第四十七話 逃げないぜ
そういえば、登場人物紹介に第二章分が増えました。これからも章が終わるたびに書き加えていきます。
リビーが合流してまた人が増えた。大所帯での本部への帰還に、ノエルは端からは分からぬ程度に唇をぎゅっと閉じる。
ヒトカゲが三体といるのに旅は平穏そのものだった。代美とネロはよくものを言い合っているが、代美がお喋りなのはいつものことだ。険悪な雰囲気だが、戦闘に発展しないのならノエルは気にならない。
「あーあ。綺麗な顔が台無しやな」
リビーはノエルの頬にぺたぺたと薬を塗りたくる。カカにもらった傷の手当てだ。
「傷が残らんといいけどなあ」
「治るならいい」
血はそこそこ出たが、針で縫うほどではないらしい。多分、放っておいても自然に治っていた。
「そう言うな。嫁入り前の体なんだから大切するべきなんだぞ」
「後ならいいって話でもないけどな」
ノエルの身なのに、リビーや代美は心配しすぎだ。他の者全員が掠り傷で済み、一番負傷が大きいことを踏まえても。
どうせ痕が残らず治るだろう。手のひらの傷だってそうだった。
ちなみにヒトカゲの傷は、【修復】で完全になかったことにされている。
丁寧に治療された分、時間がかかった。やっと終わったと思いながら、任された位置に戻る。ネロの監視ができる、はす向かいだ。真正面がよかったが、焚火をしている。
大小とある星々の空の下で野宿をしていた。ネロがいるので、危険な目に合わぬように人を避けているのだ。それは宿だけでなく、町や村に立ち寄ることもである。
せっかくリビーが代美の金がない事情を察して本部長から金を貰ってきていたのに、出番が少なかった。
いるときになく、いらないときにあるのは間が悪い。そうでなければ、金策に走るおかしな代美に付き合わずに済んだのに。
「そんなに見たって逃げないぜ」
ニヤニヤ笑顔が標準のネロはそう言う。代美は警戒しているが、今日一日中見ていてその通りだとノエルは思っていた。
ヒトカゲの影に潜れる特性は厄介だ。本気で逃げ出すならいつでもできた。
勿論そうならないようにノエルは務めていて、ダーヴェスがいる。だが、ダーヴェスはわりと警戒が散漫であるし、そのときノエルはわざと警戒を緩ませていた。
それでもネロは逃げ出さない。センが人質になっているし、そもそもやる気がなさそうだ。
ノエルとしては逃げ出してほしいと思う。そして戦わせてほしい。
その場はいくらあってもいい。ノエルと実力が近い相手ならばなおさら、死闘となってもよかった。
ノエルは憧れをなしたいと常々思っている。そのために剣技を磨いているがそれを交える良い相手が必須と、ノエルの努力ではどうにもならない運が必要だ。
血が出ないヒトカゲであるが、強い相手と好条件の相手を放っておきたくはない。一度死闘となり、捕獲していてもだ。
運が巡ってきたのに、それをものにしないのは愚かだ。
だが、ノエルから手出しして、ヒトカゲに戦わせることはできない。
本部長にはいい子でいるようにと言われている。具体的には人間に害をなすな、だ。
それを代美が、このヒトカゲを連れ帰れば、人間のためになると説明した。ヒトカゲの謎を知ることができるから、と。
だからネロとセンには手出しできない。本部長は見ていないところでも、ノエルがしたことを知る。どんなに遠くに逃げても、見つけ出して殺してくる。ノエルはそう確信し、恐れているのだ。
今のノエルでは本部長には敵わない。だから力をつけ、いつかその恐怖に打ち勝つと決めている。
といってもヒトカゲのネロとセンを放っておくのは勿体ないので、ノエルは相手がその気になるように働きかけていた。
ネロの警戒をわざと緩めたのは、攻撃か逃走を促すためだ。だが、先程述べたようにネロはやる気がない。
人数差もあるし無理だと思っているのだろうか。それとも体力がなくなっているセンは大量の【分身】後、同じことができないようでいた。
「力でない?」
ノエルが口下手なので、直球に端的に訊く。
「さあな」
ネロははぐらかしてばかりだ。答えたくないし、からかっている。
ノエルはよく考えて、訊いても意味ないことだと判断する。
本部までそう遠い距離ではないので、その時間に体力は戻らないだろう。ノエルが望む戦闘は起きない。ただ単にやる気がない場合も同様だ。
ノエルはネロを諦める。
「記憶がないんだって?」
代美の側にいるセンを見ていたので、ノエルが話しかけられているとは思わなかった。そこを小鈴が指でつついて訴えるから、視線を元に戻す。
内容までは聞いていなかったので、もう一度言わないと分からないのだが。
「興味がないことはとことん興味がないな」
顔を見続けていると、ネロが肩を竦める。これは呆れているのだろう。
