第三十八話 それは……色々あってね
本部に到着して仕事完了の報告の後は、用は済んだからと仁と分かれることになる。好一対であるというのにその付き合いの悪さには、リビーはついつい悪態をつきたくなる。
「愛想がないのはノエルだけで十分やっていうのに……」
代美が矯正しようと奮闘しているが、ノエルの性格は変えられないことだろう。その不満はまだマシな仁へと皺寄せしていて、もっとどうにかならないかと思う。
実力はあるが、出世欲がないというか全体的にやる気がない男である。正反対のリビーであるから、不満解消よりも先に昇進して、好一対が変わることになりそうだ。
ヒトカゲの出現は稀となっているので、いつぞやのときみたいに仕事が終わってすぐ仕事にはならない。休みをもらったことから急ぐ理由もなく、立派な本部の屋敷内を歩きつつ鑑賞していた。
厳つい大柄がぬっと現れたときは、ここで働いている奉公人は女性が大多数なので誰だと眉を顰める。知った顔だったことから、直ぐに警戒を解くことになった。
「なんや、本部長か」
「うん。そうだけど……え、駄目だった?」
「いやあ。たまーに、偉そうなおっさんが乗り込んできたりするやん? 主に寄付してるからって、横暴になにかしら言ってくるやつ」
本部ではまだ見たことはなかったが、支部ではよく見かけた。そういう奴は長々と居座るし、女に色目をつかってもくるので、内心さっさと帰れと思っていたものである。
「そういうのは口にしないで、胸にしまっておくものだよ」
「本部長も同じ気持ちだってことは分かったし、そうしとこか」
「ううん、リビーは正直なのは好印象だけど、僕みたいな立場になりたいなら世故は必要だよ」
「これでも人を選んでるんで。あ、そうそう。忙しいかもしれんけど、もう少し立ち話。代美が金に困ってんの、把握しとる?」
「そうなのかい?」
上級武家出身なのに、と顔に書いてあった。
「代美の自尊心がなければそうやろうけどな。何か頼むんなら、最低限の金は出してやってや」
「……代美さんから何か聞いたのかい?」
「いんやあ? ただ、代美は性格が良すぎるやろ? 隠し事は分かりやすいんや。んで、武器を漁って金ない状態で長旅をしているからな」
「俺は代美さんに甘えすぎていたみたいだね」
何かはあるとは思っていたので、確証は薄いながらも言ってみたが、簡単に認めている。
「目的当てたろか。囮やろ」
「こりゃお手上げだ」
「あのノエルを連れて、不用心にもぶらついるんや。事情を知っているうちからしたら分かりやすい。……人はついてんやろうな」
本部長は薄ら笑う。言葉にしないとは、なんとも曖昧なことである。
「代美さんのことだし、ぎりぎりにしろ、どうにもできなくなったら帰ってくるよね」
「そうやろうな。あ、うちと会ったときは吸血鬼を追ってたで? なんかそんな噂が大きく広まっててな」
「……ちょっとその話、詳しく聞いてもいい?」
「いいけど、思ったより長い立ち話になるなあ」
しかも廊下である。連れ出せる立場でないとはいえ、人の耳を立てやすいところで話をしてしまった。本部長も同様の考えであったが、そこは今更だと話を促してくる。
代美とノエルと遭遇してから、片手間にしろ聞き込みはしてある。それ込みで、話の種としては面白くなった、事実と扱うには切り捨てたくなる噂を語る。
「…………まずいなあ」
「へえ、なにがなん?」
こういう小さな呟きに反応してしまうのが、リビーの性である。何か知ってるなら吐けと言外に迫ったら、本部長は苦笑しつつ頼みごとをしてきたのだった。
*
子どもの体当たりからの伸し掛かりから脱出した代美は、ノエルと吸血鬼が対峙している状況を目の当たりにする。そこに駆けつけるのに、子どもらは止めなかった。相手が吸血鬼ならばいいらしい。
子犬を探しに行かれるのも問題だが、吸血鬼は実力者らしき雰囲気がある。刀を抜いてやる気満々のノエルだから、駆けつけない訳にはいかない。
「追いかけるのはやめておけ! あの子犬はヒトカゲかもしれない!」
