第六十二話 ヒトカゲ討伐続行
「次もヒトカゲ討伐をしてもらう」
虎々はノエルを試し続ける。代美とノエルはその説明を受けに来ていた。
「また腕試しですか?」
それはもう証明したはずだ。副支部長が十分と言い、その判断を支部長は任せた。
代美の怪訝は伝わったらしく、支部長が「違う」と否定する。
「今度は対処の仕方を見る。梢」
「はい。ノエルと代美には、町に出現したヒトカゲの討伐をしていただきます。既に被害が出ていますので、速やかな討伐が求められます」
民家に侵入したヒトカゲに驚いた家主が照明を倒してしまい、火事が起こったのだという。人的被害はないが、何件か家が焼失した。
「その後もヒトカゲは民家に侵入しているようです。警戒を強めて戸締まりをした上で、です。後の詳細は直接聞いた方がよいでしょう」
「分かりました。速くて、私たちは今日中には出発できるのですが……」
副支部長は可能だろうか。
昨日に引き続き、副支部長が見届けるものだと思っていた。忙しい立場であるが、どうなのだろう。
「いえ、今回の代理は私ではありません。暇でしょうがない人に、もう任せることにしました」
「それが俺ってこと!」
戸が勢い良く開けられて、源太が登場する。驚かそうとしたのだろうが、副支部長の話しぶりからしてなんとなく予想できていて、驚きは半減である。ノエルは皆無。平然としていた。
今回試されるのはノエルだけでなく、代美もだ。
『信頼できんが、使えはするのだろう』
ノエルを除いた話し合いで、支部長は腕試しの断定的な結論を出した。ここでいう信頼は灰身上を裏切ることでなく、暴走して身勝手な行動をしたことだ。
『ノエルを上手く使うことができるか。手綱を握れるかどうかが問題であろうな』
それを代美ができるか、今回の試しで見られるに違いない。
支部長は本部長を信頼しているので、協力体制は築けはする。ただノエルを信頼できないことにより、上手く機能しない。
対ヒトカゲのために、この先も代美は協力するつもりだ。本部長もそうさせるつもりだろうし、今回の護衛のようにノエルも協力させるだろう。
協力体制を上手く機能させるために、支部長には認めてもらわなくてはならないのだ。信頼できる者を条件に、ただでさえ人数が少ないのだから一致団結しなければならない。
だから、代美はノエルに証明してもらうために、支部長の言うことを拒否しなかった。そして、今度は代美が証明する番である。
「前回は何の役にも立たなかったからな。今回は任せてくれ!」
野次馬と部外者でなくなった源太は、誇らしそうに胸を張る。
「何をしなければならないのか、分かっているか?」
「ノエルと代美を見届けて報告するんだろ。安心して任せておけって!」
この調子では、それをする理由は聞かされていないな。
副支部長の代理になる程度には信頼しているが、事情を話す程度ではないのだろう。
代美はノエルがついてきていることを確認しつつ、依頼人を訪ねる。どこかに行ってしまわぬように手を繋いでおきたいが、思わぬ形で引っ張って手首の怪我が悪化するのは避けたい。
全く、頬の傷が癒えたと思ったら次は手首だからな。しかも、ヒトカゲによるものでなく自傷だ。
代美の配慮にノエルは気付くことはない。内心つまらないと思っていそうな無表情である。いつも聞き取りは代美に任せて、話を聞こうとしないしな。灰身上の役目はヒトカゲを斬ることだけではないのだぞ。
「ああ、灰身上殿。ようやく来てくださったか」
明らかに安心しきった顔の町長が家内へと招き入れてくれる。代美たちは迅速に移動したが、依頼した時点で手に負えないと判断して待っていたのだ。反感を持たず理解を示し、話を促す。
「夕方前に出現するので、その前の早い内から店も家も全部締めきって警戒していてですね。家が焼失した者だけでなく、生活が立ちゆかない家もこのままでは出てきてしまうのです。どうか、どうか宜しくお願いします」
町長は頭を下げて頼み込む。負担があろうとも命のため最大限に警戒することは、灰身上の代美にとって印象よく映った。代美は大きく頷く。
