第五十話 誘い
「あの牢屋、とっても眩しいんだよね。ヒトカゲ対策で僕を中心に明かりが四か所置かれていて……ほら、代美が戦闘での提灯の用途みたいに、影をなくして攻撃とか影移動できないようにしているんだよ。それで眩しいから、僕、どうしても寝れなくて――」
「もしかして、そんな理由であんな嫌な顔をしたのか……? 粗末だとか、寒いとか、そういうのではなく?」
「え、そうだけど?」
早とちりした代美が悪いかもしれないが、後からダーヴィスの話を聞いて、あれほど騒ぎ立てたことが恥ずかしくなった。
副本部長によれば良くも悪くもない環境で監禁させられるが、かつての想像より酷くはなさそうだ。
報告から次の日には、ノエルと共に呼び出しがかかった。茜が本部長の名の元に、住まいの長屋まで訪れる。
「なんの要件か言われているか?」
「さあ、そこまではちょっと……ごめんなさいね」
「いや、分からないならそれでいいんだ」
茜は案内役や言伝を任されるが、事情を知らされていない。食堂まで食事を貰いにいったときに確かめたが、他の者にも話は流れていないようだ。
箝口令を敷かれたし当然か。ネロやセンの姿を幾人に見られているが、一般人が本部に訪れることはあるし訝しまなかったのだろう。
茜と別れ、指示された室内に入る。そこには本部長と共に副本部長がいた。
「私とノエルだけですか?」
リビーやダーヴィスは呼び出されていないのだろうか。
「うん。報告で聞きたいことは聞けているしね」
なら、何のために呼んだのだろう。
センとネロの話には変わりないはずだ。昨日の今日なので悪い知らせかと緊張する。
「センは解放することになったよ」
「それは……随分と早い決断ですね」
様子見や協議が長引いて、もっと時間がかかると思った。また、最悪センが悪いことをしていなくとも監禁したままかと。
「情報を絞り出すためには、厳しいだけじゃいけないからね。あの性格だとその方がよさそうだし。動ける範囲が広がっただけで本部にいてもらうし、監視は続けるけど」
理由はともかく、センのことを想えばありがたいことだ。
「私はセンと会ってもいいですか」
「ああ、そのことで話がしたかったんだよ。代美さん、センに情報収集してくれない?」
「私が、ですか? それを生業とする者がしないのですか?」
「武家にはいたかもしれないけど、終幕の灰身団にはいないよ。ヒトカゲは話すことはできないから必要なかった。これまではね」
「代美殿は件のヒトカゲと親しく適任です。情を持ちすぎていますが、今回はいいように働くでしょう」
「いっぱい口を滑らせてくれそうだからね」
「本部長、他に言い方があるでしょう」
「真実を言ったまでだよ。ディマリアスだって同じ気持ちだろう?」
また口論になるのだろうか。昨日の口論がどうなったのか知らないので、心配してはらはらしてしまう。
副本部長は無言を貫いた。否定してくれないのは昨日言われていることなので、代美は心を少し痛めるだけだった。
セン、ヒトカゲと人間が仲良くするのはとても難しいぞ。人はこれまでされてきた苦しみを忘れられない。ヒトカゲを警戒せずにはいられないし、無関係でやっていないと言っても恨みをぶつけられるだろう。
「わたしも?」
「ノエルは私と同じことをさせればいいのですか?」
ノエルはこれまで黙っているぐらいなので、情報収集となれば役に立たないだろう。
そんなことより鍛錬したいと思っていそうだ。最近は隙間時間を見つけてするぐらいだったはず。
「いいや、ノエルにはノエル向きのことをしてもらうよ」
にこやかに笑っているが、あくどいことを考えているに違いない。ノエル向きって、戦闘しかできないんだぞ。それか、それなのか。
背筋が凍る思いをノエルと共にしつつ、予感は的中した。
