第五十九話 第一支部
一悶着あるも、第一支部の付近まで来ることができた。後は道なりに行くだけで、そんなときに灰の打裂羽織を着る青年を見かける。
第一支部所属の灰身上だろう。見かけない顔に違いなく、相手もそう思ったらしい。青年は猛然と奔ってきて、「おー?」と心底不思議だという表情をされる。
「灰身上、だよな?」
「ああ、合っているぞ」
「……つい最近なったばかり?」
「ノエル、隣の者はそうだな。私たちは本部から来たんだ」
「へえ、それでか! 最近入った奴でも話ぐらいは聞くはずなのにって、変だと思ったんだよ。俺、源太っていうんだ。よろしくな!」
「よろしく。私は代美だ。もう一度紹介すると、隣はノエル。ほら、挨拶しろ」
「……よろ」
源太の差し出した手を握ると、上下にぶんぶんと揺さぶられる。肩が外れてしまいそうな勢いで、早いところ離す。源太は無自覚のようで、悪気のない笑顔で歯を見せる。
代美は後ろ手に組んでいると、次はノエルの番だと再び手を差し出していた。ノエルは反応しないでいたが、源太が手を掴みにいって強制的に握手をされた。一振で終わらせたが、代美はノエルを支持する。懸命な判断だ。
源太は明確な拒絶に全く気にすることなく、というか気づいてなさそうな素振りで言う。
「それで、代美とノエルは何しに来たんだ? 本部からって、結構距離あるだろ?」
「それは……」
代美は正直に言うか迷った。
接してすぐ分かったが、源太は人懐こい性格である。顔は広そうで、代美とノエルが使者だと不必要に話が回りそうで恐い。
「第一支部に用があってな。用がなければ案内してくれると助かるんだが」
詳細をぼかし、伝えることにした。源太は快く了承してくれる。
「そういうことなら任せてくれ! 俺より第一支部を知り尽くしてる奴は、そんなにいないんだ。入っちゃいけない部屋にだって、こっそり案内してやるよ!」
「いや、そこまではいいのだが」
「遠慮するなって。目指すはジジイの秘蔵の菓子を見つけて食べることだ!」
「ジジイとは誰のことだ? というか、勝手に食べては駄目だろう!」
「大丈夫だって。いざとなったら、俺が怒られるだけだし。いくぞー、えい、えい、おー!」
「……おー?」
「ノエル、一緒にやらなくていいからな!? やるな!」
掛け声を合わせたあと、ノエルはとことこと源太の後をついていく。代美が叫んでいる間に距離が開いてしまって、そこから源太は声を掛ける。
「代美、置いてくぞー」
「ま、待て! ……っ私も行く! でも盗みには加担しないからな!」
「そう言って、美味しそうだったら食べちゃうんだろ~」
「食べるか!!!」
変わった奴に案内を頼んでしまった。
代美は肩を震わせつつ、源太とノエルに続く。代美より十は上の年だろうに、子どもっぽい悪戯心の持ち主だ。
菓子の盗み食いを目指しつつも、案内はきちんと行うつもりらしい。指差しながら、丁寧に教えてくれる。
「ここが第一支部。真ん中に見えるでっかい屋敷で仕事をもらえたり、武芸場があるから鍛練できる。手前の長屋が灰身上と奉公人の住まいだな。右手が女、左手が男って分けられてる。俺は実家が近いからそっから通ってるけど、大半の奴が使ってる」
場所が違えども、本部と配置は同じらしい。それでも独自の雰囲気があって、人が多く出歩いていて賑やかだ。地域の子どもが遊びに来て、団員が相手をしているのには軽く驚いた。
本部だと、子どもの遊び場ではないと追い返してしまうのだ。優秀者揃いだからか、高い誇りを持って真面目に仕事に取りかかっている者ばかりなのである。決して本部の方が悪いということではないが、第一支部の親しみやすさには好感が持てる。
「よし、さっそく屋敷から行くか」
源太はさっさと決めて行動するので、止める余地がない。支部長への取り次ぎがあるので玄関までで良かったのだが、草履を脱いでその先に行ってしまう。ノエルが素直についていくのに対し、代美はどうするべきかと考えを巡らせているせいか、初動が遅れて追いかけることになる。
屋敷内まで本部と全く同じではないので、迷わぬようにつかず離れずで移動する。見かけた奉公人に声をかけようとしたが、源太が案内をしているから深く気にせず通り過ぎてしまう。これではいけないと奉公人に声をかけるが、「質問か?」とか「俺が案内しているんだ」と源太に割り込んで言われるので、微笑ましいと暖かな目をして去っていかれた。
このままでは埒が明かない。
代美は、第一支部に来た目的を話すと決めた。
「あのな、源太。実は私たちは支部長に用があってきたんだ。案内はもう十分だから、次は取り次ぎをお願いしたい」
「そうだったのか。なら丁度いいな、今向かっているところだったんだよ。いるかいないか運次第で、俺としては菓子のためにいない方が嬉しいんだけど……あ、ここからは静かにな。本当は通っちゃいけないけど、この方が近道だから」
源太自身が取り次ぎをしてくれるのはありがたいが、直接連れていくのも通る道もどうかと考えさせられる。同じ灰身上とは言えど、本部と部外者になりえる代美たちが好き勝手に屋敷内を回っていいのだろうか。
……もうどうにでもなれ!
