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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第三章 姫の祈りと罪の身代わり
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第六十四話 捕縛

 男は壁を背にして、座り込んだ形で死んでいた。頭部から血が流れているが、顔を一筋垂らす程度しかない。相当強い打撃を受けて死んだのだろう、と代美が判断する。

 

「起きてはならないことが起きてしまった」

 

 代美は沈痛の面持ちでいる。見知らぬ相手だというのに、情にもろすぎる。相変わらずのことだが、その情の広さにノエルは脱帽してしまいそうだ。

 また、町は広く一軒一軒まで見て守ることはできないのに。どうしようもならなかったと割り切れば楽だろうに、面倒な性格をしていて大変だ。

 

「源太。私の力不足で、このような状況だ。見届け役を任されているだろうが、どうか手伝ってほしい」

「勿論だ。ジジイもそんな場合じゃないって、言うだろうしな。戦闘では力になれないけど、それ以外なら任せてくれ」

 

 二人が話している後ろでは、有志の町人が小さく話している。死した男は一人暮らしで、いち早く発見したのが彼等だった。

 

「やっぱり雄大の仕業か?」

「あいつ、見張ってた奴を振り撒いて、どっか行ってたんだろ?」

「なら違いねえ。金欲しさに、とうとう殺人までやりやがって」

 

 ヒトカゲの可能性もまだ残っているが、ノエルも同じ意見だ。争った形跡があるが、ヒトカゲというより人間相手の方がしっくりとくる。

 理性あるヒトカゲならともかく、第一形態でも第二形態でも、もっと現場は荒れるはずだ。壁を平然と移動するし、死体は原形を留めていなくてもおかしくない。ヒトカゲは人間をただ殺すことを目的としていないのだ。ネロの言う人間が好きで構ってほしいからなんとか故か知らないが、殺した後でもめちゃくちゃに襲うという。見た目、頭部のほんのちょっとの傷で終わるはずがない。




「雄大が見張りを振り切ったということは、見張りの存在には気づいていたんだろう。ならば隠れる必要はもうない、直接尋ねてみよう」


 源太が手伝うことになっても、代美が取り仕切るのはそのままだ。源太がどのように仕事をこなすか知らないが、ノエルとしては代美方が慣れているのでよいと思う。元太も不満がなく、事件解決に向けて話を進めていく。


「決定的な証拠が見つからなかったのが惜しいな」


 男が殺害されるまでの二日間、何も進捗がなかった訳ではない。雄大が遊びに興じるための金の出どころが、質屋で物を売って得ていることが分かった。その物がヒトカゲに侵入された家主のものという盗品の可能性が高いことも。


 可能性止まりなのは、雄大が以前よりよく質屋を利用していたためだ。死んだ雄大の親の遺品を、一切合切売り捌いていた。そのせいで盗品か遺品か、判別できないのである。

 盗品と似たものが遺品にあって、以前売っていたのもいけない。質屋の主人が盗品ではない、と言い張って譲らないのだ。



 だが、事態は好転する。


 有志の町人が喜色をあらわにして、ノエルたち灰身上に報告を上げる。雄大が殺人を犯したかもしれないと耳にした質屋の主人が、遺品でなく盗品かもしれないと発言を翻したのだ。


「あいつ――雄大は売って金にできるものがない、と口にしていたそうです。それなのにヒトカゲが現れるようになって、色々な物を持ってきていたみたいで。今になって、犯罪の加担はしていないって言ってましたよ!」

「殺人はともかく、盗品に関しては隠し持っていた訳だからな。まあ、そこらへんは私たちが決めることではない」


 代美の言葉に、ノエルは引っ掛かるものがあった。


「捕縛も、灰身上がやることじゃない」

「灰身上はよろず屋と思われてたりするからな……今回はヒトカゲが絡んでいたし、支部長に試されていたこともある。ここまで関わった以上、放り出すことは無責任だしな」


 ノエルとしてはそれでも放り出せばいいと思う。ヒトカゲがいないのならやる価値がない。


「荷が重い仕事だが、それほどまでに信頼しているってことだ。灰身上は命に関わる危険な仕事だが、その分名誉があってやりがいがある」

「そう」

「確かなあ」


 ノエルの冷めた感情に対し、源太は納得を示して何度も頷く。


「俺、弱いからまともに仕事をこなしたことないけど、人に感謝されると嬉しくて心があったくなったりするんだ。大変だけど、次も頑張ろうって気になる」

「やっぱりそうだよな。皆、思うもんだよな!」

「俺は、そうだけど……」


 代美が源太に圧力をかけた。それで得意気に、世の中そうでノエルもそうあるべきだと言い聞かせるのはどうかと思う。


「でも、俺はそれだけじゃなくて、家族のためってのもあるかな。親父もお袋もヒトカゲに殺されて、食いぶちを繋ぐために灰身団で働く以外に何もできなかったから。妹と弟が何人もいたから必至でさ、最初のころは代美みたいなやりがいもなく、生きるために仕事をしてたなあ」


