第六十三話 ドジで弱い。ただ
代美が有志の町人の配置場所を決めて、指示していた。ノエルはその横で暇をもて余し、ぼんやりと佇む。
昨日のように、ヒトカゲをたくさん斬っていた方が有意義だったのに。
同じヒトカゲ討伐といっても、数も強さも全然違なっていた。場所を知っていて馬もあるし、こっそり行ってしまおうか。
そうは考えても、逢魔が時まであと一刻である。ここまできたのなら、堪え忍んでヒトカゲを斬ってしまおう。
ノエルは代美に近づき、一向に気付く気配がないので羽織の裾を引っ張る。
「うん? どうした、ノエル」
「聞き取り、終わった。鍛練」
「ああ、していていいぞ。私の見える範囲で、人がいるから危なくないようにな」
「ん」
鍛練場といった広さはないので、鞘つきのまま行うことにする。
体をほぐすことを兼ねて、夢幻を軽く振った。鞘があることで重く、いつもと感覚がずれる。
その分を修正しつつ憧れ時の先生の刀の軌道をなぞっていると、代美についている源太の視線がノエルに向く。第一支部ではあんなに話しかけてきたものの、ここでは殆ど黙って代美をずっと見ていたのに。
源太は興味が湧いたのか、近づいてきた。鍛練に集中しているので、しつこく話しかけこられては困る。そうでなくも困る。
近づけぬぐらい夢幻をとり回してみせようかと思ったが、源太の腰に佩いた刀を目に入っている一考する。ノエルは夢幻を下ろし、先手を打つ。
「打ち合う?」
一度試してみたかったのだ。ノエルは立ち振舞いから、ある程度の実力が分かる。その点から判断すると源太は弱いのだが、初対面のとき握手をしたときの握力はものすごかった。握手するつもりはなかったのに、一振だけ許してしまったぐらいである。
また、副支部長がヒトカゲ蔓延る一帯き、源太のことを『放っておいても無事でしょう』と評価していた。ノエルに読みきれなかった何かが源太にあるかもしれない。打ち合ってみれば、それが分かるだろう。
「え、俺と?」
「ん」
「今から?」
「ん」
「う~ん…………ま、いっか。いいぞ。やろう!」
源太の声は大きい。そのせいで代美が気付いてしまった。有志の町人との話に区切りをつけて、やってきてしまう。
「何をやるんだ?」
「打ち合い。だよな?」
「……ん」
ノエルが提案したと分かるような言い方をするな。代美が事情を把握して、呆れてもの申す。
「こんなときでも打ち合いか? もうすぐ逢魔が時なんだぞ」
「体、ほぐすため」
反射的に言い訳が出る。実際、源太のせいで体はほぐしきれていない。
「打ち合いでは限界があるだろう」
全くその通りで、ノエルは何も言えなくなってしまった。
というか、源太を連れていってくれるなら、打ち合いも諦めるのに。今すぐでなくとも、ヒトカゲ討伐後にでもできることだ。
「代美、大丈夫だって。すぐ決着つくと思うし」
「は?」
それほどまでにノエルが弱いと?
いいだろう。ならそれを証明してみせろ。
夢幻を抜いたノエルに、代美は目を剥く。
「せめて鞘でやれ! 刃は危ない!」
もはや打ち合いはとめられることはなかった。許しも出たことで、源太と向かい合う。源太はノエルにビビりつつも、鞘を持ち構えた。
鞘つきの刀で振っていたせいか、鞘だけで持つととても軽く感じた。とはいえ、これまで旅してきた中で、リビーや仁と鞘だけで何度も打ち合ってきた経験がある。
握るその感覚には慣れていて、いつもとほぼ変わらない実力を発揮することができる。
代美が始めの合図を出そうとしたが、ノエルは構わず距離をつめて鞘を振り下ろす。源太は慌てつつも鞘を合わようとして――前方に倒れ込んだ。
これは…………躓いて転んだ? 何もないところで?