声だけをかけることになったが、子どもが躊躇するには足りたらしい。子犬は人間を害することはなかったが、ヒトカゲとは気まぐれなところがあるので、さっきまでは大丈夫だったからと安心できはしない。
そこに大人がやってくるので、子どもを安全な場所にと伝えておく。先程まで吸血鬼を塞き止めていただろう者たちだ。ヒトカゲの可能性を伝えれば、子犬よりも子どもの方が大事なこともあって、無理やりにでも連れ出してくれる。
時間はかかったが、これで代美は駆けつけることができた。ノエルと吸血鬼は激しく剣を交えている。迂闊に介入できない領域なので、代美は判断に迷うことになった。
何も考えないならばノエルに加勢するべきだろうが、どうやら吸血鬼は防御に務めていて、攻めかかろうとはしていない。そうすることはできないという感じでは実力的になさそうなので、非好戦的と見るべきだろう。
子どもに埋もれて内容までは聞けなかったが、何事か会話していたのだ。話は通じるのだから、攻めかかるノエルを一旦とめるべきなのかもしれない。
吸血鬼に影がないことを確認しつつ、一人で考えていても仕方ないとノエルの名を呼ぶ。代美には届きそうにない剣戟を交わしてから、距離をとってくれる。
「ノエル、あの男は化物の類なのか!?」
「……守るから、離れてて」
「…………くぅ」
ときめいてしまったのは仕方ない。代美が弱いせいか、吸血鬼を過度に恐れていたせいか、真面目な顔で普段なら口にしないことを言うのだ。
だが、代美は守られる姫ではなく、灰身上なのだ。ノエルは意図してかどうなのか、化物かどうかは答えてくれなかった。今も果敢に攻め立てている。
「こういうとき私は……そうだ!」
荷から取り出すのは、吸血鬼に効くという十字架、杭、そしてニンニクである。実はノエルに隠れて、ひとつだけニンニクは持ち歩いていた。
これで怯むようなら化物でないにしろ、吸血鬼ではない。遠くからでは効かないかもしれないので、丁度いい大きさであり、ノエルでは致命傷にならないだろうニンニクを選んで投げる。
「うわぁっ、なにこれ……ニンニク?」
軽々しく避けられたが、吸血鬼ではなさそうな反応は確認できた。ヒトカゲというよりも武器を用いた人間の戦い方なので、警戒するにしても戦いに拘る必要はない。
代美は遠慮なく介入することにした。
「お前のお披露目が、こんな形でなろうとはな」
鎖鎌の鎌の方を投擲し、ノエルと吸血鬼の間の地面に突き立てる。ノエルもとめなければならないので牽制だ。
「交戦する気がないのならば、武器を捨てろ! ノエルはその場にとまって警戒!」
吸血鬼は躊躇った。その視線の先は、斬りかかりたそうなノエルである。
「ノエル、本部長に言われたことを忘れたか?」
「……でも」
「戦う必要があったとしても後でできる」
「……」
「頭を冷やせ。その場からゆっくり、少しだけ下がるんだ」
主に吸血鬼に武器を捨てさせるためだ。ノエルさえどうにかしてしまえば、吸血鬼は命令に従う様子である。
ノエルは意固地となって、その場から動こうとしなかった。
仕方ないな。代美は鎖を引っ張って鎌を手に戻してから、ノエルに近づく。吸血鬼から決して目を離さないことをいいことに、その背後から分銅を先として投擲した。緊張したが、警戒されていなかったこともあって狙い通り、鎖鎌はノエルに巻き付いた。
「!? ……代美」
ともあれノエルなので、代美も強く拘束してはいないことから、簡単に抜け出してみせる。じっと見てくるが、お前が悪いんだぞ。
「まさか、ノエルに鎖鎌を使うことになるとはな。ほら、刀を収めろ。相手は既に武器を捨てている」
「むう」
吸血鬼はノエルとのやり取りの間、明らかな隙であったのに逃げようとしなかった。噂は噂に過ぎなかったのだと思ったが、一応警戒は続ける。
「聞くが、お前は吸血鬼やヒトカゲといった化物か?」
「違うよ……よく誤解されるけどね。僕は正真正銘の人間だ」
「影がないのはなぜだ?」
「それは……色々あってね」
「その色々と聞かせるんだ」
男は困ったと右往左往する。悪い噂のせいで味方がいるはずもなく、観念して脱力していた。