「うー、もう無理っ! へとへとだよお」
再会を果たしたセンはぺたりと座り込んでいて、それでも地面に倒れ込みそうでいる。
「……まだ」
「そのぐらいにしてやれ。これ以上やっても意味がないだろう」
代美はやっと口が挟めた。ノエルにとってもそうだから刀を下ろしてくれて、ほっと安堵する。
「全く容赦ないですね。見た目は幼子であるというのに」
「ほんと! だからこそやっぱりノエル向きだね、これなら任せられる。やりすぎても代美さんがとめてくれるし」
「私は口で言うことしかできません!」
とめられなかったらどうするのか。
影移動といったヒトカゲの特性の危険性は、代美たちがそうだったのだから本部長だって分かっている。ただその特性は体力を消費するらしく、ならば逃げられぬぐらいには削っておこうという判断だった。
その相手としてノエルが選ばれたのだ。センは認めてもらうために数々に非礼を受け入れ、ノエルは特性を用いた影の攻撃を切り捨てた。代美と共に本部長の指示が何か恐れていたのに、なんたる手のひら返しだろう。まだ続けたいと思うぐらいには楽しんでいた。
「ならリビーに手助けしてもらって。情報収集も一緒にやるといいよ。違う観点で聞きだせるしね」
「本部長」
情報収集することを重要視しすぎて、センの気持ちをなおざりにしている。口にはしなかったが、その名に感情がのった。
「代美さん。終幕の灰身団の目標は知ってる?」
「っ」
「ヒトカゲの討伐だよ。それも根本から発生をなくすほどの。知ってるよね。だからセンとネロを本部まで連れてきた。ヒトカゲを知り、それをなすために」
「……はい」
「必要だからやっているんだ。代美さんの優しさは美点だと思うけど、灰身上を続けていきたいなら変なことはしないでね」
代美は何度も教えられ、その度に拒絶しつつも最後には受け入れる。
センを想う気持ちは上辺だけだった。その醜さに気付き、代美は表情を歪める
より大切なもののために、天秤にかけてどちらか一つ選ばなければならない。ヒトカゲと人間であれば、代美は人間を選ぶ。代美はヒトカゲでなく、センを想っているからだ。個と集団であれば、数が多い方を選ぶ。
多くを助けるためにセンを切り捨てられるぐらいには、代美は冷酷で理性的でいた。
「ネロはどうしてるかなあ」
センは色々話してくれるが、灰身上が望む情報となれば、正直ないに等しかった。
特性など話してくれるのはいいが種類は一通り知っていたし、習得の仕方など人間にはいらぬ情報だ。つまり、ヒトカゲ討伐に大いに役立ちそうなことを知っていない。
ネロに人間と会わないように言われていたことで、センのいう遊びも含めて人間に害をなしたことは代美たちぐらいだ。そして多くの害をなしていそうなネロのことは、どこでも共にいたわけではなく遠ざけてすらいた。
情報に疎い中、知らされていたネロの務めがあるが、秘密だからと決して言わない。それをどうにかして聞き出すのが代美の役割だろうが、そうすれば口を固く閉じてしまう。
誘導してそれとなく聞き出すためにも、とにかく会話をしていく。ネロを頼りとするセンなので、その内容はネロが多く占めていた。
「あのネロだ。監禁生活でも気楽にやっているよ」
「そうかな。暇していないかな」
「私達をからかったように楽しんでるだろうさ」
「そうそう。口達者だし、監視で常に何人かはいるからなあ」
リビーを加えた話に、代美は複雑に思う。
代美はネロについての情報をもらっていた。ネロは代美たちのときと違い、何も言わないというのだ。からかうこともなく、完全に口を閉ざしているらしい。監禁生活は苦ではないのか平然としているようだが、どうにも不気味で注意喚起されていた。
嘘はなくとも誤解する言い回しに後ろめたかったが、センには安心してもらわなければならない。情報収集のために、ネロを助けるためにと行動させないように。
