第五十七話 第三支部長の参上
「今後はやることなすこと、先に言え。いいか、絶対だぞ」
「分かった、分かったって。ほら、呼ばれているんだから、早く行きなよ」
ディマリアスは語気を荒くして、口酸っぱく言ってくる。好一対を組んできてから今に至るまで、何度聞いたことだろう。
木丞は適当に頷いておく。目くじらを立てられるが、長時間の滞在で早く戻ってこいと奉公人からせっつかれているから、渋々諦めてくれた。
「……あまり先走るな」
そう言い残してディマリアスは去り、一室は木丞だけとなる。
ネロとセンの件で根を詰めており、その上のディマリアスの説教だ。ちょっとぐらい休憩してもいいだろう、と一服する。
煙管を咥え、ゆっくりと味や香りを楽しむ。煙が立ち、勝手に薄らいで消えた。そのように見えるだけなので、閉じていた窓を開けておく。こんなところで吸うな、と怒られたくはなかった。
煙たいのもだが、執務室なので火事の心配をされているのである。そんな間抜けを木丞はしないが、一日に何度も怒られるのは嫌だ。
「先走るな、ねえ」
窓近くに腰掛け、ぼんやりと空の景色を眺める。
心当たりはある。なんせ、ディマリアスの説教やその前にあった口論の原因だ。それに関することを、余すことなく言われている。
「その必要があるから、やっていることなんだけど」
だから、やめはしない。
元々その素質はあったと思う。考えるよりも先に行動して、ディマリアスはその後処理をしてくれた。
今回もそんなところであるが、先走るにも限度があるということだろう。おそらくディマリアスは、木丞の考えが読めずにいる。
ヒトカゲが本部に潜んでいる。それも人間に化けている可能性が高いので、迂闊に話ができない。信頼できる相手でも、場所を選ぶ。
ただそれだけならばいいが、話した結果に危険が及ぶかもしれない。木丞は既に、人間に化けているヒトカゲに当たりをつけていた。
団員の灰身上や奉公人は孤児からなっている者が大半なので疑ったらきりがないが、特に怪しい者がいる。証拠はなくただの推測で、木丞としては嘘だと思いたい相手だ。
推測すること自体が咎められることだった。それでも最悪を想定して対策を立てておくべきで、その危険をディマリアスにまで背負わせるまでにはいかず、考えを打ち明けないでいた。
木丞の考えが読めないのはそういうことだ。思っているだけでは、相手に伝わらない。
アヴェラ相手なら言えるんだけど。
信頼できて、危険なんかものともしない実力の持ち主である。
内密な話をするために、影に潜むヒトカゲを敏感に察知できること。殺されぬように、睡眠中という不意打ちでも対処できること。
アヴェラはこの条件を満たす実力があった。ディマリアスでは少々足りない。現役なら良かったが、ヒトカゲ討伐の前線から退いて時間が経っている。
「間が悪いんだよなあ」
頼れるアヴェラは暫く帰ってこない。本部所属の実力者たちと一緒に出払ってしまっている。
他ならぬ木丞自身が任務を言いつけてしまった。後悔するが、それが最善だったのだ。ヒトカゲの出現が減っている今の内に、人間が立ち入ることができなくなった場所の調査をしておきたかった。理性あるヒトカゲの存在が確認できたとはいえ、これまではずっとヒトカゲの内情など分からずにいたのだから、こんなにも直ぐに事態が動き出すとは思わなかった。
そんな状況だから、使える手はなんでも使う。
代美を遣って、第一支部長の虎々に連絡を取ることにしたのはその一つだ。本部に潜むヒトカゲはネロを脱出させて以降、静観している。その間に、できるだけ協力体制を築いておかなくてはならない。信頼できる者に限定した、情報共有できる体制をだ。
虎々には昔、散々世話になっており、気心が知れる仲だ。支部長の立場なので、人を使う動きが期待できる。ヒトカゲが虎々になり変わっていなければ、だが。
そんなこと、有り得ないだろうけど。
癖が強い性格をしていて、演じるには難しい爺である。念を入れて木丞自身が確認しておきたいところだが、遠方故にできない。代美に任せるしかないが、なんとか成し遂げてくれるだろう。責任感があって、物事を成し遂げようとする根性を木丞は認めている。実力がそこそこな部分は、護衛として連れていくノエルで補えるはずだ。
他に打てる手は、と木丞は考えることをとめなかった。考えを巡らせるのはディマリアスの担当だったが、木丞とてできる。
だが、ドタドタと大きな音を立てて歩いてくる存在のせいで、止めざるを得なかった。木丞がいる部屋を目指しているらしい。制止する声が必死にかけられているが、その存在は頓着しなかった。
ヒトカゲではなさそうなので、木丞は泰然として待ち構える。考えに没頭しすぎて放置されていた煙管でも吸って、軽く休憩を挟んだ。音が間近になってから煙管を隠し持つと、ちょうど戸が勢い良く開けられる。
「おお、当たりだ! 案内がなくとも、つけるものだなあ」
「本部長ぉ。すみません、止めきれなかったです……」
溌剌にやってきたその者に、引っ付いていた奉公人は半べそをかいていた。この相手をするのは灰身上でも難しいので、気にしないようにと労わって奉公人は帰しておく。
「五部長会議のため、第三支部長の結が参上したぞ! 随分と待たせてしまい、すまなかったな!」
