第六十話 使者のお役目
「儂は第一支部長の虎々という。代美とノエルだったか、遠方からよくぞ参ったな」
ああ、こういうのを求めていたのだ。
締りのある自己紹介が行われて、緊張どころか安堵してしまった代美は悪くないと思う。背後では「私のは?」「また今度な。菓子が消えたんだ」と小声でやり取りが行われているが、些細なことだ。やっとお役目を果たすことができる。菓子の件がうやむやになって良かった。
「それでよほどの苦労を費やし、何しにきた?」
支部長が心当たりはないと首を捻る。
十二、三歳の少女が突然やってきたのだから、そうだろうな。代美は厳粛さを意識しつつ、声を発する。
「まずは人払いをお願いできますか。内密の話で、支部長にのみ話すように言われています」
「ふうむ……源太、出ていくように」
「え! なんで俺だけ!?」
「梢は副支部長だ。それに儂よりも役に立つ。……そもそも、いつも来るなと言っておるだろう! 用があるなら人伝に呼べ!」
「ジジイじゃなくて、菓子に用があるだよ! 菓子は呼んでも歩いてこないだろ!」
「菓子ぐらい、奉公人に頼めばくれるだろう! それと儂のことはジジイと言うな! お爺ちゃんと呼べ! 敬意をもて!」
「それ敬意じゃないと思うけど!?」
代美は助けを求めて梢を見る。こくりと頷いて、間に入ってくれた。
「はいはい。お爺ちゃん、興奮すると倒れますよ。源太は我が儘言ってないで、速やかに退出しなさい。貴方の役目はヒトカゲを倒すことでしょう」
「……はーい」
源太が後ろ髪を引かれながら、部屋を後にする。副支部長はそれをしっかりと確認して、戸を閉めた。
代美はノエルにも聞き耳を立てる者がいないことを確認して、支部長以外に人がいる状況に修正して行動に移す。
「不躾なことを尋ねますが、副支部長は信頼できますか」
「…………まあ、信頼できるだろう」
副支部長は冷たい目を向けて言う。
「即答ではないのですね」
「老骨を労らず、遠慮なく使ってくるからな。粗雑に扱ってくることもある」
「そんなこと一度たりともありましたか。ただ頼りがいがあるので、そう感じてしまったのでは?」
「まあ、そうしておくか」
源太を見逃す代わりに賄賂として菓子を要求する会話を、代美は知っている。支部長を憐れに思いつつ、求めた答えではなかったのでより正確に聞きたいことを問う。
「灰身上を裏切るようなことはありませんか」
「ありえません」
副支部長がきっぱりと答える。
「儂もそれはないと言わせてもらおう」
「……分かりました。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
「いえ。必要なことだと理解しています」
「ありがたい言葉です。ですが念のため、預かっている文を読んでから再び判断していただきたいと思います。ノエル、文を」
「ん」
ノエルから文箱を受け取り、代美はそのまま厳重に文を手渡した。支部長が開封する前に副支部長は気を利かせ、離れた位置に移動して後ろを向く。
代美は不必要だと思うが、副支部長の警戒を強めておいた。ノエルはそれを含め、全体的に警戒している。旅の道中もそうだったが、支部長に文を渡し事情を把握するまでの間も注意すべきだと代美は言い聞かせていた。
支部長は眉間に皺を寄せ、目を細くする。代美は緊張で速まる心臓の音を聞きながら、長い時間の終わりを待った。
「見えん」
そんな代美とは裏腹に、支部長は呑気でいる。
「眼鏡はどこにやったか……」
「棚の引き出しの中です。床に置いてあって危ないと、私がしまっておきました」
「ああ、どおりでないと思った」
「私が取りましょう」
速く読んで欲しい気持ちから、代美が眼鏡を持ってくる。
海外からの品と高級品でそうお目にかかれないものだが、代美は上流武家の出身からどんなものかは知っている。
「ああ、助かる。さて、どれほどの内容か……」
紙の擦れる音が、静寂の中ではよく聞こえる。最後の行まで目を通した後、机に広げた状態で置かれた。
「梢、読め」
「拝見させていただきます」
「はい。どうぞ」
読んだ上でそう判断したのなら、異論はない。
副支部長は支部長より速く読み終えて、文を元のように折り畳む。
「どうしますか。内容は頭に叩き込んであります」
「儂でも忘れられん内容よ。燃やしておけ。今すぐに、そうだな、ノエルを連れて行ってこい」
「ノエル。頼んだぞ」
「ん」
副本部長は隣の部屋に置いていた刀を佩いてから、火が熾してある場所に先導する。
二人が退出して戻るのを待つことはなかった。他愛な話で時間を浪費することもなく、支部長は話を切り出す。
「ノエルにはどこまで話した」
代美は目を逸らして答える。
「……なにも」
「ほお」
本部にヒトカゲが潜んでいるかもしれないこと、そのために信頼できる者で協力体制を築くこと。第一支部に来ることになった役目を、ノエルは何も知らないでいる。本部長からどこまで話すか、代美に裁量が与えられていたにも関わらず、だ。
代美は責められている気になって、また後ろめたいことをしていると自覚していた。声を沈めて、言い訳にしかならない説明をする。
「ノエルを信頼していない訳ではないのですが……私がそうと知っているのは、今のノエルだけなので」
「記憶喪失になる前がどんな人物か分からぬから、言わないでおくということか」
「ノエルの事情を知っているのですか?」
第一支部の文は目を通しているが、そこにノエルの詳細は書かれていなかったはずだ。
「五部長会議で色々聞いておる」
「ああ、なるほど」
「ヒトカゲに関わっているかもしれぬというしな。情に流されぬ、利口な判断だと思う。……だが、それは儂がノエルを信頼すると認めたことではない」
支部長はトン、トンと指先で机を鳴らし、考え込む。
先程代美が副本部長を信頼できるか、と聞いたことと同じだ。相手のことを知らないから疑う。
そうと安心できれば良かったが、ノエルの性格が問題だった。憧れをなすたいと一心を注ぎ、そのために道義を気にしないで行動する。
……裏切るようなことはないとは思う。
本部長の躾は強力で、そのような心配はない、はず。
「ノエル。儂がお前を試してやろう」
いつのまにかノエルと副本部長が戻ってきていた。ノエルはいつもの無表情でいて、それだけで見れば代美とて感情は読み取れない。
「これに拒否権はない。なに、やらせるのはお前の好きなことだ。まずはその剣の腕を見る。儂は動くのも一苦労だからな。代わりに梢、見届けてやれ」




