第五十四話 信頼
人に信頼されるのは嬉しかった。それが本部長という、立場のある人であったら尚更だ。
上流武家の出自がそうさせたとはいえ、人柄だって勘案しているはずだろう。
ノエルや理性あるヒトカゲの関わりもあって、以前から協力関係を築いていた。代美は何かあったら直ぐ報告するとして、だからネロとセンの件は第一に本部長に取次を願ったし、本部長からは胸襟を開いた話や内密な情報をくれた。
とはいえ、そこには利害関係が大きかったと思う。少なくとも代美にとっては、ノエルと隣に居続けるために、本部長にとって役に立ち、使い勝手のいい駒だと恭順を示した部分があった。また、終幕の灰身団の団員の一人として、上の指示に従っていたこともある。
ただ本部長と冷めきった関係だったとはいえない。やはり代美の出自の関係上、よくよく目をかけてくれていた。
そこに言葉にして信頼していると口にされた。迷惑をかけている申し訳なさがなく、純粋に嬉しさだけが芽生えたのだ。
代美は意欲を高めつつ、本部長に言われた通り話をするために仲間の元に向かう。それでもほんの少し、気が進まなく思いながら。
リビーやダーヴィス、小鈴はいいが、ノエルが問題だった。なんせ昨日の今日である。
ノエルは代美がすることを、ノエルのためと思ってすることを必要としていない。
リビーの励ましもあって大分気を取り戻したが、未だ落ち込んでいる。
おそらく、というか絶対にノエルはなんとも思っていない。代美が一方的にそう思っているだが、顔を合わせる度に気まずかった。
ネロを逃がした、と怒られそうだしな。
憧れをなすために、ノエルは強敵を必要としていた。力を削ぐ意味で戦っていたセンには、物足りなさを感じていたようなのでそこまで不満はなさそうではある。反して、ネロに関しては強者と、憧れの要素の一部を満たすのだ。
結局、ネロはノエルを連れていくことがなくなった以外に、情報を得られなくなってしまった。ネロが逃げなくとも情報を聞き出せたかは疑問だが、現状唯一の手掛かりが消えて、落ち込むばかりだ。
「私は駄目だな」
自然と視線が下がり、床の木目に沿って歩いていく。
代美は結果を残せなかった。手掛かりをもつネロに運良く出会えても、聞き込み調査をしたときもそうだろう。
汚名返上するつもりはある。意地だけはあるのだ。だが、次にそのような機会に巡り会えるだろうか。
その間を待つことしかできないのだろうか。
ノエルに明るい未来を、と祈りながら。
代美にとって、それは歯がゆかった。待って祈ることなど、何もしていないのと同義だ――ッ!?
「うぎゃ!?」
「おっと」
障害物にぶつかって、それが人だと気付き後ろにのけぞる。
「大丈夫か?」
勢い余って倒れそうになった代美の腰を支えられた。
変な声を出した、と口を手で押さえる。いや、それよりも早く自力で立たなくてはっ。
「も、申し訳ございません。一朔殿」
終幕の灰身団の代表である長塚の侍従を務めている。長塚に代わって指揮をとることもあり、その立場は本部長よりも上だ。失礼を働いたことに、俯いて歩いていたことを後悔する。
「怪我は?」
「いえ、ありません」
「そうか。正気も返ったし、なによりだ」
「は?」
「いや、何度名を呼んでも反応がなかったからな。考え事か?」
「はい……」
一朔は揶揄うような調子だ。
代美は羞恥で直ぐに俯くことになる。ただ怒られはしなかったので、心の負担は軽い。
「次からは気を付けるように。今度は怪我を負うかもしれないからな。……それよりも根本的な問題として、悩みを解決した方がいいだろう」
「なぜ、私が悩んでいることを」
「呟きが聞こえたからな。廊下だったから響いていた。それに見るからに浮かない顔だ。私で良ければ、相談に乗るぞ」
一朔は気さくながらにも、代美に寄り添おうとしているのだと分かった。良く知らぬ仲なのに、その心遣いに暖かな気持ちになる。
代美は悩みを言おうとして、踏みとどまる。仕事に関係ある言ならばいいが、私情なのだ。代美が何もなせず、祈り待つことしかできないこと。一朔はノエルのことを知っているが、そんなどうしようもできない重い話をしても負担になるだけだろう。
「相談するまでには及びません。お気遣いありがとうございます」
「……そうか。耐えきれなくなる前に言うんだぞ。私はいないことが大半だから、身近な者にでもな」
「今回一朔殿は……理性あるヒトカゲの件でいらっしゃったのですか?」
「ああ。でも手遅れだった。これでも最速で来たのだが」
「それは、お疲れ様です」
「代美もな。大変だっただろう。連れてきた後も協力してくれたんだって?」
「……はい。大したことはできませんでしたが」
「そんなことはない。ヒトカゲについて殆ど分からない中、有益な情報を得られたんだ。だから、代美はもっと自分を誇っていい」
悩みを見透かすような物言いで、代美は息を呑む。一朔は指の一本一本を折りたたみながら、数えていった。