「はい、承りました。現れるヒトカゲは、どのような個体でしょうか。これといった特徴は聞き及んでいますか?」
「私は直接見ていないのですが……金銭感覚がある訳でもないのに、金目のものを奪うようです。今のところ三件、その内の一件は我が家なのですよ」
「戸締まりをしっかりと行った上でですか?」
「はい。火事になって、翌日には皆で警戒しましたから。昼に家に入られているとしたら、手の打ちようがありませんが。昼も締めきるのは流石に……」
「夕方にだけ現れるヒトカゲならば問題はありません。夕方までは影に潜み、移動しませんから」
町人ができる対策として、代美はこれまで通り戸締まりをして、家に籠るように周知するようにと念を押して伝える。灰身上が来たからと、好奇心に負けて見に出てくる者がいるからだ。
町長の次は、目撃者やその他の被害者を訪ねていく。事前に何をしなければならないのか訊いたからか、源太は意外にも静かに後ろに控えていて、見届け役に徹していた。
「ねえ、灰身上さん。ヒトカゲって普通ものを盗んだりするのかい?」
被害者の向かいの家に住まう女房が聞いてくる。ヒトカゲを目撃していないか、近隣住人にも聞き取りを行っていたのだ。
「近いものならあったな。とある物に執着して、そればかりを奪うと聞いたことがある」
「そう……」
「何か気がかりが?あるのか?」
「いや、その……ねえ?」
女房は言い淀んでいたが、周辺を見渡してから小さな声で言う。
「ヒトカゲは大人ほどの大きさなんだろう?」
「そう聞いている」
成人男性の背の高さらしい。火事の元となった家主は十歳ぐらいの子どもの大きさだったと言うが、驚きのせいで見間違えたかもしれないと記憶に自信がないようだった。
その通りかもしれないし、ヒトカゲが二体いるかもしれないし、はたまた姿形を変えた同一個体かもしれない。代美は複数の考えを否定しないで持っていて、また新たに一つ加わる。
「……人が、盗んだかもしれないじゃないか」
「心当たりがあるのか?」
何から何まで考えて、浮かんだ疑問を投げ掛けている風ではなかった。言葉に芯があって、確信している風に代美は感じた。
「お隣さん。雄大って男がいてね。これが酷く暴力的で、手に負えないんだよ。そこそこ裕福な親御さんがいたんだけど、死んじまってね。働きもせず、荒い金遣いして好き放題さ。その金がつきたって、この前叫んでいた」
「……その雄大という男は、今どこに?」
「さあ。大抵どっかほっつき歩いているからね。でもヒトカゲが現れるんだし、夕方前には帰ってくるだろうさ。あ……いた。あの男だよ」
無精髭を生やし、端から見ても汚れた着物と分かる不清潔な男だった。足取りが悪く、よたついて前よりも横に歩いている。
「まあた酒でも飲んだんだろうね。絡まれる前にあたしは引っ込むとするよ。あんたたちも、別嬪さんだから聞き込むにしてもその男に任せておくんだよ」
「そういう訳には――いや、そうしておこう」
納得してもらえるように、そう言っておく。
雄大は自宅に倒れるように入っていった。源太は「どうする?」と代美に尋ねる。
「ちょっとぐらい俺が手伝ってもいいと思うけど。なにより危ないしな」
「大丈夫だ。今は聞き込みはしないでおく。あの様子で、私たちはさっき到着したばかりだ。わざわざ灰身上だと名乗って、警戒されることもない。少し様子を見よう」
代美はそれを有志者である町人に頼んでおく。ヒトカゲは屋内に出現することから、危機を感じ取って手伝いを買って出る男出が何名かいたのだ。
「ヒトカゲ相手に槍や弓は効果が薄いが、とどめを刺すことが目的ではないし足止めにはなる。ただ刺股なんかは簡単にすり抜けて接近されてしまうから、別の武器を持った方がいいな」
代美はその他にもヒトカゲの特性など、有志の者に教え込んでいく。武器を持たせればヒトカゲと戦う選択肢ができて危険だが、どのような手段でか屋内に現れるなら、人を守れる武器はあった方がいい。
命に関わることだから源太を戦力に含めるとしても、灰身上は三人。町の大きさからして、庇いきれない範囲を人で補う必要がある。




