第四十九話 報告と証明
「おい! 俺こそ行くべきだろうが――」
「いいから、お前はその仕事を終わらせてから来るんだな」
副本部長のディマリアスは代美を先に出し、戸を閉める。
「本部長はお忙しい身の上なので、私が代わりに聞こう」
「は、はあ」
いいのかなあ。
副本部長のすまし顔は、口論なんかなかった様子だ。
代美は後ろ髪を引かれながら、待機している仲間の元へ案内する。本部長はいると案内してくれた茜が、遠巻きに何事だろうと目を白黒させていた。代美もよく分かっていない。
本部長は行く気があったのに、副本部長があっという間に代人となってしまった。
代美としては本部長が良かったが、本部長の圧が強い。上流武家生まれの代美だが、灰身団に身を置いてからは一端の灰身上だ。逆らうことはできなかった。
「副本部長を務めているディマリアスだ。本部長に代わって、私が話を聞かせてもらう」
そして何食わぬ顔で自己紹介がされる。
リビーとダーヴィスは、やむを得ない理由で本部長は来られないのだと思っていそうだ。
副本部長が先導して場所を移動中、ネロは興味深そうに辺りを見渡している。
無事本部まで護送して腕利きの灰身上がいるとはいえ、ヒトカゲの特性によりネロは逃げられる可能性がある。ネロの腹の内を考えれば、ただ見ているだけではないだろう。
代美は本部の内部構造をみすみす見せている気になって、それなら決して逃がすことがないよう警戒を強める。その際、ディマリアスをじっと見ているノエルに気づく。
「ノエル、どうした?」
「……副、本部長?」
「その通りだが…………ああ、そういうことか」
副本部長には本部長の名がついている。ノエルは本部長から躾を受け恐れるようになったため、副本部長であろうと過度に警戒しているのだろう。
「副本部長は本部長の補佐をしている。昔には好一対を組んでいたし親しい仲とはいえ、性格が似ている訳ではないぞ。むしろ反対で、だから――」
そこまで警戒するな、と言おうとしたが、不安を煽る形となってしまったらしい。
ノエルはディマリアスとの距離を少しあけた。本部長を前にしたときと同じ行動で、代美は苦笑する。
「あいつ――本部長と一緒にしてほしくはないな」
「副本部長」
「本部長は一人で好き勝手やる上、血の気が多い。我が強いから決めたことは譲ることはないし、そのせいでどれほど私が尻拭いをしたか……」
あ、これ絶対さっきの愚痴だ。
本部長と取り繕ったところで意味がなかった。表情には出ていないが、内心苛立っていたらしい。溢れる本部長への愚痴に否定も肯定もできないでいると、続けて言う。
「過程はどうあれ、結果だけ見れば良かったがな」
その言葉は長い付き合いが見られ、仕方ないという諦観があった。それは信頼関係があって、成り立つものだろう。
代美もノエルとこのような関係になれたらいいと思う。
副本部長は愚痴を言い合いつつも、その欠点を補ってきたはずだ。それほどまでにこの二人の好一対を組んでいた話は有名である。
本部長は『狂犬』と通り名がつけられるぐらいだったが、現在の地位にあれるほどに強くあった。狂暴さに手を焼かれつつも、手綱を握る副本部長を想像してくすりと笑う。キャンキャンと吠える本部長の犬の姿まで想像できてしまった。
副本部長はおそらく本部長の強さに助けられてきた面もあり、欠点を補いあってきたのではないだろうか。
二人の関係はノエルと代美の関係に類似している。現段階ではノエルの強さが特出しているが、愚痴はともかく信頼があって欠点を補える関係になりたい。
口論は代美が訪ねる前から行われていたので、二人は何を言い争っていたのだろうと考えつつも一室に到着する。屋敷内なのだが人の話し声が一切聞こえない奥深くの、普段立ち入ることがないところだ。
大人数にあった広さで、各々適当に座る。ただ引き続きセンとネロは離しておく。小鈴は影から出てきて、リビーの膝の上に寝そべって甘えた。
「さて、人間に化けたヒトカゲということだが、その証明をしてほしい」
「はーい! あたしやる!」
リビーのときと同じように、センが全身の色を黒くし、戻す。副本部長は驚きなく、ネロに視線を向けた。ネロはやる気なさそうに、手だけ黒くしてプラプラと振る。
「本当のようだな」
「驚かないの?」
ダーヴェスが言う。
「このようなヒトカゲがいずれ出てくると思っていた。ヒトカゲは人間の姿形をするいるからな」
「へえ。流石にその程度の頭は回るか」
「……報告を」
ネロの対応はこのようにいなすのが正しいのだろうな。望んだ反応を見せないように構わず、喜ばせないようにする。そうはいっても、代美は憎まれ口に反応してしまうのだが。
一度リビーに説明しているため、円滑につつがなく終わる。副部長は口を挟むことなく、終始黙って聞いていた。
