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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第二章 下下は咆哮せよ、運命は巡る
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幕間 和人の恩返し

 生まれてからというもの、和人は何度も生死をさ迷い、ただ生きることに困難した。病弱な体のせいだ。

 幸い家族に恵まれて、穀潰しとなる和人を愛情深く養い育ててくれた。表通りに店を構える町人で、金銭的にその余裕があったのも要因だが、家族は本当に人が良かった。


 父と母も一つ上の兄も、邪険にすることはない。懸命に看病し、高い薬を買って与え、逆に謝るぐらいだった。


「お前だけこんな辛い想いさせてごめんな」

「もっと強い体に生んであげられたら良かったのに」

「和人に心配させないぐらい、俺は早く立派になるからな」


 和人は強く当たられないことで、ある意味で苛まれることになった。


 どのようにしたら家族に恩を返せるのだろう。


 感謝を伝えるだけでは事足りない。働いた金で楽にさせるにも、温かな飯を作ったり冷たい水で着物を洗ったり日々の生活の助けになるにも、病弱で寝床から離れられない和人では難しかった。


 幼心にもそれをよく理解していた。それでも憧れるものには憧れる。



 町に現れたヒトカゲに対峙していた。大人の男のその倍はある体躯のヒトカゲに、遠目からでも臆していた和人は、傷付きながらも見事倒してみせた灰身上に思う。


「いいなあ」

「化物退治がか?」


 あっと驚きつつもヒトカゲとの戦いぶりを見ていたから、いつの間にか接近されていても納得した。

 見上げて、その男の身長を味わう。和人の身長で測るならば二人と半分を合わせた高さだ。


「いいえ。貴方がよいと思ったのです」

「そう変わらん答えだなあ。俺が化物にうち勝って、格好いいとでも思ったか? 随分甘い考えだが、俺が負けることになれば格好悪かったぞ」

「うんと、それも違って。体が丈夫で、普通の型と比べても強い貴方のことです」

「坊主……体が弱かったりするのか?」

「はい」

「そうだろうなあ。とてもそう見える」


 ただ立っているだけでもそうらしい。

 初対面の人からそう言われるのは初めてで軽く落ち込む。それでも、話しかけてくれた好機は逃したりしない。


「あの。どうしたら貴方みたいになれるでしょうか」

「貴方貴方って……俺は虎々(ここ)だ」

「では虎々さん。どうしたらよいと思いますか」

「それを言って、お前さんの悩みが解決するとは思えんがなあ」

「…………僕は和人です」

「そうか。和人。だって、そうだろう? 俺が強くなれた方法が、お前には通用するとは思えん」


 名前を教えても、一回きりでお前呼びに戻った。それは間を持たせるために不意に口から出ただけだったので、特に気にせず脇に置いておく。


「そうでしょうね」


 これはよく考えて納得し、口から出た言葉だ。


「それでも、僕は強くなることを諦めることができます」

「諦めるのか?」

「だって、その見込みが低いですから」

「ないとは言わないんだな」

「低いと言っても、極わずかの可能性ですけれど」

「ううん、結局お前はどうしたいんだ? 諦めたいということは、諦めきれないことだ。極わずかでも可能性があるって思うなら、別にやってみればいいじゃないか」

「……いいのでしょうか」

「うん?」


 掠れた言葉を聞き返してくれる。

 見も知らずのただの子どもと長話に付き合ってくれるこの人は親切だ。和人は良縁に恵まれている。

 心の奥底に沈めていた悩みの種を、そっと取り出す。捨てたくともできないことだった。


「僕は生来体が弱く、そのせいで家族に迷惑をかけています。だというのに、僕の好き勝手にしていいのでしょうか」

「……もし強くなったら、どうするつもりなんだ?」

「そうですね。虎々さんみたいに灰身上になるのがいいと思います。誰でも、僕であってもなれるのでしょう?」


 なにより人々を守る名誉な、家族に誇れる職業である。


「やめとけ。お前には向いていない」

「灰身上は万年人手不足と聞きますが」

「死んじまったら意味がないだろう。人手不足なんだから、一人いてもいなくても変わらん」

「優しいのですね」

「余計なお世話なだけだ」


 にっこりと笑っておく。和人の場合、確かにそれに当てはまる。


「ありがとうございました。今度は僕の方から挨拶に向かいますね」

「灰身上になった報告じゃないといいんだがな。親が悲しむぞ」

「親は理由や覚悟を尋ねはすれど、快く応援してくれるでしょう。もう一人の肉親である兄もそうです。僕の家族はとても人がいいのです」