 ノエルはそれ見たことか、と代美の顔を見る。自分の考えを人に押し付けるのはよくない。

 だが、代美はノエルの視線に気づいた様子がなく、源太の話に夢中になっていた。


「そうか……でも、家族のためというのもやりがいだと思うぞ。灰身団で仕事をする上で、価値を見出しているのは同じだしな。ノエルも皆に胸を張れるようなやりがいを持てるといいな」

「持ってる」

「憧れをなすこと、だろう? それだけ聞けば、良さそうに思えるんだがなあ」


 ノエルとしては胸を張れることである。

 それに誰が何と思おうとも、ノエル自身が誇れなくとも。どうしてもやりたいことで、やらずにはいられないのだ。だから、ノエルのような者には、この話はどうだっていいことである。



 話をしていたのは、雄大の家に着くまでだ。気持ちを切り替わって、代美と源太の雰囲気が張り詰める。灰身上の中でノエルがそうならなかったのは、町の警察を司る同心が先に到着しており、灰身上の武力をあてにしてか、ノエルたちは同心の後ろにと要請されたからだ。


 捕縛の保険扱いをされ、ノエルは完全にやる気をなくしていた。雄大一人相手に、この過剰な人数。相手がヒトカゲでない上、強くもない一般人もあってノエルの出番なく終わることだろう。代美に怒られるだろうから付き合うが、あとは勝手にやってくれ。


 殺人はともかく、窃盗の罪は確実なので、雄大の家には押し入ることになった。有志の町人の見張りのおかげで、家にいるのは確認済みだ。昨日見張りを振りまかれたこともあって、よくよく目を光らせていた。


 元は裕福だったことで、家の内部は広い。ただろくな生活をしていないようで、床に物が散らかっており、歩くのにも苦労する状態だった。


 声もかけず押し入ったとはいえ、人数が人数なので音は立っている。ノエルたちの存在には気づくだろうに、雄大は適当に置かれた敷き布団の上で寝そべっていた。転がっている空の酒瓶を見るに酔っぱらっているのか、同心が何度も名を呼んでも反応しない。腕を引っ張り起こされると、ようやく「んあ?」と声を上げた。


「んだよ、揃いも揃って。俺は見せ物じゃあねえぞ。ハハハ!」

「笑っているのも今だけだ。おら、さっさと立て! 窃盗罪で、お前を連れていく!」


 同心は厳しく言い立てるが、雄大は態度を変えずゆったりと構えている。


「なんの証拠があって、んなこと言うんだあ?」

「質屋の主人が盗んだ物だって認めた!」

「へえ? ありゃ盗んだもんだったのか?」

「今さら言い逃れは――」

「いいだろ、少しぐらい。あれはなあ、拾ったんだよ」

「拾った?」


 源太が言う。言いがかりでもつけて、とっとと捕まえればいいのに。源太のせいで話を聞く流れができてしまう。


「なんかよお、物陰にまとめて置かれてたんだ。いらねえから置いてあるんだろうし、俺が貰っておいてもいいと思ってな。盗品だっつうなら、ヒトカゲが集めてたもんを拾っちまったんだろうなあ」

「そんな言い分、通用するものか!」

「……いや、可能性としてないとは言いきれない」


 同心が言うが、代美が否定した。源太と代美、二人してなんなのだ。雄大の味方をしたいのだろうか。

 そのせいで雄大は調子にのり、呆れるほどに舌が回る。


「ほらな。というかよ、俺よりも前に、質屋の主人を捕まえた方がいいんじゃねえか? 盗品だって分かってて買い取ったんだろ? これは罪じゃねえのか? 不確かなやつを捕まえるのが先なのか、なあ?」

「……ヒトカゲは、お前のことだろうッ!」


 有志の町人がキレる。ノエルの後ろにいた男だったので頭に響き不快だったが、その内容には同意できる。もっと言ってやれ。


「俺がヒトカゲだって? お前の目は節穴かあ?」


 人間に化けられるヒトカゲがいるので、見た目だけでは判断できない。だが、雄大に限っては違うだろう。


「ヒトカゲの仕業に見せかけて、全部お前がやったことじゃねえのか!」

「それじゃあ俺は窃盗に人殺しに、あとは火事まで起こしたってか? 俺にヒトカゲの罪なんか押し付けんじゃねえよ。……ああ、ヒトカゲが元からいなかったって思って言ってんなら、それは間違いだ。ヒトカゲは確かにいたから、町のどっかにはいるんじゃねえの?」