「ヒトカゲを捕獲することは難しかっただろうが、よくやってくれた。この先は二体のヒトカゲを預からせてもらう。何かあればまた呼ぶかもしれないので、本部で待機しつつゆっくりと休むように」
労わられ、要件は済んだ流れになった。このままでは解散させられると代美は慌てる。
「センとネロの扱いはどうなるのでしょうか」
ヒトカゲということで酷い待遇になる可能性が高く、代美は言わずにはいられなかった。
ネロはともかくセンが気がかりだった。報告に私情を挟まなかったので、センの純粋さと人間に害意がないことは伝えきれていない。
「協議の末、正式に決定することになる。それまでは監禁だな」
「それってあの牢屋……?」
ダーヴィスは嫌な顔をする。
「副部長。ネロはいいですが、センには別の場所に配慮してやってください。センは本当にいい子なのです!」
「代美、おちつけ。必要な処置やろ」
「リビー、だが……」
「牢がどんなもんか、あることすら知らんかったから分からんけど、ヒトカゲなんだから用心しなければあかん」
「その通りだ。本部まで何事もなかったとはいえこの先は分からない。また、逆に灰身上が危害を加えるかもしれないため、守るためにも必要なことだ」
淡々とした言葉がふと和らぐ。
「代美殿、気を許しすぎていないか。ヒトカゲがどれほどのことをしてきたか、忘れていないか」
「普通のヒトカゲとセンは別でしょう。センに罪はありません」
「本当にそう言い切れるのか? センをずっと見てきていないのに?」
「それは、」
「できないだろう。証明するものもないなら監禁する他ない。これには身の危険がかかっている」
「……はい」
代美の言葉の通りにして、何かあってからでは遅い。なによりも人の安全のために。
本部長とは違い、副部長は無理を通さず言葉を尽くして説得した。代美を軽んじている訳でないことは十分伝わっていて、冷静でなかったと俯く。ああまでいってどうにもできなかったセンに申し訳なく、向ける顔がなかった。
「勝手に話を進めているが、俺がその通りにされるつもりはないぜ」
決着した話は、ネロが水を差したことで再燃する。ピリリと場の雰囲気が緊張した。
「強気でいるのはいいが、それを許すとでも?」
「少なくとも、大人しく監禁されるつもりはないな」
「無意味だ。ここは灰身団と、それも実力者揃いの本部と分かっているのか」
「ああ」
「大事にしているという、センを犠牲にしてもか?」
ネロは億することはなかった。言葉はないが、不敵に笑ってみせる。それが答えと副本部長は認識した。
「人質――ヒトカゲ質だったか。意味がないようだな。ならば、処分してしまうか。そのヒトカゲは情報に詳しくないというし、二体も管理は面倒だからな」
「副本部長、それはあんまりだろう!」
「動くな。動いたものは、ヒトカゲに与したと見なす」
声は冷え冷えとしている。先程と一変した強引さに違和感をもって、激高しきれないでいた。それもあって制止すると、副本部長はほんの少し目尻を下げる。笑っているように見えたのは思い違いだろうか。
副本部長は欠かさず持ち歩いている刀を鞘から抜く。曇りない刀身は、今の地位になってヒトカゲを斬ることがなくなっても手入れを怠っていないことを意味している。剣の腕だって落ちていないだろう。
切っ先はセンの首に向けられ、そして浅くも食い込む。ヒトカゲだから血は流れることはない。
「痛くないのか?」
「痛いよ」
「反撃しなくていいのか。私が刀を進めたら、首が落ちるぞ。死ぬことはないかもしれないが、力は削がれるだろう」
「あたしは、人を害さないヒトカゲだから」
そして、センはぎゅっと唇を噛み締めた。それだけでなく、全身に力が入っていて、堪えていると分かる。人間と変わらぬ瞳が潤んで、しまいには溢れてしまう。
ディマリアスは刀を進めた。刃の分だけ、首が斬れる。
「確かにネロと違い、気性はよさそうだ」
鞘に刀を納めてから、代美は安堵の溜め息をつく。
センは首を押さえつつ、しゃくり上げた。駆け寄りたいが代美にはその資格がないだろう。センは一人泣いた。
「……一先ず証明はできたが、それだけでは足りない。言った通り、監禁はする。ただダーヴィスが小鈴を縛り、当初隔離に使っていたところだから、良くはなくとも悪い環境でもないはずだ。ネロ、暴れたいなら私が相手をするが?」
「いい。俺はセンが大切だからな、これ以上傷つけたくない。セン、大丈夫か? ったく、灰身上は直ぐ刀を振り回すから困るぜ」
「…………この、下郎」
そういう風に仕向けたのはネロだろう。
「なんだ、こういうときだけ人扱いか?」
ネロは調子よくそう言う。
その後、センとネロは別々にディマリアスが連れていかれる。脱走と聞くこともなく済み、代美たちはようやく体を休めることになった。




