第六十一話 もっと強くなれる
なにやらノエルは試されるらしい。
剣の腕を見るのに、適当な相手を用意すると言われれば、ノエルに拒否はない。喜んで副支部長についていくと、随分と時間をかけ、馬まで走らせて遠方まできた。
「おー! 青々としてるなあ」
「本当だな。好き放題に草が生えてて、手入れも……人が歩いた形跡もない。ところで、どうして源太がいるんだ?」
「暇だし、面白そうだなって!」
源太は一定距離をあけ、つけてきていた。ノエルは監視されていると気付いた場合、報告するようにと言われているので、代美は今知ったことではない。そもそも源太は隠れなかったので、代美自身で気付いていた。
ただ近づいて話をしようとすれば逃げたし、副支部長は『放っておきましょう』と追及しなかった。
「それで、ここには何しに来たんだ?」
「知らないで、面白そうだと思ったのか?」
代美が呆れる。
「それもそうだけど、大方気になって仕方なかったのでしょう。源太、本部長によく絡むし。私がいるし、何か命を受けていると察した」
「……俺、ジジイに絡んでないし。ジジイが絡んでくるんだよ」
「揃いも揃って素直じゃない。馬を勝手に借りているし、帰ったらいっぱいしごかれることを覚悟しておきなさい」
「うえ。内緒にしてくれないのか?」
「負担だけならしも、危険を増してくれたから。源太なら放っておいても無事でしょうけど。……この先一帯はヒトカゲが蔓延っているから、迂闊な行動は控えるように」
最後の言葉はノエルと代美にも向けられている。
用意するというので人間が相手かと思ったが、ノエルの相手はヒトカゲらしい。
まだまだ日が高い時刻もあって、期待で胸を膨らませる。ノエルの剣の腕を見るために、それは相応しいヒトカゲなのだろう。
「もういましたね。それも二体」
ノエルも見つける。夕方以外でも活動できる、第二形態。人の形をはっきりと保てる、ネロほどではないにしろ強敵。
「一体でも危険なのに……腕試しなので違う個体にしませんか?」
代美が不安がって言うが、ノエルの実力であれば問題ない。
「倒していい?」
「……そうね。片方は私が受け持つから――」
許可は貰った。その先の言葉はいらない。
ノエルは駆け出して距離を詰めると、ヒトカゲは無造作に腕を薙ぎ払った。【伸長】しながらなので、有効範囲内だ。
ノエルは体を左下にずらしつつ、足は止めずに加速する。抜刀すると同時に斬り、【修復】される前にもう一度大きく斬る。灰に化すのを見届けることなく、二体目へ。こちらのヒトカゲは芸がない。突進してくるので、真正面から迎えうつ。苦労することなく、一撃で終わった。第二形態の中でも、弱い個体だったらしい。
「これは…………想像以上ね。無茶だと思ったけど、この実力なら適当な判断か」
「……いる」
試すというのは、証明することだ。そのために、ヒトカゲを斬る数は多い方がいいはず。
ノエルは次に発見したヒトカゲへ駆け出す。
なぜ試すのか、ノエルは説明されていないし、興味がないので、証明することに必死になることはない。嘘っぱちの理由を考えたのは、文句を言われたときに納得してもらうためだ。
ノエルはヒトカゲを斬りたいだけだ。正確に言うなら、憧れをなしたい。現状ではあらゆる要素が不足しているため、その一つの剣技を高める。
センのときのように手加減しなくていい。思う存分、致命傷を狙って夢幻を振るう。
感覚を研ぎ澄まし、よりよくなるよう修正する。影の兆候を読み取って、【伸長】などの特性を用いた攻撃を払いのけたり、避けたりもする。センの体力を削るために特性を何度も見たので、兆候が分かるようになっていた。
「もっと」
焦りで気持ちが急く。
成長の停滞。代美から指摘されて気付くと、より焦りは加速した。この絶好の機会を逃したりしない。
「もっと」
代美や副支部長、源太が留める前に。夢幻を振るって振るって、振るい続ける。
全体を見て、いち早くヒトカゲを見つけてもいく。灰身上にとって厄介な、手付かずのヒトカゲだ。怒られることなく、良かれと褒められることだろう。文句を言われたときの理由として、新たに加えておく。
「もっと」
ノエルは強くなれる。成長の停滞は打ち破られた。
成長を体感できていて、焦りがその分消えていく。余裕が生まれたら、鍛練でない戦闘に入れ込むことになった。
憧れをなしたい。先生ほどではないにしろ、ノエルだって。
ノエルと、相手のヒトカゲ。強さは命を懸けるほどではない。剣技は劣っている。ない血は……少量なら出せる。
憧れの要素と比較して、未だ足らぬことが多い現状を把握する。少しでも補うために、左手首に夢幻を当てて少し引く。浅く斬ったのに、想像以上に血は流れた。まあ、多生の誤差か。