 そういう家族なのだ。危険性と身近にいられぬ職業であるから悲しく思うだろうが、表には出さない。なによりも和人のことを想ってくれる。


 虎々はどうしたら和人の決意を変えられるか悩んでいたので、構わず深く礼をする。

 虎々の優しさに触れ、その報いとなる恩返しは灰身上が一番だと思った。危険だから、特大な恩の報いとなれる。

 その灰身上の道を示してくれたから、感謝はしても恨みはしない。灰身上になって、早々に死ぬことになっても。だから、虎々は自分のせいだと責めることはないのだ。


「俺は危ないから家に籠っていろと、注意しにきただけだったんだがな」


 確固たる決意はもはや変えられぬことを悟ったらしく、肩を竦めている。


 ヒトカゲから身を守る、なによりも和人自身のためにそうした方が良かったことは理解している。その上で、調子の良かった体を外に曝した。

 恩返しには難しい体だから、それなら和人がさっさと死んで、この先の負担を減らすのもいいと考えたためだ。本気ではなかったが、自殺でないヒトカゲによる死ならば家族は深く悲しむことはないだろうかまでは考えていた。


 強くなるまでは二度としないことになったので、それは笑顔で覆い隠しておく。




 それからというものの、和人は自分なりに考えて、強くなるために行動した。家族は想像通り心強く応援してくれて、その好意に甘えた。

 病弱な体は、運動することで多少は丈夫となった。定期的に寝込みつつも、負担の少ない剣技を身に付け、灰身上となる。

 そのきっかけとなった虎々が、第一支部長となっていたことには驚いた。会ったときはまだ違ったらしいが、あの強さは灰身上の中でも上位だったらしい。


 虎々を基準として鍛えていたからか、仕事をしていく中で早々に死ぬことはなかった。


「支部長の心配はご無用でしたね」

「強くはなったが、今でも弱いままだろう」

「昔と比べたら、寝込む回数は減っているのですよ」

「寝込むのが普通な限り、お前は弱いままだな」


 虎々とは特別に強いヒトカゲの仕事を頼むこともあって、付き合いは続いていく。


『雲隠れ』という通り名がつけられた頃に、家族は全員死んだ。物取りが人殺しもしてしまったらしい。

 どういう経緯だったかは、今では分からない。家は人に殺された形跡が残るのみの家族を残し、物取りは運悪くヒトカゲと遭遇して話を聞く前に死んだ。


「結局、恩返しはできなかったな」


 全ての恩を返すには時間が足りなかった。それはいつまで経っても返しきるものではなかったかもしれないが、家族と笑って顔を合わせることは二度と来ない事実もあって心に影を落とした。


 できなかった恩返しは、ヒトカゲに苦しむ世の人々や灰身上にもすることになる。

 和人は先生となった。弟子をとり、自らの剣技を教えた。

 仕事先に行くまでの長旅は難しいことによる、空いた時間を埋めた結果だ。少しでも恩を返そうとするためだった。


 それなのに人々は和人を褒め称える。そんなできた人でないのに。これまで受けた恩に報いているだけだというのに。

 それほどまでに、和人はただ生きているだけで恩を受ける。病弱だから、灰身上になってからも恩はいくらでも積もっていく。良縁により、人々は心配して見舞いにきてくれたり、世話をよくしてくれたりした。


 そんな人々ばっかりだから、重い病を患ったときに死出に続く旅をすることにした。病を隠すために。心配させないために。死ぬ限界まで恩を返すために。

 ほんの数名に事情を話し、そんな事情を運悪く知ってしまった代美を連れて旅をする。看病のために代美には迷惑をかけたが、病弱な和人にとって日本を見て回るのは初めてで、その楽しさを味うこともできた。



 満足のいく旅だった。自己満足に過ぎなかったが、それでもなしえたことがある。


 残りの生命を振り絞り、少女を救った。これで少女はどこにでも行ける。自由を封じて捕えたヒトカゲはもういない。少なくとも、この場には。


 終わりを迎えることで、見届けられないのが残念だった。ヒトカゲが徘徊して、その脅威を払うこともできないのもそう思う要因だ。

 だが足取り強く、檻から出ていった少女を見て安心する。さ迷い続けていた少女は、もういない。


 何も感じなくなった体が暖かくなった気がした。最期までなんて恵まれているのだろう。ゆっくりと目蓋を下ろした後でも、希望の光が届いていた。微かな光量だが、今の和人には丁度よいぐらいだ。

 そんな優しさを感じつつ、和人は死した家族の出迎えに顔を綻ばす。まってくれてありがとう。はやすぎるかもしれないけど、おたがいさまだからね。


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