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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第三章 姫の祈りと罪の身代わり
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第五十二話 ネロやセンというヒトカゲ

 ネロは寝そべり、目を閉じていた。


 その寝心地は石畳と以前に増して悪くなっているのは、自身がしでかした結果だ。微塵も後悔していないし、この程度の暮らしは慣れているので気楽にいる。

 本来ならじめじめと暗い地下は、蝋燭の火で明るくある。奇襲を避けるためか、常に火を絶やさないようにして監視人は二人いた。蝋燭を変えるときは倍の四人である。固く閉ざされた扉の奥にも人がいることもよく知っている。それだけでなく、本部の構造まで大体は把握している。


 ネロは本部を可能な限り見て回っていた。本部に到着する前に【分身】によって半身を作り上げて、別行動させていたのだ。死闘により力は削られていたから半身は小さく脆かったが、目や耳となるぐらいはできる。

 慎重に見つからないようにだけして、ノエルが懸念だったが逃げないと言えば途中で警戒も解けたため、本部に侵入。情報収集に三日を要したあと、ヒトカゲの始まり及び勢力について語ったのだった。


 蝋燭を変えてから暫く、不意に物音が上がる。扉の奥からだろうか。小さくも、その他の音がないのでよく聞こえた。異変を感じた監視人は声を一文字発したかと思えば、ぶつりと途絶える。

 ネロは目を開くと、二人倒れていた。扉は一切開かれなかったので確認できないが、その奥も同じようになっているだろう。死んでいるように見えたが、どうやら気を失っているだけらしい。呻き声が聞こえて、それすらも許さないと追撃が下される。その者は地面の上を転がっていくが、やはり死んでいない。


 ああ、ようやくお出ましか。待ちくたびれたぜ。


「初めまして、だな。お互い存在は知っていたが、顔を合わせるのは初めてだよな」


 それは押し黙ってから、吐き出すように要件を尋ねた。


「そんなに気に触ったか? 俺は招かれて、本部に来たんだぜ」


 俺の性格は把握しているようで、そう仕向けたのだろうと心底思っているようだった。半分正解で、半分不正解だ。強制的に連れていくことが決まったが、徹底的に抵抗はしなかった。

 ただ何事も正直に言えばいいというものではない。


「まあ、そういうことにしておこうか。それにしても、さっすが本部だ。灰身上とヒトカゲが共存しているなんて、皆が知ったら驚くだろうなあ!」


 誰もが信じ、頼りとしている本部にヒトカゲがいる。事実を知った民衆はこれまでの恩義を忘れ、指を差して非難するだろう。


「うん? 脅しのつもりではなかったんだが――ヤれるもんやってみろよ。そのときには俺の主が黙っていない。…………ああ、そうだ。いくら人間ひいきとはいえ、俺にだって、な」


 純朴卿はヒトカゲでも身内のネロを想い、報いを受けさせるだろう。

 ネロの声が沈んでいるのは、自信がないからではない。ただヒトカゲより人間が好きでいる主に含む想いがあったからだ。


 それはネロに言われずとも、元より分かっていた。話を変えられ、『落城皇』や『純朴卿』の名について困惑される。

 初めて聞いたのは当然だ。ネロが勝手に命名したのだから。


「言いえて妙だろう? ヒトカゲに受けるかどうかともかく、灰身上の間ではそう言われるだろうな。なんせ、それしか情報を持っていない。お前のところの主は本当に嫌だったら、改名のために動くだろう。しないなら、そこまで嫌じゃないってことだ」


 他人事なので、気休めなことを言っておく。言いえて妙なのは、時には侮辱することになる。それの主が正にそうだった。逆にネロの主は寛容だし、嬉しく思うだろうから何も心配いらなかった。


 それは溜息を吐いて、道を示した。さっさとどこかに行ってしまえ、と言われる。


「なら、俺を捕まえてくれた灰身上に別れの言葉でも言いに行くかな。……そう嫌がるなよ。これ以上、ヒトカゲについて余計なことは言いやしない。それとも、別の懸念でもあるのか?」


