第四十二話 ネロの気性と務め
結構な時間の後、カカは【吸収】し終えた。付きっきり側にはいなかったし、かれこれ百年程、つまりヒトカゲがこの世に誕生したときからネロは生きているので、時間の感覚は狂っている。正確な時間は分からないが、それでも日は七日以上昇った後のことだった。
「これが私か……」
新たなる同族喰らいは、過去の自分と比べたら雲泥の差である力を噛み締めている。持ち上げることすら困難であった大剣を軽々と振り回すことができるほど、力が有り余っていた。
「どうだ、苦しんだ甲斐はあっただろう?」
「正直、ネロの恨み辛みがあって堪えられる苦しみだったが、これほどまでの力を得られるとは思っていなかった」
「俺はお前の覚悟に応えただけなのに、酷い言い草だ」
「悪かった。今では感謝している」
「まあ、こんなにもかってぐらいの苦しみようだったからな」
「……知らずにやったということはないだろうな」
「話には聞いていたぞ。だが、それ以上の苦しみがあったのは、余程カカの地の力が低かったからだろうな。分相応の力を求めたんだ、それ相応の代償が必要だったろうさ」
「なるほどな」
他のリスクとして理性が崩壊する可能性があったのだが、無事終わったことをわざわざ言うことはなかった。
同族喰らいは、その名の通り同族を喰らうことになるので、知りうる限りなろうとするヒトカゲはいない。理性なきヒトカゲを対象とした手段なのだ。
そして、圧倒的な力を得た後に理性が芽生えた例はない。だからその逆として初めから理性があった場合、力に呑まれて崩壊するかもしれないと考えていた。
それを理性があるからこそ耐えられたのか、強い精神を持つカカだからなのか判別できない。他で試して知りたいとは、ヒトカゲの味方であるネロは思わなかった。
「これで私はノエルに勝てる」
陶然とした表情で、笑いが漏れていた。
「おいおい、自惚れか?」
「これで、まだ足りないと?」
「逆にそれっぽっちで満足しているのか?」
失笑を含んで返してやる。そうだとしたら、全くもって現実が見えていない。
「……今の私ならネロを圧倒できる」
「単純な力ならな。俺はそういう【強化】の力を与えた」
【強化】とは力の底力を増強して発揮できることで、ヒトカゲの特性の中では有力とされている。
「お前はノエルに負けた俺に上回る力があるから、それを根拠として勝てると思っているようだが、残念ながら間違いだ。当時のことを正確に話すなら、俺の半身である分身体が挑んで負けたし、ノエル以外にも三人の灰身上がいて、力で負けていても技量は上だから今のカカに負けることはない」
もっと正確に話すなら、弱いとはいえ俺以外のヒトカゲの助力があったし、奇襲で灰身上の一人を人質にとっていた。
説得にはいらぬ情報なので省いている。
「お前はまだノエルには勝てない」
これは事実である。まあ、先程から全てを話していないだけで、嘘はついていなかったが。
断言すれば、カカの自惚れは揺らいだ。
「……なら、どうしたら勝てるんだ」
指摘するからには知っているのだろう、言いたげだった。そこには信頼があり、ネロは当然知っている。
ネロに勝てるとほざいていたが、多少の侮りはあれど、教わることは尽きないからか仰いでいるらしい。
「大剣と【強化】を使いこなすこと。それと他の特性――【隠】、【修復】、【伸長】もそうだな」
特性は向き不向きがあるが、これらならば大抵どのヒトカゲでも習得できる。
ネロは惜しみなく知識を披露した。
大剣だけでなく武器全般はそうそう扱ったことはなく、【強化】もネロにとっては不向きだ。そこら辺は独力でやってもらったが、それ以外は持てる全てをもって助けとなった。
カカは弱かった段階から理性があったので、考えることが得意らしい。要領よく、みるみる内に自分の力としている。
魔改造にて色々力を得たが、おそらくそれが一番の強みとなるだろう。それを見込んでネロは、足りなくなる【強化】の力を与えたのだ。
「このままいけば、そこらの理性持ち以上の実力になるな」
「なんだか含みのある言い方だな」
わざとらしく声に寂寥感を込めたからな。
「もっと手間がかかってもいいんだぜ?」
「それに何の得がある」
真面目な顔で、心底不思議そうにしている。
