がいるだけで肝心の雄大はいない。聞けば裏通りに向かったらしい。ノエルもいるというので、そこら一帯を包囲するように言いつけ、代美は引き続き追いかけていく。
ノエルが印でもつけていればよかったが、ざっと上から見てそのようなものはない。屋根の優位性を捨てず、上から探していると「代美殿!」と名を呼ばれる。代美と同じく自身番屋で待機していた同心で、屋根も使ってきたらしい。
「ちょうどよかった。見失っていたところなんだ。雄大がどこにいるか知らされているか」
「いいえ。道が狭く、家に隠れて見えないようで……ただ大通りには出ていないようなので、ここらにはいるはずです」
十五歳である代美は年下になるが、数日町に滞在している間に信頼関係を築いている。専門家としてヒトカゲ対策について事細かく教えたこともあって、侮られることなく協力し合えていた。
「分かった。手分けして探そう。私は右を見て回るから、左を――」
頼むと言いかけて、男の声を微かに聞いた。確信はなかったが、同心を見ると頷いてくれる。雄大だ。
共に声の先を目指しつつ、代美は同心の装備を見遣る。腰に帯びる刀に、背には弓と矢の入った矢筒がある。
「弓は得意だったか」
「いえ。ヒトカゲ対策にそのまま持っていたのです。弓ぐらいなら軽いですし、雄大相手にも足止めにはなるかな、と」
「なるほどな」
ヒトカゲの目撃情報はぱったりと途絶えてしまって、雄大の捕縛にかかりきりになっているが、警戒は続けている。
そうして、代美と同心は雄大の姿を捉えた。ノエルと向かい合い、背を向けているので気づかれることはないだろう。それはいい。問題はノエルだ。
遠目からでも分かる笑顔でいる。いつもは無表情のノエルは、憧れに関してしか滅多に表情を変えない。つまり、雄大と向かい合うことは憧れに関連しているということだ。
ノエルは先生が命を懸けてヒトカゲと戦った光景に、憧れを抱いている。その憧れをノエル自身でなしたいと思っていて、そのために先生並みの剣技を目指して鍛錬し、刀を打ち合える強い相手を見つけては挑み、飛び交う血のために手首を斬ってまで演出した。
血に関してはつい最近の出来事であり、記憶に新しい。まだその傷は癒えていないぐらいだ。その血を、雄大で代替しようとしている。
そのことに思い至った代美は「ノエルッ!」と叫んだ。どうか気づけ。
雄大はどうしようもない罪人だが、まだ確定していない。罪人だとしても、順当な手続きをもって処罰される。ノエルが勝手に雄大を斬ってはならない。雄大と同じとされる、殺人の罪を負うことになる。
「ノエル、ノエル! この……馬鹿ノエルがッ!」
ノエルは代美の声に気づかない。雄大もそうなので、距離が届かないのか。
代美は奔る速度を上げた途端、雄大が叫び声を上げる。あちらからの声はよく聞こえた。
「っ、ぁああああああああああああああ!」
かすれ混じりの大声は、恐怖を紛らわすために思えた。雄大が手にしている、夕日を反射するものの正体が小刀で、今にノエルへと振り下ろしている姿を見る。
代美はこのままでは間に合わないと悟った。ノエルが雄大にまんまとやられるはずがない。
雄大は逆に斬られ、殺される。
本部長の躾だけでは足りなかった。人間を害さない決まりは人の目がないと、こうも簡単に破られる。
絶対に殺させない。
代美は必死に思考を巡らせる。
駆けるのは無理。名を呼び、代美の存在に気づかせるのは駄目だった。距離もあったが、多分憧れに夢中で聞こえなかった。鎖鎌でも届かないから無理。その他のもので投擲するのは? 短刀、小石、もっと投擲に向いたもの……矢だ。弓もある!
「借りるぞ!」
「え? は、ええ?」
同心は困惑しているが、説明している暇はない。間に合わぬ可能性の方が高いのだ。矢をつがえ、引く。
随分と久しぶりの感覚だ。代美は上流武家生まれで、ヒトカゲのいる時世だからと護身術は徹底的に教え込まれた。剣術や槍術、柔術、馬術……弓術もそのうちの一つだ。
焦るな、余分な力を抜け。
才能がないのは弓でも同じだ。それでも失敗は許されない。散々教え込まれたことを思い出し、ねらいをつける。
ノエルは一歩、足を下げることで短刀から刀の間合いにしていた。斬り上げるつもりなのは抜いている刀で分かる。
ノエルが気づく場所に、矢はらなくてはならない。代美は雄大の背中が見え、ノエルは雄大の真正面と一直線上の立ち位置にいる。
代美はかつてノエルの将来を祈った。そのときはノエルの記憶喪失に関する調査を終幕の灰身団と実家に託して、祈る以外にすることがなかったからだ。実質何もできていないことに悩んでいたのを、一朔は縁を繋いでくれたのだと、後は任せてくれと慰めてくれた。
その役割分担で、代美は今も祈り続けている。そして、それ以外にもなすべきことができた。ノエルをとめる。絶対に人を殺させないし、害させもしない。
最悪、代美の手を汚してでも。
代美は指を離し、矢を放つ。間に合うかどうかはノエル次第で、ノエルは憧れをなすのに楽しんでゆっくりと刀を振っていた。
「……すまない」
先に矢を射られた雄大と目が合う。代美はノエルを優先し、雄大を蔑ろにした。
代美は雄大を狙ったわけではないが、ノエルが雄大を超えた先にいる以上、その付近を狙わざるを得なかった。ノエルが気づく場所という制限もあって、雄大に当てない方が難しい。それができる射撃の精度を、弓を触っていない期間が長い代美にはなかった。
ただ、ノエルの凶行をとめることはできた。
代美の存在に気づいて居心地悪そうにしているノエルの元まで行き、きつく抱きしめる。
「お前は、ああなるな……」
雄大のように、そして代美のように人を殺さないでくれ。
ノエルへの想いと罪の意識でぐちゃぐちゃの感情を持て余しながらも、代美は雄大の手当てに移った。まだ助かるかもしれない。
雄大は背中に矢が刺さっている。抜いてはより血が溢れるとそのままにして、同心に至急医者を呼んできてもらう。同心は訳が分からずとも、指示に従ってくれた。雄大は朦朧とした意識で、口を開く。
「おれは、死ぬんだな」
「喋るな。本当に死ぬぞ」
「おまえらに討伐されて……おれは、ヒトカゲだから」
「ヒトカゲなら矢を受けただけで死ぬものか。いいから黙っていろ!」
「にげきれ、ない。死んでとうぜん……ヒトカゲ、でえ。な、ちまった、から」
代美の声は聞こえていないのか、雄大の譫言はとまらない。自身をヒトカゲだと思っているなんて、馬鹿げた話だ。そうなるほどに、代美が追い込んだ。
医者が治療を施すが、雄大は一日後に死んだ。譫言により罪は明らかになって、どちらにしろ死刑となっていた身だから代美以外に悲しむものはおらず、罪だと責めるものもいなかった。