「普段からのヒトカゲ討伐に、理性あるヒトカゲを連れて来てくれたこと。情報収集を務めてくれたこと。ノエルの調査についても、実家に頼りを出してくれたらしいな。そのお陰で、協力体制を築けたんだ」
「そうなのですか?」
それは初耳だ。文から知らされていないし、本部長も何も言っていなかったので最近のことなのだろう。
「代美が縁を繋いでくれたお陰だ」
「私はそのぐらいしかできませんから……」
「そのぐらいをできるのが難しいんだよ」
そうなのだろうか。代美は自分ではできないから、情けなく実家を頼ったという認識でいた。
人から、それも一朔から言われると、そうかもしれないと徐々に思えてくる。
「私は、なしえていたこともあったのですね」
「ああ。だから、後のことは任せてほしい。これは役割分担だ」
やはり、悩みを見透かしているような物言いだ。心でも読んでいるのでは、と思っているとにっこりと微笑みかけられる。
…………そういえば、忍びがついているのだったな。ノエルはヒトカゲについて何かしら関連があるから、と以前本部長が言っていた。囮として何か事が起きやしないかと期待しているようでもあった。
その忍びが、ノエルと共にする代美についても見ることになったのだろう。昨日の代美のあれこれは、リビーと話していたこともあって悩みを推測しやすそうだ。
忍びがいたとは、全く気付かなかったな。一応、立ち入りが制限されていた場所だったんだが……忍びには関係ないことか。旅の間もついてきていたのだろうか。
「ついこんなところで立ち話をしてしまったな。付き合わせてしまって悪かった」
「いえ。そのお陰で、自分に自信がついた気がします」
結局、悩みも解決してしまった。代美は祈り待ちながらも、なすべきことをなせばいい。何も成せなかった後悔は、次に挽回だ。
「これからも頑張って励むようにな。それと、気を付けるように。ノエルが現れてから、事態は動き始めている。波乱が起きるという、ネロの言葉もある。ノエルと共に行動する以上、巻き込まれる可能性は高そうだ」
「はい」
「私は代美を応援しているよ。君は信頼に値する人間だ」
一朔は早足で立ち去る。忙しかった中話をして、代美の悩みを取り除こうとしてくれたのだ。
取り残された代美は、信頼の言葉を口の中で転がす。本部長に続いて二回目だ。本部長は常駐しているので話の通しやすさがあるが、一朔も会えさえすれば力になってくれるだろう。二人とも、とても頼りになる相手だ。
代美は前を向いて、今度こそ仲間の元に向かう。ノエルへの気まずさが薄まりつつ、皆を一か所に集めて話をした。
ネロとセンがいなくなったこともあり、本部に待機する必要はなくなったがダーヴィスと小鈴は当分本部にいるらしい。
「噂が収まるまでは大人しくしておけって言われているからね」
吸血鬼の存在が、巷で騒がしくしているらしい。個別にきつく言われたようで、珍しく気を落としている。小鈴にあれほど嫌われていても、へこたれないのにな。
「うちはこれで仁に突かれなくなるからいいわ」
リビーの好一対となる仁だが、箝口令があり今回の事情を言えないでいた。仕事があるようで、明日にでも行ってくるらしい。遠距離だから、また当分会えなくなる。
「そう」
残るノエルは短く呟いて終わった。ネロが逃げたことに関して予想通り怒っていて、言葉にしないものの鍛錬の過激さから恐怖を感じることになった。剣に殺意を乗せるなっ。
殺意はともかく、そんなノエルに習って代美も鍛錬を行う。修行の旅は金策やら吸血鬼の噂、ヒトカゲの遭遇と護送でその暇がなかった。
破損した武器は本部長が支給してくれた金の余りを使って新たに購入しなおした。仕込み提灯と特注なので、手痛い出費だ。残った金は手を付けた実家からの金に当てるが、全然足りない。金策はこれからも続けなくてはいけなかった。それをぼやくと、ノエルの目が冷ややかとなる。……次からは迷惑をかけないようにするか。
話をしてから二日経った頃に、本部長が言っていた、やって欲しいことに関しての届けがあった。本部長が直接やって来て、文を渡される。
「絶対に川辺で読んでね。ノエルも連れていくように」
本部長はヒトカゲを警戒していることがよく分かった。声にして、潜むヒトカゲの耳に入らないようにしているのだろう。ノエルを連れていくのは、代美がそのヒトカゲに気付けないからだろうか。忍びの存在にも気付けないからな……。
見晴らしのいい、大きな物影のない川辺の真ん中で文を読む。ノエルはちらりと覗き込んできたが、読めないことで興味を失って鍛錬を始める。代美が文字を教えているものの、本人のやる気のなさもあって全然覚えていないのだ。
「これは…………なるほど」
文を要約すると、こう書かれている。
第一支部にまで訪ね、支部長たる虎々に事の次第を話し、協力体制を築くように。
もう一度、旅をすることになるらしい。今度は目的地があり、距離があるから長くなる。
入念に荷造りをしなくてはならない。思っていたよりも重要な指令に責任を感じつつ、代美はさっそく行動を始めた。