「なあ、センは元々ノエルのことを知っていないか?」
「ノエル? 知らないよ。なんで?」
代美が突然ヒトカゲ以外のことを訊いてきたからか、不思議そうだった。
「ノエルは記憶がないんだ。そんな中、ネロがノエルを無傷で連れていこうとしていたからな。……唯一の手掛かりなんだ」
調査を進めてもらっているものの、いない一朔の代わりに本部長に尋ねても首を横に振られ、実家からの文はまず届いていなかった。
ノエルに関する話だが、当の本人は鍛錬に夢中だ。聞こえているはずの距離なのに、全く。これだから代美はますます焦って、どうにかしないといけない気になるのだ。そうでなければノエルの大切な記憶は永遠に失われたままになる。
「ネロには聞いた?」
「ああ。だが、答えてくれなかった。ネロは私を嫌っているからな」
反対に代美も嫌っているが、センの前なので言わないことにする。
「じゃあ、あたしが聞いてみるよ。いつ会えるか分からないけど……」
「なら私は監禁は解けないだろうし、話をするぐらいはできないか聞いてみる」
さっそくそうしてみたが、本部長はできないと答えた。ネロを警戒してのことで、まだそのような大きな危険は犯せないという。
時間が経ってそれ以外に方法がなくなれば、ようやく許可が下りるだろう。だが、ネロ相手にそこまで時間を与えていいものだろうか。じっとしている性分でないだろうし、ずっと黙り込んだ状況と不穏だ。
悶々としつつも一日、二日と過ぎていく。
センのヒトカゲと人間が仲良くする目的のためにも灰身団員と交流する運びとなり、その中には医者のドムがいた。ヒトカゲ研究者でもあるからで、研究のためにあれこれと迫り実力行使も厭わないから、利口なセンなんかよりよっぽど手を焼くことになった。センを怯えさせるんじゃないっ。
また、情報収集のために会話し続けたことで、ヒトカゲというよりセンへの理解がより深まっていた。日頃何をしていたか、詳しくなっていく。
朝はノエルが行うセンの体力削りを見守ることになる。そんな三日目に、停滞していた情報収集は唐突ながらも急激に進んだ。
「あーあ。灰身上は自分たちのことしか考えずに酷いな。センがボロボロじゃないか」
「っセンから離れろ!」
センの頭を撫でる男がいた。身なりまで監禁前と変わっていないから、菅笠で顔を隠していても誰かは分かる。
「なぜお前がここにいる、ネロ!」
「頃合いだと思ってな。新しい情報が欲しいだろ?」
ネロはセンを連れて逃げようとしない。のんびりとした動きで両手を広げ、話をしようと魅惑的に誘う。
「今ならなんでも答えてやれるぜ。なんせ、俺はヒトカゲ出現初期からの生まれだ。殆どのことは知っている」
「それはありがたいことやな。なら、今すぐあんたの企みを吐いてくれん?」
「そう急くなよ。ここは順番通りにいこうぜ」
リビーが代美に視線をやる。センがヒトカゲだと知られないため、ここは隔離されていて人が来ない。
ネロを押さえることができる人を呼ばなければならない。無益な被害が出ぬよう、騒ぎ立てるのは避けた方がいいだろう。居残るのは実力者のノエルとリビーが最適で、代美は動き始めて――。
「その必要はないぜ」
ネロはセンと離れ、屋根の上に立っていた。一瞬の移動に、ノエルが追い付こうと既に駆けている。
「さあさあ、今から語るのはお前ら人間が生きてもいないし、知ってもいない影であるヒトカゲの始まりだ! せいぜい寄り集まって、よおく耳を傾けるんだな!」
寝ているものも起こすような大声で叫んだ。ネロは人間の姿をとっているが、狂人扱いでも騒ぎを起こすことは可能だ。
本部にいた者がどんな恐れ知らずだとも思ってネロを見上げる。それが満足だと、唇の口端を吊り上げていた。