気にせず左手を振ると、血は飛び散る。合わせて夢幻を振るいつつ、うっとりとした。いい感じ。
早く先生と同じ高さまで背が伸びたらいいのに。剣技を身につけて、強い相手を見つけて。最高の憧れをなす。
普段からノエルの頭を占めていることだった。この望みのために、ノエルは全力を尽くしている。
だからその他のことなど、邪魔なだけだ。
「ノエル!」
ノエルは思わず、代美を斬りそうになった。腕を取られつつ、寸止めが間に合う。
代美は溜め息をついた。ノエルを止めるために必死に追いかけて息が荒いので、次には大きく息を吸う。深呼吸になっていた。
「暴走しすぎだ、馬鹿……」
本部長が恐くなければ、ヒトアゲと戦うためとはいえ灰身団に所属しなければ。その他に煩わされることもなかったのに。
本部長のことはともかく、ノエルが必要だと思ってやっていることだ。面倒事の世話をしてくれる代美の意向には従う。
応急処置として左手首を布で押さえられつつ、ノエルは問いかける。
「試すの、いいの?」
まだと言ってくれないだろうか。
「もう十分すぎるわ。剣の腕は確かね…………人格は考えさせられるけど」
「そう」
「どうにかしようとする気持ちをもてっ」
「やっぱ本部の灰身上ってすごいんだなあ!」
源太は瞳を輝かしていて、それを見て代美はそっと目を逸らした。本部の灰身上でも強くない者はいる。源太の近くにいる者とか、そうである。
物足りなさはあるが、すっきりとした心地で第一支部まで帰還する。支部長に結果を報告すると、ノエルは話し合いの場から追い出された。ノエルなしで、話したいことがあるらしい。
「あれ? ノエルだけか?」
無関係だと最初から追い出されていた源太が待ち構えていて、ノエルを捕まえる。こくりと頷けば、「なんで?」と訊かれる。
「さあ」
説明するのは面倒臭い。何を話し合っているかは知らないので、『さあ』で合ってることにする。言い訳を考える癖がついてきた。
「なあなあ、本部ってどういう感じなんだ? 支部と違って変わっているところとかある?」
源太はノエルを離そうとしない。二人っきりでは、代わりに話してくれるものはおらずどう対処しようかと考える。素っ気ない態度をしても、しつこく訊いてくるのだ。全くめげない。
反応しないでいたら「おーい」と目の前で手を振ってくる。目を合わせてやると、「あ、気が付いた」とにっかりと笑った。最初から気付いていたが?
「武芸場」
「うん?」
「連れてって」
案内されたので一人で行けるが、何か役割を与えておけば多少静かになるだろう。置いていこうとしても、勝手に付いてくるだろうし。
「いいぞ! 武芸場に興味があるんだな」
「ん」
「ノエルも一緒に鍛錬するか?」
「ん……いや」
鍛練もしたいが、それよりも剣技の見本が見たい。よい見本があれば、模倣して剣技を高めることができる。
案内されたときは支部の灰身上は本部より劣っていたが、今日は腕のいいものがいるかもしれない。すれ違った中で、優れた立ち振る舞いをする者がいた。
源太ははい、いいえであれば、ノエルが答えてくれると分かったらしい。移動中であれば答えておいた。適当に。
武芸場には一人、腕のいい灰身上がいた。観察していると、「やっぱりここにいたか」と代美がやってくる。
「源太もいたのか。ノエルが迷惑をかけなかったか?」
「全然! 逆に俺が迷惑をかけたかも!」
その通りである。
反応しなかったが、代美にそう思ったことを察されて軽くはたかれる。ノエルが人間を害せないことをいいことに、なんて奴である。傷にならないぐらいに、やり返しておいた。
「いたっ。ここまでやってないだろ!」
ノエルはそっぽを向いて、気にしないでおく。
「全く……今日はもう休んでいいそうだ。ノエルのせいもあるが、移動が大変だったからな。今日のところはゆっくりと疲れを癒そう。血を流しているし、鍛練はさせないからな」
「あ、それなら俺がまた案内する! もうすぐ夕食だし」
「源太ならそう言ってくれると思った。ありがたく頼らせてもらう」
「おう!」
「…………それと、ノエル」
代美がこっそりと耳打ちする。
「明日もまた試されることになる。今日と違って楽しいことではないかもしれないが、頑張るんだぞ」
「……」
「頑張ってくれるよな?」
肩におかれる手が重い。それでも答えないでいると、源太が不思議がったので代美が先に諦めた。
楽しいことだったらやるけど。
今日みたいのがいいが、違うのだろう。今度は人格を試されるのだろうか。折を見て、代美から詳細は明日話されると知らされる。利がなければやらないでおこうっと。