 それは忠実で優秀な主の配下として有名だ。簡単に尻尾を出しはしない。


「俺は危うく、余計な真似をするところだったな」


 それでも確信があった。根拠はなんとある。一通り経緯は聞いているだろうから、その存在を知らないはずがないのだ。


 ――ノエルを捕まえなくてほんと良かったぜ。


 自然に現れた苦笑は、自身がいかに切羽詰まって行動していたか、その配下相手に緊張してどれほど安堵したかを思い知ったからだ。


「さて、散々邪魔したし、そろそろおいとまするか。センのところに寄っていくが、そのぐらい構わないだろう?」


 確認したかったことは終えた。

 絶対に連れていくように、と。次はない、と言い残してその場から消える。しっかり釘を刺されてしまった。

 ネロは影に潜る。厳しい視線のせいで、安穏を得られるはずの影の中は安心できない。それを構わないと思うのは、ネロが主を第一に優先順位を置いているからだ。


「喜んでくれるかね」


 この全てを、ネロは独断で行っている。状況を搔き回し、争いを促して、主に良い情報を提供できるように。

 主のためならばなんだってできるのが、ネロというヒトカゲだった。


 *



「セン」


 その声は安心を齎す。ただあんな事態を起こした後なので、眠りから覚醒して飛び起きた。


「ネロ? どこにいるの?」

「ここだ」


 声を頼りにすると、丁度影から現れるところだった。

 センはハッと思い出して、周囲を見渡す。監禁を解かれたが厳密にはその制限が緩くなっただけで、いつも誰かがセンを監視している。座るか立つかしているはずの監視人は横になっていた。眠気に負けないような、職務に真面目な人達がだ。


「あの人たちは……」

「ちょっと眠ってもらった」

「そっか」


 やっぱりネロがやったらしい。センにはできないことなので凄いなと思う。今度、眠れないときにやってもらおうかな。ネロがいるときは安心感から直ぐに眠れるので、あんまり必要ないかもしれないが。


「ネロ。監禁されているんじゃなかったの?」

「飽きたから抜け出してきた」


 平然と言っていて、センはむくれる。

 ネロは自分の好きなようにやって楽しかったかもしれないが、何も知らされず別行動されていたセンの気持ちを考えて欲しい。


「あたし、心配したんだよ」

「悪かった。今度は誘ってやるよ」

「そういうことじゃないもん……」


 仲間外れにされていて寂しかったが、灰身上が相手だったのだ。ネロ自身が灰身上は恐い奴らだと教えておきながら、誤解を招く言動で怒らせていて、センは終始はらはらと落ち着けなかった。


 ネロはセンを抱き上げたので、ぐんと視界が高くなる。


「ほら。機嫌を直せって」

「……務めだったんだよね」

「ああ。邪魔しないで偉かったな」


 務めとは、遠く離れた主のために情報を届けることだ。ただの情報では面白くないからと、色々画策もしている。場を盛り上げるための手伝いだ、と本人は言っていた。


 ネロは主に喜んでもらいたい一心で行動している。とっても主想いで、センは時々嫉妬してしまうぐらいだった。

 主とは一度会ったことがあって、とってもいい人だとは分かっている。優しいし、満足するまで遊んでくれた。だが、ネロとの時間を奪う相手でもあるので、相反する気持ちを持つことになっていた。