本気で考え始めていて、ネロは苦笑する。カカはノエルの復讐に一筋なのは結構で応援しがいがあるが、そんなネロの想いに対して素っ気ない態度だった。つまりあまり可愛げがない。
「とにかく、魔改造が成功して良かったな。カカの真面目さはセンに見習わせたいぐらいだ」
「散々甘やかしているのにか?」
「バレたか? だが、最低限の力ぐらいは持つべきだろう?」
センは逆に可愛げだけあって、真面目さがない。足して割ればちょうどよくなるだろうが、そのままの両者でいた方が面白くて良いと思っている。
ただヒトカゲには生きづらい人間の世の中なので、何かあっても対処できるよう相反する想いがあった。
「世間知らずでいてほしい純情さではあるが、教育プランでも考えておくべきか。魔改造はいきすぎで、護身程度だとセンには危機感が足りない……やっぱこれまで通り、遊びと称して色々教え込むべきか?」
「それはぜひ、小鈴にも教授してほしいな」
「うげっ」
「!?」
完全に油断していた。人間に見つからない山奥の洞穴にいたこともあるし、腕の立つ灰身上であることもあるだろう。
「お前――噂の吸血鬼だな」
「そうだよ。ヒトカゲにまで知られているなんて、僕も有名人になったなあ」
「ヒトカゲだと?」
「君がネロで、そっちの君がおそらくカカじゃないの? 話にはよく聞いていてね。あ、ちなみに僕はダーヴィスだよ」
誤魔化しが効かないらしい。話を聞いたものには心当たりがあって、直ぐに答え合わせができた。
「ただいま、ネロ! カカちゃんも! もう人間に化けられるようになったんだね!」
片手をぶんぶんと振っているのはセンである。迂闊というより、人間を疑うことを知らないので、様々な情報が漏れていることは容易に察してしまった。こりゃ、本格的に教育が必要らしい。
センは、確か名は代美という灰身上に片手を繋がれている。仲の良さがパッと見で想像できるが、真実は違う。
「ダーヴィス! 一人で先走るな!」
「ごめん、ちょっと聞き逃せない話をしていたから……」
ヒトカゲに対する警戒があった。先走りしないで固まって動いているし、センの動きを制限してネロと合流できないようにしている。
これは――不味い。
ヒトカゲの詳細が知られてしまったのも、センを人質のようにとられてしまっているのもそうだが、なにより一番不味いのは。
「――ノエルッ!」
カカとノエルが出会ってしまった。
現状、警戒はされど敵対していないことから穏便に済ますのが最善だ。だが、カカの復讐心からそれが難しいことは、声に籠った憎悪から分かりきったことだった。それでも回避できるならば、と考え直すよう努める。
「カカ、今は抑えろ。俺も、お前のことも、相手は分かっていない」
「……なら、どうするべきだと?」
「機を窺うんだ。今回は腕の立つ灰身上の男がいるから、離れたときを狙う。穏便に話しを済ませて、それが無理っていうならお前だけ逃げてもいい」
「逃げる、だと?」
やっぱり無理だったか。
怒りのあまり声が震えている。よりにもよって逆鱗に触れてしまった。
「逃げて、前回は生き延びたことは分かっている。だが、もう一度はできない。何度も惨めな思いをしてたまるかッ!」
カカは咆哮し、今復讐を遂げると決めた。
その人間の姿を一部黒く染めて、大剣を強く握りしめる。攻撃を仕掛けるのに集中していて、強烈な殺気もあって三人の灰身上は構えた。もう戦闘は避けられない。
「ったく、ついていないな」
時と場合が違えば、有利に運べたものを。
ネロは自ら事件に突っ込んだり作り上げたりするので、カカのことである。
前回ノエルから生き延びたことは幸運ではあったが、二度はないらしい。いや、同じ運でも幸運や不運ではなく、運命の方か。
ノエルと遭遇し逃げるも、ネロやセンとの縁により再び巡り合った。カカの復讐心という強い想いもあり、これを運命と言わずなんというか。
「仕方ないな。助力してやるよ」
運命だとしても、カカが不利すぎる。
セン以外に吸血鬼のヒトカゲがいるが、逆らえないのかどうなのかは知らないが、ヒトカゲ側にはならない。
現在ネロの力は半減していて得意の奇襲もない状況だが、それがなんだ。ヤるなら、面白おかしく盛り上げてしてみせよう。
それがネロの気性で、務めであった。




