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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第三章 姫の祈りと罪の身代わり
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第五十一話 ネロの独壇場

 ネロの叫びはノエルを立ち止まらせる効果もあった。

 どうするのだと視線を送られ、その場に待機と合図する。ノエルは少し立ち位置を変え、いつでも飛び掛かれるように刀の柄を握りこんだ。


「リビー」

「分かっとる。ようやく話す気になったんや、その間に人も駆けつけるやろ」


 監禁からどうやって脱出したかは分からない。分身体かもしれないので、本体が牢屋にいることも考えられるのだ。

 だが、この騒ぎとなってしまったのだ。事情を知っている誰かしらは異変に気付く。


 何も知らぬ団員は、ネロの語ろうとするヒトカゲの始まりに興味があるのか、率先してとめようとしなかった。

 立場が特殊のセンは、ネロの元気すぎる姿を見てか、表情を綻ばしていた。あれほど心配していたのを知っているので、不満は言えない。悪いのはセンでなく、ネロだ。


 ネロは眼下を見下ろしつつ、語り始める。


「かつてこの世には、ヒトカゲは存在すらしていなかった。人間が権力を振るい、人間同士でも勢力を争う中、大量のヒトカゲが現れて世を席巻した」


 およそ百年前のことだ。それはよく知っている。


「当時、人間はヒトカゲになすすべもなかった。それはなぜか? 突然だったから? 初見だったから? 人間より優れていたから? 三都を襲撃されたから? 数に押し潰されたから? 幕府が早々に崩れたから? まあ、全部だろうな。そんないろんな要因が重なって、終幕の灰身団なんかができた」

「灰身団の本部でその成り立ちを説明しにきたのか、あいつは」

「おさらいは必要だろう? 待つこともできないみたいだが、安心しろ。次からお前らお望みの新情報だ」


 よくもあんな距離から代美の声が聞こえたものだ。

 いいように操られることになるが、皆の前で侮辱されるも怒りは抑える。そろそろネロの嫌味に慣れてきていた。


「終幕の灰身団を筆頭に、今でこそ人間はヒトカゲ相手に抵抗できている。………………そう思ってる奴は楽観的すぎるぜ。当時のことはさる御方だけでなしえた。正確には大量のヒトカゲを生み出して、人間を一掃した。ヒトカゲってのは、つまるところ、元は一体だけなんだぜ」

「そんなことが……」


 あるのか、という疑問に答えられるのはネロだけだ。


 ヒトカゲは影から出現し、時々新たに生まれてくることもある。ヒトカゲ同士で交尾せず、だからヒトカゲ自体に数を増やす能力はないとされていた。

 推測を交えているので証拠はない。ネロの言葉も証拠はなかったが、ヒトカゲが言うことなので重きが違う。


「さる御方には敬意をもって、そうだな、『落城皇』と呼ばせてもらおうか。当時以来お休みしているため、だから人間は辛うじて抵抗できていた。だがな、落城皇に代わって、ヒトカゲを統率する四大卿がいる。『独尊卿』に『亡失卿』、『執心卿』、『純朴卿』…………勿論、全員理性もちだ。俺みたいにな」


 瞬間、影が巻き上がった。ネロは影を操って、自身の周囲に展開する。日の元に、物がなければできない影を見せつけた。

 演出にしては過ぎる。観衆はざわめき、重大な異常事態をようやく把握する。


 代美はネロの動向から目を離せなくなっていた。

 そして、宣言される。数多くの灰身上の前で、臆することなく快活に。舞台のセリフのように、淀みなく。


 ここはネロの独壇場と成り果てる。


「『純朴卿』の配下である俺、ネロが言わせてもらおう。転換期だ! 近い将来、ヒトカゲが席巻せんとし、波乱が起こるだろう! 人間どもよ、俺の主を喜ばせるためにせいぜいあがけ。俺は観覧席でその様を眺めてやるよ」


 静寂。その中での話の理解。噴き出る反抗心。


 灰身上ならば、誰もがそんな世にさせないと行動する。その始めに、本部に乗り込んだとされるヒトカゲネロの討伐だ。

 どっと喧騒が起こり、刀を掲げてネロに迫ろうとした。そのとき代美は、刀と共に持ち歩くようになった鎖鎌を奪われる。


「ちょっと借りるよ」


 本人が言うには、そうらしい。


「本部長――!?」


 鎌を投げて屋根にかけ、鎖を利用してあっという間に屋根まで到着した。鎖鎌の出番はそれだけでなく、鎖を縄の容量でネロを縛り上げる。ドンッ、と鈍くも強い音を立てて、ネロは倒れ伏せた。


