第三十九話 影の縛り
「僕はダーヴィス。一応、灰身上だよ」
「灰身上だと?」
「ええと、見せた方がいいよね……ほら、これ」
取り出したのは、灰身上の証となる灰色の打裂羽織である。
「これで身分は証明されたかな?」
にへらと笑うが、蒼白で瘦せこけた顔面では不気味であった。悪い人ではなさそうなんだけどなあ。
「灰身上だとして、なんで羽織っていなかったんだ?」
「灰身上で影がないのは、迷惑をかけてしまうからね」
納得できる理由ではある。灰身上がその信用を失墜させることは許されない。それは依頼をする、されるの関係が成り立たなくなるし、その分ヒトカゲ討伐が捗らなくなってしまう。
「好一対はいないのか?」
「いないよ。僕は特殊な立場でね」
「影がないからか?」
「言い換えるなら、小鈴――ヒトカゲと共にしているからだね。さっきの子犬のヒトカゲのことだよ。こんな事情だから説明するけど、言いふらさないでね。なるべく秘密にって、言われているんだぁ」
「ああ」
「あの子も……なんだけど、まず話を聞く気がないかな?」
「こら、ノエル! ふらふらするな! 訓練も始めない! ちゃんと話を聞け!」
ダーヴィスとはよほど戦いたかったのか、消化不良なせいで不満が燻っているようだった。重要な話なんだから、私に任せるんじゃない!
「すまない。話がそれてしまったな。ノエルは話を言いふらす性格じゃないから、一緒に聞かせてもらってもいいか?」
「いいけど……僕が言うのもなんだけど、難しい性格してるね」
「分かってくれるか……!」
「う、うん。まあ、僕も似たような立場だから」
そうして、ダーヴィスは事の経緯を語ってくれる。
曰く、呑気に歩いていたら、そこそこ強いヒトカゲが襲い掛かってきた。
曰く、ダーヴィスの影から【浸蝕】してきたので、あっこれやばいと気合い入れたら防げたし、ヒトカゲが自分の影から抜け出せなくもなった。
曰く、【隠】で影に隠れてしまったので、仕方なく連れ帰って本部に判断を仰いだら、「そのまま飼っといて」と命令される。
曰く、ダーヴィスを嫌うヒトカゲだが、興味津々の医者兼ヒトカゲ研究者よりはマシだということで、ヒトカゲ討伐に協力してくれる。
曰く、そんなこんなで一緒に旅して回っていたけど、ちょっと油断したら影から逃げ出てしまって、捕まえようと追いかけっこしていたら妙な噂が立った。
曰く、噂と子犬に化けたヒトカゲの策略で、村人から糾弾されて、今に至るよね。
「そのヒトカゲを小鈴って名付けたんだけど、油断したといっても影経由で縛っている状態でね。僕の影を枷で例えるなら、枷をつけたまま逃げ出している。だから、僕の影がないんだ」
話の中にあった飼うという表現と医者の人物に、もしかしたらと予想できてしまった。
ノエルに躾をして、愛玩動物と言ってのけた本部長のことだ。
また、ドから始まってムで終わる医者は、海外生まれなのだがヒトカゲに興味があるらしく、ヒトカゲ発生地の日本にまで渡航してきた。海外の進んだ医療を本業として医者をやっていたら、一朔に灰身団員にと誘われたという。療養期間中の付き合いから、その詳細を聞いたことがあった。
ただ正解か不正解にしろ小鈴が逃げだしている状態なので、確かめるのは後にしておく。
「小鈴は人を害するのか?」
「僕がそうされた一人だよね。仕事として出会った訳じゃないからその前は知らないし、その後は僕が監視していた中ではしてないよ」
「害する可能性は高いか?」
「……僕が見てきた中では、人と接するときはじゃれつくだけで攻撃はしたことはない。逃げ出した後でも、被害は聞いていない。さっきも、二人から逃げ出すのには暴れたみたいだけど、子どもは無事だったよね?」