刀を、今回は鞘だが打ち合う以前の問題だった。ノエルはがっかりして、いや、と気を取り直す。油断するのは早い。これは、何かの策かもしれない。
ノエルは振り下ろしていた鞘の軌道を変える。転んでいるようにしか見えない源太の無防備な頭部を狙った。害することになるので実際に打つつもりはないが、より急所を穿って実力差を見せつけたかった。ノエルは源太の言葉に、大分苛立っているのである。
死角だったにも関わらず、頭部への攻撃は防がれた。源太が転ぶと同時に、鞘の角度が変わったせいだ。
転ぶと自然に地面に手をつくものだがその拍子に鞘を打ち付けて、急激で不規則な動きを作っていた。
なんという策士。転んだ演技の上、狙いを頭部に変更したことを予想し、角度を計算して鞘を動かした。
驚きは止まらない。源太の鞘がその手から離れて、ノエルに飛んできた。ノエルが鞘で打ち付けた力を利用されたのだ。
顔面に飛んで来た鞘を、顔を動かしギリギリで避ける。武器を失くした源太だが、無手でも何をされるか分からぬ不気味さがある。ノエルは後ろに下がって鞘を構えると、源太はのろのろと起き上がった。
「あいたた……まーたやっちゃった」
「……」
「俺、すっげえドジなんだよ。やることなすこと空回ってさ。今回なんか打ち合う前からとか……うーん。調子悪いなあ」
絶好調の間違いでは? ドジでノエルの剣技を防がれては敵わない。
ノエルは慎重に源太に近づいて、ポコンと鞘で頭を叩く。
「いてっ」
「こら、ノエル!」
代美はそう言うが、微妙そうな顔をしている。ノエルと同じように、源太に含む気持ちがあるのだろう。
「源太。その、ドジでいつもそうなるのか?」
「そうなるって?」
「ええと、それは……」
ノエルは代美に睨みをきかせる。ドジで苦戦させられたと知らされたくない。
「うーん。よく分からないけど、俺、灰身上にとことん向いてないみたいでさ。誰かと戦うときはいつもそうなるよ。ヒトカゲ相手にも!」
「ヒトカゲにもって、致命的すぎるだろう」
「そうなんだけど、一度も怪我はしたことないんだぜ。倒すこともできないんだけどさ。俺、弱いのにそんなんだから、豪運って言われてるんだ。凄いだろ」
「いや、それを誇られてもな……」
つまり、源太はドジで弱い。ただそれを補うかのように、豪運の持ち主である。
弱いのはドジのせいなのか、それともドジとは関係なしに弱いのか。ノエルはどちらなのだろうと、重要なことなので考えて、源太の話を聞く限り後者だった。
「俺は力は強いんだけど、不器用だから剣技に生かせられなくて。色んな人に指導してもらって、ジジイなんかはすげえ容赦なかったから剣技は多少よくなったんだけどさ。ドジはどうしても直らなかったんだよなあ」
「努力しても報われないことはあるからな。それにしても、支部長自ら指導してもらったのか」
「だって、無理やりジジイが……」
「ふふ。そうかそうか。何がどうあれ、支部長の指導は貴重だろうし、感謝の気持ちは伝えておくんだぞ」
「…………気が向いたら言う」
源太の苦々しく、反対に代美が微笑ましい表情をしているのがおかしくて印象的だった。
源太と二度は打ち合うまい。
ノエルがそう決意し、打ち合いなどなかったことにして配置についた。逢魔が時である。
「さて。今日は現れるかどうか」
代美が言う。ヒトカゲは数日置いて、毎度別の場所に現れるらしい。
ノエルたち灰身上は固まって、町の中心にいる。有志の町人は散らばっていて、ヒトカゲを見つけ次第合図を出し足止めするので、その間に駆けつけて討伐する寸法だ。
関係者以外家に閉じ籠っているので森閑としていた。その中では人の話し声だけでなく、足音もよく聞こえる。
「代美」
「ああ。聞こえている」
ヒトカゲではない。そこまで慌てていないし、合図として大声を出し知らせるように決めてある。
「いざこざか?」
源太が言う。
「近づいてきているな」
代美が確かめようとして、その前に町角から男二人が現れる。口煩く歩みを止めようとしている方は有志の町人だ。ついさっき見た顔である。もう片方も同様に見た顔だった。
「雄大だ」
代美が小声で教えてくれる。
どういう人物だったか、足取りが覚束ない様子を見てノエルは思い出す。家事が起こった向かい側の家に住む、酔っぱらいだ。有志でもないのに、なぜほっつき歩いているのか。
「おお? 灰身上、か? だからおめえら、あんなに怯えてたのに外に出てたんだなあ」
雄大はせせら笑い、有志の町人は「危機感のない奴は黙ってろ」と吐き捨てる。
「待て。今は人間同士で仲違いしているときではない」
「ははっ。お前の方が黙ってろってよ」
「そうは言っていない。……不便な思いをさせるが、ヒトカゲ討伐が終わるまでこの時間帯は家にいて欲しい。町全体が締め切っていて、出かける先はないだろうしな」
「あー、そうだな。ついいつもの感覚でいた」
雄大は反笑いしつつ、無造作に頭をかく。
ノエルはここでピンときた。雄大に対する興味が多少は湧き、挙動を観察する。
「どうも俺は邪魔なようだし、家に戻るとするか。灰身上さんよ、町の安全のために頑張ってくれよな」
雄大は素直だった。未だ酒が抜けていないのでゆったりとした歩みであるものの、同じ町角を曲がって姿が見えなくなる。
「外れ」
ヒトカゲ討伐でない、灰身上がやらなくてもいい仕事だ。
「怪しさ満点であるがな、まだそうとは分からないぞ。ヒトカゲと雄大、どちらの仕業でもある可能性だってある」
「それで、俺たちのこと知られたけどどうする?」
「疑っている、というのも町人の様子から考えられるだろうしな。一応、疑いは隠していく方針でいこう。ノエル、勝手な行動はするなよ」
「……しない」
しようとは思った。直接聞き出した方が速いだろうに。
「金を奪っているなら、その痕跡はどうしたってあるはずだ。それを探す。聞き出そうとしても、証拠もないから難しいんだ。罪悪感もなさそうだしな。……脅すのはなしだぞ。それも人を害することだ、本部長に言いつけるからな」
「ん」
ノエルはこくこくと頷き、恭順を示す。本部長こわい。
その日は雄大以外に現れるものはいなかった。次の日も同様で、その次の日。騒動が起きる。男の死体が、家屋で見つかった。




