第五十三話 内通者の存在
「え!? いなくなった!?」
ネロの騒ぎから次の日、情報収集のためセンの元に向かおうとして、本部長に呼び出された。ノエルやリビーはその中に入っておらず、代美だけだ。そして、驚愕の声を上げることになった。
「不甲斐ないことだけどね。監視を置いていたんだけど全滅。気絶させられただけだったら良かったけど、気付いたときにはもぬけの殻だった」
「そんな……」
見張りは、本部の精鋭を選ばれていたはずだ。こういうときのために、ネロを抑えられるように。
「ネロだけでなく、センもだなんて」
ヒトカゲと人間が仲良くしたいという、センの熱意を知っているから、正直信じられない。ネロに強制的に連れられたのだろうか。それならば大いにあり得る。
「それについてはこれ」
「これは……!」
渡された紙には、拙くも読める字が書いてあった。
『ネロはもうのえるをつれていかないみたい』
拙くとも、とめ・はね・はらいと丁寧に書いてある。ただ最後の『い』の一画はとめでなく、はらいになっていて、しかもぶれていて不自然さがあった。
ただそれよりも内容に目が行く。ネロはもうノエルを連れていかないみたい。
「もしかして、センが?」
「センがいた部屋に残されていたから、多分そうなんだろうね。あの子が文字を書けるなんて思わなかったよ」
「それよりも内容でしょう! そのままの意味ですよね、それ以外捉えようがない……」
ネロと初遭遇のとき、ノエルを無傷で捕えようとしていた。二度目も余裕がない中捕えることは無理でも、おそらく無傷になるように戦っていた。
それほどまでにノエルになにかしら執着していたのに、なぜ。諦めたのだろうか。それともその必要がなくなった?
ネロは大人しく本部まで護送され、到着すると時間を置いてヒトカゲの情報を語った。今となれば、目的があったのは明らかだ。
それが何かは、今では分からない。ただ一つ確信できるのは、ヒトカゲが世を席巻すると宣言して、動揺する灰身団員の様子を見て楽しんだことだろう。なんて趣味が悪い。あのときは代美もその通りの反応をしてしまった。
「ネロの行動は読めないな……」
「俺らがヒトカゲについて知らないことだらけなのもあるよね。ネロは色々言っていたけど、昔話と大雑把なヒトカゲの勢力の説明だけで、詳しいことは言わなかった。皇やら卿やらについては頭が痛くなったけど」
「そうですね……。センみたいに全員が全員、敵対的でなければいいのですが」
「それは希望的観測にすぎるよ。センは稀な例として、最悪を想定して考えるべきだね」
センは意図してかどうかは分からずとも、去ってしまったことには変わりない。とはいえ、ネロの考えの一部を紙に書き残してくれた。代美では答えてくれなかったことを、センが代わりに行ってくれたのだろう。
聞いてみる、と話していたことを覚えていてくれたことなので、代美はいなくなってしまったセンへの気持ちは変わっていない。根はとてもいい子なのだ。遊びなどの概念について、歪めて認識しているだけで。あと、ネロが好きなことも。
そういえば、ネロが言っていたヒトカゲが人間を好きだって話は、結局嘘だったのだろうか。好きだから関わりを持ちたいといって、席巻と人間を征服しようとするだろうか。そうだったらアピールが過ぎる。
征服するなかでは死者がでるに違いないだろう。センみたいに、普通に仲良くしようと努力しろ。今ではもう、人間はヒトカゲを嫌っているので難しいが。
「ネロとセンに関しては一応、行方は追っているけど」
「見つからないでしょう」
「うん。そういうわけだから、手間だけど皆にも伝えておいて。昨日の騒動に引き続き、箝口令敷いてるから、内々にね」
「ダーヴィスはどうしますか?」
代美やノエル、リビーは情報収集を任されていてある程度情報は知っているが、ダーヴィスは最初に言われた通りのまま待機中だ。どうなったの、と訊いてきそうな相手である。
一度何をしているか見に行ったのだが、本人曰く小鈴とじゃれあっていた。とてもまったりしていて、ちょっと羨ましかった。何も知らないでいると、それはそれで気になって仕方ないだろうが。
「そうだね……言ってもいいけど、悪気なく口を滑らせそうだからなあ」
「そのときは小鈴にとめてもらえばいいのでは? 喋れなくとも、言葉を理解できるようなので」