そう言われれば、立ち向かってくることもなかった。そう考えれば、小鈴はノエルみたいである。圧倒的強者――この場合ダーヴィスに、どの程度か知らぬが躾されているだろう。
「よし。そういうことなら、手分けして捕まえるか」
「願ってもないことだけど……いいの? 小鈴を殺そうとかしない?」
真っ直ぐに聞いてくるあたり、正直というか純情なのだろうか。
「ダーヴィスは小鈴を大切にしているのだな」
「うん。ヒトカゲだけどものを知らない子どもと思えば……多少のやんちゃぐらい、僕ならなんとかなるしね」
「という訳だ! ノエル、小鈴を害しては駄目だからな」
「……ん」
少し不安だが、目を光らせておけば大丈夫だろう。後で本部長の名を出して、念押ししておこう。
「枷は鎖に繋がれた状態でね。僕を中心にした一定範囲以上は動けないみたいなんだ。方向もなんとなく分かるし、小鈴を見つけ出すのは無理がないんだ」
さっそくその方向へとダーヴィスが先導してくれる。ノエルはいつも通りの無表情でついて来てくれる。
「聞くが、影がないことで噂以外の弊害はないのか? 体調が悪いとか」
「そういうのはないかな」
「ならその、不健康そうな体は元からか?」
「…………そういえば、小鈴を影に縛ってからそうなったかも?」
「医者に診てもらった方がいいんじゃないか。ドムとか、顔見知りなんだろう? あいつ、ちょっと変わっているが腕はいいんだ」
「そうしようかな……うっ。なんか急に体が疼いてきた」
「お、おいっ。しっかりしろ!」
ふらついているので、体を支える。一旦村に戻った方がいいのか、その場で休ませるか迷っていると、耳元で囁かれた。
「美味しそうな血。吸血してやろうか?」
「え……?」
血の気が引いていく感覚があった。きっと、今の代美の顔は青ざめていることだろう。
「……冗談。だから怒らないで。ね?」
こんなときに冗談なんか言うなあ!
と言う前だったから疑問を抱いていると、「うぎゃ」とダーヴィスが呻いている。その口には生のニンニクをつっこまれていた。
「手伝ってる。さっさと見つけて」
「……意訳するなら、手伝ってやっているのだから、冗談言わずにさっさと小鈴を見つけろかだな。ノエルは時間の無駄が嫌いなんだ」
冗談を真に受けてしまった立場だから、不憫に思うにしろダーヴィスを助けてやる気にはなれなかった。
「うへぇ、不味い……」
ノエルは冷酷な目をしていた。ついでに代美の着物に手をなすり付けてくる。これはニンニクを触った手だな。
投擲したニンニクで、土で汚れているからということではないだろう。どれだけニンニクが嫌いなんだ。それなら拾わなければいいのに。
「というか、ニンニクの回収をすっかり忘れていたな」
「汚いから、食べない方がいい」
「それ、僕の唾液でべったりという理由ではないよね?」
「……」
「無視された。酷い……」
ノエルは、今度は代美の着物を引いてくる。そのまま無言で、軽く刀を持ち上げた。いや、斬っては駄目だからな?
「あれでも人間だからな」
「ねえ、酷くない? 真面目な顔でそんなこと思ってたの?」
「そういえば気合いで影で縛ったと言っていたが、本当にそれだけか? コツとかないのか?」
「……そうだよ。なんかできちゃった」
「なんか、かあ」
代美も理性あるヒトカゲに【浸蝕】されたことのある立場だ。防ぐどころか【服従】までされて、操り人形にされてしまった。
精神論で何とかなるものなのだろうか。ダーヴィスは防ぐだけでなく、自身の影にと縛ったのだ。そんなことは聞いたことはなかったし、代美に同じことができるとは到底思えない。
「ええと、元気出して?」
「……はあ」
ダーヴィスも腕が立つようだし、世の中は理不尽だ。
未熟な代美にとっては、才能のある者の感覚が分からなかった。