「五部長会議って。四部長会議にして、もう終わったよ」
「なに? どうやら私は……とても遅れてしまったようだな」
「ほんとそれ」
「まあ過ぎてしまったことは仕方ない。どんな話をしたのだ? 大雑把にでも教えて欲しい」
会議に出席しないほどの奔放さは、図太い性格から来ているのだろう。結はあっけらかんと、自分に必要な情報だけを要求する。
木丞は結に乗せられぬよう、煙管を片づけながらのんびりと口を開いた。
「その前に申し開きを聞こうか。会議に遅れるどころか、出席もできなかったんだ。よっぽどな理由があるんだよね」
終幕の灰身団は各地のヒトカゲに対応できるように、日本に点在して本部と支部が置かれている。距離に加え、支部長という時間の限られた立場もあり、五部長が集まれる機会は滅多にないのだ。それをふいにしたのだから、理由次第ではしばく。
一朔殿から言われていることもあるしね。
ネロとセンの件で、本部にやってきた一朔と顔を合わせて話をした。ヒトカゲが人間に化けて潜んでいるかもしれない、という推測も含めてだ。
『第三支部には注意を払っておくように』
一朔は本部に潜むヒトカゲでなく、支部を言及した。本部のヒトカゲがそれほどまでに潜むのが上手いのかなんなのか、それは置いておくとして、木丞にはない忍びの情報網を持つ一朔が言ったのだ。
第三支部には何かがある。それが単純に人の悪意なのか、ヒトカゲなのか。第三支部の筆頭たる支部長は、それに関しているのか。
ネロとセンが脱出した時期からして怪しかった。
木丞は見極めようと、結の一切を観察する。結は「うむ」と頷いた。
「詳細は省くが、部下の一人が行方不明になっていてな。命の危険が限りなく高かったため、探していた」
「結自ら?」
「ああ」
「他の人に任せなかったの」
「私が一番適任だったからな」
「……それで? こんなに時間をかけて、見つけ出せたの」
「いいや。手を尽くしたがどうしても駄目で、諦めてこうして参上した訳だ。あいつには申し訳ないことをした」
「俺の方でも探すよ。名前と特徴、最後に見かけた場所は?」
「愛羅だ。第三支部所属の灰身上で、背の高い女だ。出ているところが出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいるから、人目を引くいでたちをしている。男なんか、特にな。最期に見かけた場所は……秘密だ」
「は? 知っているけど、言えないってこと?」
その通りなら、探せるものも探せない。
「そうだ」
「なんで? 俺に言えないようなことなの?」
「……別に言わずとも、本部は優秀者揃いだろう? 忍びもいるというし、言わずとも見つけ出せるだろう」
「そうかもしれないけどその分負担が大きくなるし、時間がかかって手遅れになるかもしれないよ。…………ねえ。ちゃんと探してもらう気、ある?」
「正直に言った方がいいか?」
「誠意を見せて欲しいよね」
探してもらう立場なのだから、正直に言うのは当然だろう。
結はもう躊躇うことなかった。
「ない」
「言うね」
「正直にと言われたからな。それに私はややこしいことは好かない。……信じられないのだ。今になって色々とヒトカゲについて分かってきたが、隠していただけで昔から知れていたことではないのか? 愛羅のことだって、既に知っていたのではないか?」
「さっきが初耳だよ。隠しているのはそっちだろう」
木丞は次第に腹が立ってきた。なぜ責められなければならないのだろう。
結が疑ってかかるのが気に食わない。言いはしないが、木丞は忍びを一朔を挟んで使えるぐらいなので、なんでも知っている訳ではないのだ。
忍びかヒトカゲか、どちらかは分からなくなったが、目のないところから見られている感覚があった。木丞が監視されていたことは確実で、最近は特に注意しているので視線は感じられないが、気付かないと思って好き勝手にされていた。
思い出して、木丞は余計に腹が立ってくる。情報がないことで苦しんでいるのは結だけではない。
「愛羅は死んでいると私は思っている。こちらは死体でもいいから見つけ出したいと思っているから、多少の情報は提供した。親族はいないが、第三支部で弔っておきたいからな」
「最善は尽くすよ。人の命がかかっているからね」
「一応期待しておこう。ああ、そうそう。先程ノエルに会ってきたぞ。望み通り、あれがヒトカゲの謎を明らかにしてくれればいいのだがな」
会議に間に合わずにいたのに、どこからその情報を聞きつけたのか。
ノエルがヒトカゲと関わりをもっていたことは、関わりのある者以外は限定して知らせないようにしている。
「……ここまで来るまでに急ぐ気がなかったのは、よおく分かったよ」
結は意図して挑発をしているに違いない。木丞は笑顔を保ちつつ、血が昇る感覚を味わうことになった。
結はその上でヒトカゲの新たな情報を求めてきた。最初の要求は頑固として変えないらしい。
堪忍袋の緒が切れそうになるのを耐えつつ、言っても支障はない範囲で情報共有しておく。
一朔の言う通り、注意を払う何かはあるが、完全に敵対するまでではない。
相手の腹の内が分かるまでは、この関係を維持していく。悪化するか、好転するかは相手次第だ。木丞は何もやましいことはなかった。