「残念だよ、もっと話を聞きたかったけど、君が煽るからこの通り」

「いってえなあ。もっと手加減しろよ」

「斬り刻んだ方が良かった? 話したと思えば、話したいことだけ。抵抗することなく捕まってくれるし、全部が全部、君の思い通りだ。情けない思いをさせてくれたんだし、そのお礼に――いいよな?」

「おっと。恐い、恐い」

「……はあ。ったく、そこの二人、こいつを連れていって。ちゃんと無傷でだよ。傷つけないだけでなく、守り抜け」

「待ってください!」


 代美は事態に頭が追い付けなかったが、それでもやるべきことは忘れなかった。

 丁度人が殺到していないからと、隔離していた場所に降りてきたネロに問いただす。


「ノエルについて知っていることを話してくれないか」

「さあな」

「順番通りに、話すと言った……ッ」

「全部を話すとは言っていない。お前、馬鹿だなあ」

「ふざけるなッ!」


 積もっていた怒りがまとめて爆発した。

 着物の衿を掴もうとして、ただそれは本部長に頼まれた灰身上に体で塞がれることでとめられる。リビーは代美の体を強引に押さえた。


「代美!」

「代美さん、落ち着いて」

「こいつは、絶対に何か知っている! 唯一の手掛かりなんだ!」

「それでも、本人に言うつもりがないなら意味がない。脅しなんかに屈しないよ」

「そんなの分かっている!」


 それでもやらずにいられないのだ。


「あーあ。可哀そうに」

「ッこの!」

「代美! っ、ノエルちょっとこい!」

「二人は早く連れていってやって」


 代美は恨みまで込めて、ネロを睨んだ。ネロは手をひらひらと振る余裕があって、その先にセンがいると分かっても、恨みは変わらない。


「……リビー」

「ああ、来たか」

「ノエル……」


 感情がないように見える能面のような無表情。憧れに関することになれば、笑ったり眉を顰めたりすることを代美は知っている。

 それ以外は興味がないと無表情でいることも。自分自身の記憶に関してさえそうだ。


「ノエル。代美はあんたの記憶を取り戻そうと必死や。そのことについてどう思う?」

「……別に」


 分かっていても言葉にされると衝撃がある。ノエル、と名を呟くことしかできないでいると、すっと目を右に逸らされた。本人にとって、代美の行動は必要ないものなのだ。

 過去、ノエルの記憶がヒトカゲに関わっているかもしれないことで、記憶を思い出す努力をしたがそのときだけだった。憧れ以外に目がない。代美のこともそうだ。きっと多少役に立つぐらいにしか思っていないだろうと、その虚しさに怒りが消されて俯く。


「ノエル、ネロを斬ろうしたのをよく我慢したね。えらいえらい」

「………………ん」


 右耳から入ってくる声に、そういえば一番ネロに近い距離にいたのはノエルだと思い出す。代美がそう待機するように指示したが、ここぞというときには勝手に動くのだ。それを本部長が止めたのだろうな、と働きが鈍い頭で考える。


「――み、代美」

「……リビー?」

「大丈夫か? いや、うちが仕掛けたことやけど……」


 申し訳なさそうに、眉を下げていた。

 リビーは代美のことを友人としてよく想っていることを知っているが、それにしても酷いと思った。


「私はノエルの隣には相応しくなれるよう頑張ってきたが、駄目だな。そもそも、ノエルは一人で戦いたいはずだ。私も誰も、必要ない。ただ世話人と決まりの好一対の相手を欲しいだけなんだ」

「そうやな。だから代美がそうまで頑張る必要なくない?」

「……いや、それではノエルが憐れだ」


ノエルについてやれる人が誰もいなくなってしまう。


「そういうと思った。それなら頑張るしかないな」


リビーは呆れて苦笑するも、代美を理解してくれた。


「ああ」

「ノエルは代美のやることを必要ないと思っとる。けど、ノエルには必要なことや。あんたほど想って行動してくれる奴はおらんからな。貴重な存在やで」

「そうかな」

「あたしもそう思う。だから元気出して」

「セン」

「ごめんね、あたしが聞けばネロは答えてくれたかもしれないのに……」

「いいや、きっと同じことになっていた。二人とも、迷惑をかけた。セン、すまんがもう部屋に戻ろう」


 この事態だし、代美自身も心の傷がまだ尾を引いている。


 密かな声がそこらで聞こえるだけで、本部長やノエルでさえもその場にいなかった。ノエルは代美と同じ仕事を任されているので、なるべくセンから離れないようになっているが、本部長が許可したのだろう。


「ネロはなにも嘘を言っていないよ」

「……セン?」

「だって……主の配下って言ったもん。そのときのネロは絶対に嘘をつかない。だから、さっきの言葉は信じていいよ」


 ごめんね、と小さく呟かれる。ネロが代美の願いを無下にしたことに対して、何か報おうとしたのだろう。

 これだからできないのだ。ネロの味方をする仲間だと、センは憎めない。


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