「ここでやれる務めは終わったことだし、俺は本部を発つつもりだ」

「……」

「センも一緒に行こうぜ。もう十分楽しんだだろう?」


 センの機嫌をとってか、さっそく誘いかけてくれる。ネロの思惑通りに動くのはなんだか嫌になって、腕から脱出して床に降り立つ。


「まだ人間と仲良くなってないもん」

「そのことは諦めたらどうだ? 確執があって無理そうだろ?」

「まだ分からないよ。あたしはまだ、全然頑張れていない」

「セン。皆が皆、仲良くなれる訳じゃない。好意があっても、拒絶する奴はいるんだ。気が合った奴だけで満足しておけ」

「あたしは、あたしだけが人間と仲良くしたいんじゃない。ヒトカゲと人間の皆が仲良くなってほしいの」

「……俺の務めが邪魔して、人間との関係は悪化しているのにか? こればかりは俺は譲るつもりはないぞ。務めのためには必要なことだからな」


 それはネロと敵対することを意味する。センはそのつもりはなかったので、身を固くする。それでも、センは言ったことを撤回しなかった。


 ネロはセンの気持ちを察してか、しゃがみ込む。片手を差し出しながら、柔らかな声で硬直した身を解いた。


「一緒に行こうぜ」


 ネロは先程のやり取りの上で、再度言う。センは今と同じ光景を思い出した。


 何もものを知らないセンを、ネロは気軽に誘った。その後のことは全てが初めてだらけの経験で、それはネロのおかげで楽しく過ごせたと分かっていた。


 センはネロの手を取った。最初からセンは誘いを断るつもりはなかった。気を引くために直ぐに返事しないでいただけだ。ちょっと口論したり対立したりすることになっても、そう誘い掛けられたら拒絶することはできない。

 センはネロのことが大好きなのだから。仲良くなった代美たちと離れることになっても、その他の人間とも仲良くしたくとも、ネロを優先したい。心配や寂しい想いをしたので、尚更だ。


「あ、でもその前に。ネロ、ノエルのことで何か知っていることある?」

「ああ。無言ばっかりで、喋るにしても必要最低限と言葉が足りないこと。戦闘狂で、それ以外はてんで駄目なこと。あとは食い意地が張っているが、本人は認めようとしていないことか?」

「違うよ! そうじゃなくて!」

「なんだ。記憶がない件で何か知っていないか、代美に言われたか?」

「ええっとお……」

「セン」

「……うん。そうだよ」

「何も隠すことはないだろう」

「だって、ネロは代美のことあんまり好きじゃないでしょ?」


 務めのことがあっても、ネロにしては態度が悪い。ネロは誰とでもうまく人付き合いできるから、ちょっと意外な一面だった。


「そんなことないぜ。あいつは俺のことが嫌いだが、それが面白くて俺はからかっているだけだ」

「ふうん。まあいいや、それよりノエルのこと! 前に連れていこうとしたんでしょ? 代美が言ってたよ」

「そんなことがあったかもな」

「誰かのところに連れていこうとしたの? ネロはノエルのことを知っていたんでしょ」


 記憶がないからノエルは知らないみたいだけど、知り合いだったのかな。


「さてな」

「もうっ、はぐらかさないで」

「秘密なんだよ。秘密は言っちゃ駄目だろ?」

「そうだけど……でも、代美が可哀想だよ」

「こんなところでは特に言いたくないんだがな…………まあ、一つ言えることは、もう必要なくなった」

「連れていくのが?」

「ああ。満足したならそろそろ行くぞ」

「待って!」

「今度はなんだ」

「代美に教えてあげないと! 今は寝てるかな?」

「そうだろうな。起こしちゃ悪いと思うぜ」

「朝になったら――」

「それまでには出発するぞ。出ていきにくくなるからな」

「うー……じゃあ、手紙残そ! 筆どこにあるかなあ」

「………………ほらよ。時間がないから、早くな」

「はーい。『ネロ、は、も、う、の、え、る、を、つ、れ、て、い、か、な、い、み、た、い――』!? あー! まだ途中なのに!」

「十分伝わるから大丈夫だ。しっかりと捕まってろよ」


 そうしてセンは代美たちに挨拶することなく、本部を発つことになった。

 次はいつ会えるだろうと寂しくなったが、近い内に会うことになる、とネロが。詳しく言わないところがずるくて、それでもあまり責められずに共に行動するのがセンというヒトカゲだった。


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