第五十五話 ナンパ
ネロとセンが逃げた。
その報告は代美からもたらされ、そしてノエルは――とある行商人の顔を覗きこんでいる。
「……」
「な、なんですかねえ、お嬢さん」
「……」
「何か言ってくださいよ! 俺が何をしたってんだッ」
「違う」
「へ?」
笊売りのようで、荷として手に持つだけにとどまらず、体にも笊で覆い尽くしている。顔や体格、動作を確認して、ノエルは興味を無くした。次は旅人だと他を当たっていく。
「うわっ!? びっくりしたあ。脅かしてくるなよ」
「違う」
「おや、なにか困りごとかい?」
「……違う」
「なんだい、美しいお嬢さん。僕の魅力に気付き誘ってくるとは、お目が高いね」
「……」
誰も彼もが違う。用がなくなったのだが、最後の男に関しては食事をおごってくれることになった。肩を抱かれつつ、店にまで案内される。その途中、「あ、ノエルだ」と聞き覚えのある声をかけられた。ノエルが川辺で鍛錬していると毎度出没する、正吾だ。
「なにしてんの? ナンパされてる?」
「いやいや。逆だよ、少年。このお嬢さんからのお誘いでね」
「えー、絶対ないよ。ノエル、刀振り回すことにしか興味ないから」
「いや、実際そうなのだが」
「言いくるめてどっか連れてくのはずるいぞ」
「ご飯、おごってくれるって」
時間がかかりそうなので、ノエルは正吾に説明する。食べてもいいなら、遠慮なく食べておくのがノエルの主義である。
「へー、そうだったの?」
「ああ、そうだとも!」
「じゃあさ、俺がいい店を紹介してやるよ。お兄さん旅人だし、この町の勝手が分かってないだろ? ほら、こっちこっち!」
「ちょ、引っ張るな! 少年の手伝いがなくとも、俺らは上手くやれる――」
旅人がぎゃあぎゃあ騒ぎつつも、店に辿り着く。ノエルの行きつけの団子屋だった。なんにでも使っていいお金、小遣いを貰う度、その手軽さからよく買い付けるようになったのだ。奈々子や代美のお目付け役がいないときは、こっそりと食べ歩きしている。
「おっノエルじゃないか。正吾も。団子、買っていくかい?」
ノエルは一度に大量の団子を食べていく、物珍しい客として覚えられている。正吾は町の子どもなので、顔見知りなのだろう。
「うん。俺、一本。金はこの兄さんが払ってくれるから」
「おい。いつのまにそういうことになっているんだ」
「紹介料。ノエルの好みのお店なんだよ、ここ。一本ぐらいいいじゃん」
「十本」
「あいよー。ノエルはいつも通りだね。お兄ちゃんは?」
「!? …………一本もらおうか」
合計十二本。既にできていた団子をもらって、食べつつ残りを待つ。旅人がしつこく話しかけてきて、面倒くさく相槌も頷きもしないが話だけは聞いておく。旅人は面上は反応しないノエルにしつこく食い下がり、愛想をつかしたら去っていった。
ノエルは団子の残りを全部貰って、食べ歩きする。正吾は話足らぬのか、ついてきた。丁度いいので、団子を持たせておく。
「ノエル。食いもんにつられるとか、食い意地張りすぎだぞ」
「張ってない」
「じゃなきゃ、兄ちゃんに付いていかないだろ。なあ、この後川辺行く? 鍛錬する?」
「……ん」
そうするとしよう。ネロやセンはやはり見つからないし。
ノエルが確認していった笊売りや旅人には共通点があって、菅笠を被っていた。
あの両者はいつでもどこでも菅笠を被っていたのだ。ヒトカゲの黒の姿でも、室内でも簡単に外そうとしなかった。
菅笠を日除けとして被っている者は多いが、室内までとは本来の用途と離れていて珍しい。ノエルにとって目印になっており、それを当てとしてネロとセンを探していた。
結果は全て惨敗になったが、元々期待はしていなかった。ただノエルの中で区切りをつけて諦めることができ、鍛練に集中することができるのは成果だろう。
それもこれも、まんまと逃がしてしまったのがいけない。ノエルは斬りたいのを耐えて耐えて、灰身団に処遇を任せたというのに。
ネロとセンも、ノエルがいるときに逃げてくれればよかった。どうしようもできない状況になったら、センを倒してもいい許可はでていたのだ。代美には知らされていないようだが、本部長がそう言ってきた。