怒られたら真摯に謝ろう。連れまわされたに近いし、情状酌量もあるはずだ。
こそこそと隠れながら、近道となるらしい部屋を渡ろうとする。誰もいないと思ったが、部屋の隅から声がかかる。
「なにやっているの? 源太と……どちら様?」
妙齢の女は眉を顰める。切れ長の目尻をしているからか、冷たい印象が強くて代美は身を縮める。
「わたしは――」
「代美とノエルだ。なんかジジイに用があるらしくて連れて来たんだけど、今いるかな?」
源太は臆することがない。見つかってしまった焦りもなかった。
「今はいないけど……直ぐに戻ってくるわよ。源太、私のも」
「えー、梢は食べようとしたら、いつでも食べられるじゃん」
「探す労力が面倒。ほら、早くしないと戻ってくるわよ」
「それは困る。うーん、間に合うかな?」
源太は部屋に渡ってしまって、ノエルもついていく。梢という女の存在があって残った代美だが、「行かないの?」と言われれば行くしかない。
「ええと、失礼しました」
「はい。何かあったら、呼んでちょうだい」
厳しそうな人かと思ったが、見た目だけかもしれない。それに切れ長な目は、凛々しいと捉えることができそうだ。
そう印象が変わりつつ、代美も部屋に渡る。源太とノエルが一緒になって何かをしている。背中を向けられて詳細が分からなかったので近づけば、源太が壺に手をつっこんでいた。
「おっ。今日はキャラメルか」
「きゃらめる、」
「砂糖をいっぱい煮詰めた外国の菓子。とっても甘いんだ。ん~、うまい!」
「ノエル、駄目だぞ。人様のものだ。しかもジジイという御仁は――」
「これえ! まあた儂のおやつを食べおるな!」
その御仁は、梢がいた部屋とは異なる戸から入ってきた。近道ではない方から回ってきたのだろう。
「げえ! せっかく早く見つけられたのに………………ジジイ、俺はなあんにも食ってないからな!」
「菓子を隠しておいた壺の前におって言い逃れなど通用せんわ!」
「本当だって! なんせ、今日はジジイに用がある二人を連れて来ただけだからな!」
「なに? いつも盗み食いのためにしかこない源太がか」
「ああ!」
「……まあいい。中身を改めれば分かることよ。ちょっとどいてみろ、そこの娘二人もな」
代美とノエルが誰かはどうでもいいらしい。それでいいのか、第一支部長。
支部長に用があると言って案内された先に現れたのだから、おそらく合っているはずだ。声を張り上げて、源太を責め立てる。
「ほれみよ! ないではないか! それも一つも残っておらん!」
「え!? さっきはまであっただろ? うわ、ほんとだ。なんで!?」
代美は嫌な予感に導かれるまま、ノエルを見遣る。頬を膨らませ、もぐもぐと動かしていた。
「………………ノエル」
「ん」
手のひらを上にして、代美の前に出す。
これは何の手だ。叩けという意味か? 叱って欲しいのか、あ゛?
「……ん」
ノエルはその手を動かし、代美の打裂羽織に触れる。そして拭った。擦り付けたともいう。
手は素手でキャラメルを触ったせいで、べたべたとしてしたのだ。代美は無言でノエルの手首を掴み、手ぬぐいで強く拭ってやる。
なぜよりにもよって、灰身上の羽織にした。それも自分のではなく、代美のだなんて。
幸い、ノエルが食べ尽くしたことは知られていない。源太と支部長は言い争うのに夢中だ。
「ええい、とぼけるのもいい加減にしろ!」
「だーかーらー、違うっての! 確かに食べたけど、一個だけだって!」
「毎度毎度儂の楽しみを奪いおって! 今日という今日は許さん!」
代美は使者の役目を果たす前からどっと疲れつつ、小さな声でノエルに言い聞かせる。
「食べ尽くしたことは秘密だ。いいな」
「ん」
正直に謝るべきだが、好き勝手に歩き回った無作法の上に積み重ねることになる。謝罪する内容は少ない方がいい。使者の役目を果たすために、これ以上印象を悪くするべきではない。
ノエルの口の中のものがなくなり、手ぬぐいをしまって証拠隠滅してから、梢を呼びに行く。隣の部屋だから聞こえる声で状況は察していた。慣れた手つきで仲裁してくれて、場はようやく落ち着くことになる。




