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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第二章 下下は咆哮せよ、運命は巡る
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第三十九話 影の縛り

「僕はダーヴィス。一応、灰身上だよ」

「灰身上だと?」

「ええと、見せた方がいいよね……ほら、これ」


 取り出したのは、灰身上の証となる灰色の打裂羽織である。


「これで身分は証明されたかな?」


 にへらと笑うが、蒼白で瘦せこけた顔面では不気味であった。悪い人ではなさそうなんだけどなあ。


「灰身上だとして、なんで羽織っていなかったんだ?」

「灰身上で影がないのは、迷惑をかけてしまうからね」


 納得できる理由ではある。灰身上がその信用を失墜させることは許されない。それは依頼をする、されるの関係が成り立たなくなるし、その分ヒトカゲ討伐が捗らなくなってしまう。


好一対バディはいないのか?」

「いないよ。僕は特殊な立場でね」

「影がないからか?」

「言い換えるなら、小鈴こすず――ヒトカゲと共にしているからだね。さっきの子犬のヒトカゲのことだよ。こんな事情だから説明するけど、言いふらさないでね。なるべく秘密にって、言われているんだぁ」

「ああ」

「あの子も……なんだけど、まず話を聞く気がないかな?」

「こら、ノエル! ふらふらするな! 訓練も始めない! ちゃんと話を聞け!」


 ダーヴィスとはよほど戦いたかったのか、消化不良なせいで不満が燻っているようだった。重要な話なんだから、私に任せるんじゃない!


「すまない。話がそれてしまったな。ノエルは話を言いふらす性格じゃないから、一緒に聞かせてもらってもいいか?」

「いいけど……僕が言うのもなんだけど、難しい性格してるね」

「分かってくれるか……!」

「う、うん。まあ、僕も似たような立場だから」


 そうして、ダーヴィスは事の経緯を語ってくれる。


 曰く、呑気に歩いていたら、そこそこ強いヒトカゲが襲い掛かってきた。

 曰く、ダーヴィスの影から【浸蝕】してきたので、あっこれやばいと気合い入れたら防げたし、ヒトカゲが自分の影から抜け出せなくもなった。

 曰く、【こもり】で影に隠れてしまったので、仕方なく連れ帰って本部に判断を仰いだら、「そのまま飼っといて」と命令される。

 曰く、ダーヴィスを嫌うヒトカゲだが、興味津々の医者兼ヒトカゲ研究者よりはマシだということで、ヒトカゲ討伐に協力してくれる。

 曰く、そんなこんなで一緒に旅して回っていたけど、ちょっと油断したら影から逃げ出てしまって、捕まえようと追いかけっこしていたら妙な噂が立った。

 曰く、噂と子犬に化けたヒトカゲの策略で、村人から糾弾されて、今に至るよね。


「そのヒトカゲを小鈴って名付けたんだけど、油断したといっても影経由で縛っている状態でね。僕の影を枷で例えるなら、枷をつけたまま逃げ出している。だから、僕の影がないんだ」


 話の中にあった飼うという表現と医者の人物に、もしかしたらと予想できてしまった。

 ノエルに躾をして、愛玩動物と言ってのけた本部長のことだ。

 また、ドから始まってムで終わる医者は、海外生まれなのだがヒトカゲに興味があるらしく、ヒトカゲ発生地の日本にまで渡航してきた。海外の進んだ医療を本業として医者をやっていたら、一朔に灰身団員にと誘われたという。療養期間中の付き合いから、その詳細を聞いたことがあった。


 ただ正解か不正解にしろ小鈴が逃げだしている状態なので、確かめるのは後にしておく。


「小鈴は人を害するのか?」

「僕がそうされた一人だよね。仕事として出会った訳じゃないからその前は知らないし、その後は僕が監視していた中ではしてないよ」

「害する可能性は高いか?」

「……僕が見てきた中では、人と接するときはじゃれつくだけで攻撃はしたことはない。逃げ出した後でも、被害は聞いていない。さっきも、二人から逃げ出すのには暴れたみたいだけど、子どもは無事だったよね?」