「ヒトカゲを見たのか? いつ、どこでだ?」

「あ~、火事が起きた日だったか? 場所はそこらへんだ、細かくは覚えてねえ」

「そんなうろ覚えで、信じられるものか」

「だが、他にもヒトカゲを見たって奴はいるんだろ?」


 同心と有志の町人が雄大を厄介者として憎々しく感情的でいるのに対して、代美と源太の灰身上は真実を見極めようと、ヒトカゲの行方を得ようと冷静的でいる。

 捕縛のために大人数で臨んだのが、裏目に出ていた。また、どちらも捕縛という目的を見失って、言い争いと化している。これでは埒が明かない。


 ノエルは仕方なく傍観をやめて、手短なタンスを倒す。中身が空のようで軽かったが、喧噪が鎮まるぐらいの音は立った。


「捕縛」


 同心の動きは鈍かった。あれほど感情的であったのに、無実かもしれないことがそんなに気になるのだろうか。元より殺人の疑いがあったのだから、直ぐに罰を下す予定ではなかった。とりあえず、捕縛しておけばいいのである。考えるのは全部後だ。


 ノエルは自身でやったほうが速いと、同心の持っていた縄を奪い取る。捕縛することに誰も邪魔することはなかった。とりあえず捕縛の考えには、皆賛同らしい。


 だが、それをよしとしないのは、口弁たくましかった雄大である。しゃがみこんだかと思えば、包丁を突き付けてきた。敷き布団の下に忍ばせていたらしい。


「こんなところで捕まってたまるか!」


 雄大はなぜか包丁で切り付けてくることなく、ノエルの体を掴もうとしてきた。ノエルは縄から刀に変える必要もなく、適当に蹴り飛ばして撃退する。いったい何がしたかったのか。……もしかして人質にしようとした? 灰身上相手に無謀すぎる。


「ぐっ、この……」


 雄大はノエルを睨みつけ、背を向けて逃走した。再度立ち向かってくると思っていたノエルは拍子抜けするが、包丁を持っていたせいでと同心と町人が怯んだ。逃走の道ができてしまい、まんまと取り逃がしてしまう。

 やる気は起きないままだが、逃したらより面倒なことになるだろう。ノエルは追いかけると、雄大は包丁を投げつけてきた。同心と町人と同じに思っているなら大間違えだ。刀でもって弾き飛ばすと、後方で色々と叫ばれる。


「危なうわあ!?」

「うえぇ!? ちょ、重いです!」

「ノエル! 方向を考えろ!」


 振り返ると、町人を巻き込んで転んでいる源太がいた。その頭上の壁面に包丁が突き刺さっているあたり、源太は豪運でもって避けられたのだろう。

 人を害していないのならばいい。次があったら気を付けておく。


 ノエルが振り向いていた時間は一瞬だったが、雄大を見失うことになる。手当たり次第に探そうとして、その前に外がうるさいことに気づく。


「裏手だ! 窓から出て行ったんだろう!」


 代美が指さしたことで、干されていた着物に隠れて窓が開いていることに気づく。代美に遅れて、ノエルはそこから隘路に出た。


「裏切り者だ! そいつを捕まえろ!」


 状況を全く分かっていないにしろ、代美はその声に従った。大通りにて鎖鎌を投げ、男を一人捕縛する。雄大ではない。見覚えのある顔なので、有志の町人だろうか。


「裏切り者とはどういうことだ!?」

「雄大を逃がしたのです! 多分、賄賂を渡されたのでしょう!」


 保険の保険で家の周りを囲んでいたのだが、こうなった事態を想定して手を打っていたのだろう。


「雄大は」

「右です!」


 代美が裏切り者の対応で手が離せない以上、ノエルが単独で追いかけるしかない。源太は来る気配が全くないので、手伝いは期待しないでおく。まだ転がったままなの?


 雄大にいいように振り回されて、結局面倒なことになってしまった。ノエルはなんとか町人に話を聞きこみつつ、雄大を探して回る。最初は姿さえ捉えられなかったが、代美が全体の指揮をとることで追い詰めることができた。


 ただ出歩いていて雄大に突き飛ばされたりして、軽傷とはいえ被害が出ている。その手当をしている現場にノエルは遭遇し、その言葉を聞く。


「あんな奴、死んじまえばいいのに」


 ぼそりと小さな声で、恨み辛みが籠っていた。その場に居合わせた者は否定も肯定もしない。


「殺してもいいの?」


 ぎょっと驚かれたことで、ノエルは言い方を間違えたと知る。「死んでもいい?」と聞けば、知りたかった反応を見られたかもしれない。


「嘘」


 こういうときはとっとと退散するに限る。

 ノエルは駆け足でその場を去り、一人考える。側には代美も源太もいない。


「斬ってもいい? うまく、誤魔化せれば……」


 雄大は弱いが、その身には血が流れている。ヒトカゲ相手では経験できない飛び交う血を、作りだすことができる。


 一度考えてしまえば、耐え難い誘惑となった。代美や源太から本部長に伝わるのは恐いが、雄大が相手なら多少不自然な死でも町人は受け入れてくれる可能性が高い。

 そして、ノエルは人の目から隠れる。その上で、誰よりも速く雄大を見つけ出さなければならない。


 ノエルは持てる能力を駆使し、無事見つけ出す。一番乗りだ。

 うっとりとした心地で、真正面から雄大と向き合う。その体内にある血を見たくて見たくて仕方なく、さっそく刀を抜きだした。


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