ノエルも呆れている。小鈴が膝の上に乗ってきて邪魔だ。喋れなくともよく馴れ合ってくるので煩い感じがする。
「記憶がないんだって?」
「ん」
ノエルの記憶の欠落について、ヒトカゲの間でも噂になってあるのだろうか。灰身団の中でも広まっていて、見知らぬ者でも訊いてきたりする。
「全然そんな感じに見えないけどな」
「そう」
記憶が欠落しても不便がないからだろう。
「家族が心配して待っているんじゃないのか」
「……ん」
そうかもしれない。母とも姉とも分からぬ顔を思い浮かぶ。
「そのことにどうも思わないのか?」
「別に」
顔しか知らぬ相手であるから、家族といっても情はない。
「親父についても?」
父に関しては何も考えたことはなかった。
ネロと目と目が合い、外れることがなかった。少し視線を下げれば、やはり口角が上がって笑っているがそれは固定されている。疲れないのだろうか。
代美とリビーの喋り声がよく聞こえた。そこにはセンも混ざっていて、リビーまでもがあっという間に仲良くなったことを意味している。
リビーには期待していて倒した方がいいとまで言ってくれたのだが、結局そうならなかった。誰もがセンに甘い。ちょろすぎる。
ノエルははす向かいのネロを見て、存在を思い出す。
「ん」
ずっと返答を待っているので得意の肯定をする。確か否定ではなかったはず。少し前の記憶が薄れていた。
話が一段落したとみなして、ノエルは膝の上に乗っている小鈴を持ち上げる。指でつついてきたあとからずっとそうで重かった。
どうしたものか。軽くジタバタしている小鈴を持っていったのはダーヴィスである。
「小鈴―……いたいいたい、いたいよ?」
ダーヴィスはよく小鈴を絡みにいくのだが、それを良く思っていない小鈴は暴れる。それはノエルのときの比ではない。
だが慣れているのか、蹴られて痛みが発生してもそれほどでもないという反応だった。
「凄い嫌われようだな」
「やっぱりそうなのかなあ」
「それ以外ないだろ」
「うーん……でもごめんね。ノエルが危なくなってしまうから、僕で我慢しちゅッ」
ダーヴィスは口を手で押さえて蹲る。話途中で蹴りが入ったことで、下を噛んだらしい。流石に痛かったらしい。
小鈴はノエルを盾にして、ダーヴィスとの間にいれた。
「それぐらいならいいと思うけど……」
ダーヴィスが滑舌悪くもそういうのは、ノエルが攫われることを危うんでだ。
ネロはノエルを傷一つなく捕えようとした過去がある。初めて遭遇したときのことで、二回目のときも大怪我に繋がる攻撃をされたが、結果的には怪我されられることはなかった。
代美はネロを押さえられる実力がない。危険を承知して、ノエルがネロに近い場所で警戒を務めているのはそんな理由だ。ダーヴィスと二人がかりでやっていたが、リビーが加わったことでノエルと交代することになって、セン担当になるのだろう。
ノエルはネロとの戦いを諦めたので受け入れることにする。今決めた。
「小鈴っ、一応ネロには近づいては駄目だよ」
「いいじゃねえか。俺は何にもしないぜ」
いつのまにかノエルを盾にすることはやめたらしい。構わないと小鈴は勝手にどこかに別のところに行く。今回それはネロだった。
「理性はあるみたいだが喋れないのか。できてもおかしくないぐらい言葉は理解しているから変異体か?」
「変異体?」
「姿形が人間じゃなかったり、考え方が根本から違ったり、簡単な特性もできずにいたり――とまあ、普通のヒトカゲと違う奴のことだ。大抵劣っている奴のことを言う」
「へええ」
「お前に縛られているだけでも普通とは違うってのにな。だからこそ、そうなったかもしれないが」
あれやこれやと話が盛り上がっている。興味ないので聞き流していると、小鈴は話に交じれないのでネロから抜け出して再びノエルの元までやって来る。来なくていい。
ネロが気分よく、次のことを言う。
「ダーヴィスはともかく、小鈴には罪はないからな。俺が一肌脱いで、話せるようにしてやるよ」
「わあ、ありがとう!」
「まあ、変異体の可能性があるから、できるかどうかは分からないけどな」
「ダーヴィス。こんな奴に頼んだら、変なことを吹き込まれるぞ。それに小鈴を攫われるかもしれない」
「小鈴にとってはいいかもしれんけどなあ。あんなにダーヴィスを嫌っているし」
「ううん……それでも小鈴のためになるなら、僕はお願いしたいな」
誰も彼もヒトカゲの警戒心が足りない。このままセンだけでなく、ネロまで仲良くなりそうだ。突っかかっている代美は除外し、特にダーヴィス。
ノエルだけがずっと警戒し、いつでも刀の夢幻を抜けるようにしている。
深夜だって眠らないつもりだ。ノエルは代美の注意がなく将来の身長に無関係だったら、夜通し刀を振り続けていたはずだ。だから多少寝なくても平気だろう。