同時にそうならないように回避しろとも言われたが、機会があれば適当な理由をつけて倒したかった。ネロが手加減なしで、仇討ちしてくれそうだからだ。
だからノエルはとても残念で、怒りなんかは収まらない。団子を食べ終わってからの、殺意をのせた刀の夢幻を、正吾は「はえー」と適当なことを言う。速いが、雑で憧れとは大違いだ。鍛錬の意味がなく、ここ最近はめっきりこんな感じであった。
剣技の向上とならぬので、ノエルは素直に夢幻を鞘に収める。いつの間にか、正吾以外に人が増えていた。観客の子どもは「もう終わりなの?」と不満を顕にする。
「ん」
「えー」
「ついさっき来たばっかりなのに」
「正吾だけずるいぞ。呼んでくれたらよかったのに」
「そしたら見逃すだろ」
「俺達友達だろ!?」
「へへん。ときには友情よりも優先すべきものがあんだよ」
「なんだとーっ」
わあわあとはしゃいでいるのはいつものことだ。代美がお喋りなせいで、ノエルは騒がしいのに慣れている。
走り込みでもしようかと考えていると、指でつつかれる。見遣れば、正吾を含めた観客全員が静かになってノエルを見ていた。子どものまとめ役の正吾が、代表して言う。
「なあ、奈々子ってもう来ないの?」
急な話で、奈々子が誰なのか一瞬考えた。奈々子の名前は代美がよく言っていたので、記憶には残っている。
「来ない」
代美が療養から復活したので、奈々子はノエルの世話をする必要はない。すれ違ったりはするが、代美と奈々子が話しているだけだ。ノエルには日々一人で生活できていないことを確認されて、駄目だしされるぐらいの関係である。
「ノエル。遊ぼうよって、言っといてよ」
「無理」
面倒くさい。
「お願いだよお」
「俺達じゃ本部に入れないから、会えないんだよ。奈々子、外に出てこないし」
「せっかく仲良くなったんだから遊びたいのっ」
「……見つからないように入ればいい」
「一回やったことあるけど、直ぐ見つかったんだよね」
「灰身上って強くてすげえけど、恐いよな」
「ノエルとか正にそう」
「笑わないしー」
「冷たい!」
「でも刀はうまい」
「「「それな」」」
もう行ってもいいだろうか。
願っておきながら、子ども同士で話している。走り込みしようとして、「あ、こら待て!」と機敏に飛びついてきた。こういうときだけ、足並み揃えるな。
「わたし、忙しい」
「え、どこが?」
これまで旅をして久しぶりに会ったせいか、やけにしつこい。
「鍛練してる」
「刀振ってただけじゃん」
「次は走る。時間ない。……仕事、行くから」
「え、また!?」
「それってもしかして……遠いところ? 暫く帰ってこないの?」
「ん」
代美と共に使者として、第一支部まで行かなくてはならないらしい。当事者だからと、ネロとセンの件を伝達することになったのだ。
ヒトカゲ討伐ではないので代美一人で行けばいいのに、と思うが、いつでもどこでも好一対だと連れていかれることになった。ノエルを一人残しておくのが不安らしい。
確かにノエルとてまた厳しい奈々子の世話になるのは避けたい。また本部でじっとしているより出歩いた方がまたネロたちのようなヒトカゲと出会えると言われれば、ついていく気にさせられた。
時間は限られるが鍛練は場所を問わず、行えるものであるし。本部長が金を支給するらしいから、金策に走られる心配もない。
「えー。他の誰かと交代できねえの?」
「さあ」
「ヒトカゲが全然現れないって、灰身上皆暇してるじゃん」
「そうだよ」
「ここにいてよ、ノエルー」
「こら。灰身上のお役目をとめては駄目だろう」
毅然とした声が、間に割って入る。
「これも世のため人のため、お前らのためにもやっていることなんだからな」
「おー、代美だ」
「久しぶりね」
「ねえねえ、奈々子に遊ぼって伝えてよー」
子どもは代美に殺到し、ノエルは解放される。面倒見の良い代美は代わりになっても嫌な顔もせず、丁寧に受け答えをしていた。