 そう言われれば、立ち向かってくることもなかった。そう考えれば、小鈴はノエルみたいである。圧倒的強者――この場合ダーヴィスに、どの程度か知らぬが躾されているだろう。


「よし。そういうことなら、手分けして捕まえるか」

「願ってもないことだけど……いいの? 小鈴を殺そうとかしない?」


 真っ直ぐに聞いてくるあたり、正直というか純情なのだろうか。


「ダーヴィスは小鈴を大切にしているのだな」

「うん。ヒトカゲだけどものを知らない子どもと思えば……多少のやんちゃぐらい、僕ならなんとかなるしね」

「という訳だ! ノエル、小鈴を害しては駄目だからな」

「……ん」


 少し不安だが、目を光らせておけば大丈夫だろう。後で本部長の名を出して、念押ししておこう。



「枷は鎖に繋がれた状態でね。僕を中心にした一定範囲以上は動けないみたいなんだ。方向もなんとなく分かるし、小鈴を見つけ出すのは無理がないんだ」


 さっそくその方向へとダーヴィスが先導してくれる。ノエルはいつも通りの無表情でついて来てくれる。


「聞くが、影がないことで噂以外の弊害はないのか? 体調が悪いとか」

「そういうのはないかな」

「ならその、不健康そうな体は元からか?」

「…………そういえば、小鈴を影に縛ってからそうなったかも?」

「医者に診てもらった方がいいんじゃないか。ドムとか、顔見知りなんだろう? あいつ、ちょっと変わっているが腕はいいんだ」

「そうしようかな……うっ。なんか急に体が疼いてきた」

「お、おいっ。しっかりしろ!」


 ふらついているので、体を支える。一旦村に戻った方がいいのか、その場で休ませるか迷っていると、耳元で囁かれた。


「美味しそうな血。吸血してやろうか?」

「え……?」


 血の気が引いていく感覚があった。きっと、今の代美の顔は青ざめていることだろう。


「……冗談。だから怒らないで。ね?」


 こんなときに冗談なんか言うなあ!


 と言う前だったから疑問を抱いていると、「うぎゃ」とダーヴィスが呻いている。その口には生のニンニクをつっこまれていた。


「手伝ってる。さっさと見つけて」

「……意訳するなら、手伝ってやっているのだから、冗談言わずにさっさと小鈴を見つけろかだな。ノエルは時間の無駄が嫌いなんだ」


 冗談を真に受けてしまった立場だから、不憫に思うにしろダーヴィスを助けてやる気にはなれなかった。


「うへぇ、不味い……」


 ノエルは冷酷な目をしていた。ついでに代美の着物に手をなすり付けてくる。これはニンニクを触った手だな。

 投擲したニンニクで、土で汚れているからということではないだろう。どれだけニンニクが嫌いなんだ。それなら拾わなければいいのに。


「というか、ニンニクの回収をすっかり忘れていたな」

「汚いから、食べない方がいい」

「それ、僕の唾液でべったりという理由ではないよね?」

「……」

「無視された。酷い……」


 ノエルは、今度は代美の着物を引いてくる。そのまま無言で、軽く刀を持ち上げた。いや、斬っては駄目だからな?


「あれでも人間だからな」

「ねえ、酷くない? 真面目な顔でそんなこと思ってたの?」

「そういえば気合いで影で縛ったと言っていたが、本当にそれだけか? コツとかないのか?」

「……そうだよ。なんかできちゃった」

「なんか、かあ」


 代美も理性あるヒトカゲに【浸蝕】されたことのある立場だ。防ぐどころか【服従】までされて、操り人形にされてしまった。

 精神論で何とかなるものなのだろうか。ダーヴィスは防ぐだけでなく、自身の影にと縛ったのだ。そんなことは聞いたことはなかったし、代美に同じことができるとは到底思えない。


「ええと、元気出して?」

「……はあ」


 ダーヴィスも腕が立つようだし、世の中は理不尽だ。

 未熟な代美にとっては、才能のある者の感覚が分からなかった。


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