「そうしようか。遠慮なくやってくれそう。あ、そうそう、代美さん」
「なんでしょうか」
「ネロが監視を気絶させたって言ったことなんだけど。ちょっと気になることがあってね。ヒトカゲの特性を、影を操ってのことだったんだけど…………もしかしたら、ネロがやったんじゃないかもしれない。話を聞いたら、ネロが何かをした雰囲気ではなかったって」
「【分身】ではなく?」
「その可能性は否めないよ。むしろその方が納得できる。けれど、最悪は考えないといけない」
ヒトカゲについては分からないことだらけだ。だからといって考えることをやめてはならない。あらゆることを想定し、対処すべきだ。
「センがやった、ということでもないですよね」
「うん」
これはありえない、とほぼほぼ断言できる。ノエルがセンの体力を確実に削っていた。
「本部に、」
ヒトカゲがいるかもしれない。それもネロやセンの他に、人間に化けた姿で。
それは仲間を疑うことだ。代美は言葉にはできなかったが、本部長は「うん」と同意の意味で頷いた。
「十分警戒していた。助けにくるかもしれないヒトカゲの存在も、ネロの監禁場所も。これは、内部の者でなければなしえない」
ヒトカゲが化けて、人間に混ざって生活していることは考えていた。だが、終幕の灰身団の中にもいるとは思いたくもないし、思えなかった。
わざわざ自らを殺す敵の中に入るだろうか。内通するにしても、同族も殺すことになるのだぞ。代美だったら、耐えきれない。
「人間に化けないで影に潜むにしても、本部の精鋭だ。誰かしらは気付くはず。…………精鋭中の精鋭が今ちょっと出払ってるから、ネロに好き勝手やられたんだけどね」
「アヴェラなどはいつもそうですが、他の者もですか?」
手強いヒトカゲの討伐は距離に関係なく任されるので、本部にいる方が珍しい者はいる。ただ緊急の依頼に備えているもので、出払っている状態はこれまで聞いたことがなかった。
「そうなんだよね。ちょっと調査に言ってもらってて……」
「ちょっとって………………間が悪いですね」
「ほんとそれ」
言い方は軽いが、心底困っているらしい。うんざりとした表情である。
「それもあってね、信頼できる人が限られているんだよ。ね、代美さん」
「本部長は……私を信頼していないのですか?」
「してるよ。だから、こうして呼び出してる。出自からして、疑う必要がなくていいよね。成り代わってさえいなければ」
「ッ!? そうか、そういうこともありますね」
それは考えていなかったから、ゾッと肌が粟立った。腕をさすっていると、「ヒトカゲでなくとも、人間が内通している可能性もあるよ」と追加で言われる。
「……人間不信になりそうです」
「俺の苦労を分かってくれてなによりだよ」
疑うべき者が多すぎる。
信頼できる者は、と代美の身辺で誰がいるか考えていると、「そういえば、」と思い出す。
「なに?」
「あ、ええと…………副本部長は、信頼できるのですよね」
本部長と副部長の仲だ。当然、信頼できるだろう。
いい淀みながらもそれでも訊いてしまうのは、口論の件があるからだ。前から気になっているがその内容も、結果がどうなったかも、部外者が訊くことではないだろうと知らないままである。
「勿論だよ。ディマリアスは疑う余地もない。一番に信頼できる奴だ」
「そうですか」
断言したことに、代美は口元を緩ませる。仲違いはしていたが、副本部長だけでなく本部長もお互いに信を置いている。
代美が心配することではなかった、ともう気にしないことにする。本部長は何とも言えない表情でいて、代美はどうしたのだろうと首を傾げる。
「なにか?」
「いや…………さっき話、ディマリアスには言わないでね」
「なぜですか? いい話ではないですか」
「長年腐れ縁をやっているとね、照れくさくて言えないこともあるんだよ。これ、命令だから。絶対に言わないように」
「はあ。分かりました」
「ディマリアスだけじゃないからね。皆にも! 信頼できるできないの話自体、俺と代美さんだけの話だから!」
「分かりました」
凄い念を押すな。どれだけ知られたくないのだろう。
「よし。それと、そんな信頼できて動ける代美さんにはやって欲しいことがあってね。後で知らせるから、よろしくね」
「今でなく?」
「うん、後で。今は皆に話をしてきて。少しでも信頼できない相手には、よくよく注意しておくんだよ」




