第三十七話 吸血鬼
代美は手持ちの金銭を数えて渋面となっていた。吸血鬼探しは聞き込みの成果もあって、その足取りを確かに追えている。吸血鬼は隠れて行動することはなく、その容姿が人目を引くから順調なのだ。
ただ追いかけるだけにも時間はかかり、その分費用もかさむ。吸血鬼は拠点をもたないのか、歩き回っているせいで尚更だった。
「ヒトカゲがいないせいで、討伐を頼まれないからな。金が消える一方だ」
そういうことは一切合切任せているノエルなので、一生懸命悩むのは代美の役割となる。他人事なのが気に食わないのか、文句を言ってきた。
「ノエルが食べすぎなのも影響しているんだぞ」
「そう?」
「ああ。食いしん坊の分類に入るんじゃないか。そのぐらい食べているんだからな」
ノエルとしては目の前に出されたものを食べていただけなので、自覚はなかった。
「代美がいっぱい作ったり、注文するから」
「私のせいか? だって、少なかったら物足りなさそうにしているじゃないか」
「してない」
「そう否定しなくともいいぞ。食べ盛りの時期なんだろうから、いっぱい食べてその分成長すればいいんだ。そういえば、ノエルは初めて会ったときより多少は大きくなったな」
体は細いままだが、とじろじろと見たり、肉付きを触って確かめられる。ちょっと鬱陶しくなって、同じ仕返しとして二の腕をつねってやる。うぎゃっと変な悲鳴を上げていた。
別にノエルほどではないにしろ、太ってはいない。そこまで驚かれるとは意外だ。
「乙女だからな」
「そう」
「……ノエルもだからな? もっと興味を持った方がいいぞ。いくら見目が良くても頓着すぎては、嫁の貰い手がなくなる」
「ん」
適当に分かったふりをしておく。それが察しが良くてバレてきたこの頃だから、盛大な溜め息をつかれた。
「吸血鬼と言われている人を探しているんだが、心当たりはないか? 蒼白の痩せた男で、八重歯が特徴的らしい」
「吸血鬼かどうかは知らないけど、そんなような奴ならさっき見たぞ」
「なに。どこに行ったか分かるか?」
「あっちのほうだな。変な奴だったし、よく覚えているよ」
村に入って直ぐに聞きこんだ朗報だった。本当につい先ほどだという。ようやく探索の終わりが見えた。
影の有無に関してはなかったら気付くものだと言われていたので、ノエルにはそこまで気合いが入っていない。代美は人間であっても、人々の不安を払拭できることを目的としているので、意気軒昂としていた。
あっちと指差された方向に少し歩けば、なにやら人が群がっている。
「あそこに吸血鬼がいそうだな。それにしても不穏な雰囲気だ」
確かに、遠巻きからでもそう見て取れる。
そこから駆け足でやって来た子どもらがいた。後ろを警戒していて、逃げてきたという感じだ。ノエルと代美に気付いたのはほど近い場所になってからである。後ろばかりで、前が疎かになっていた。
「その羽織……灰身上?」
灰身上の証とあって、灰色の打裂羽織は他者からは分かりやすい。こうしてヒトカゲ討伐を頼まれたり、その親切さを勘違いして問題事を頼まれたりもするのだ。
「なあ、灰身上だったら、あいつをやっつけてくれ!」
必死な表情で少年が頼み込み、その後ろでは一人の少女を子どもらが囲んでいる。
「あいつとは誰のことなんだ?」
「吸血鬼だよ! あいつ、影がないんだ!」
「この子を寄こせって言ってきたの。嫌だって言ったら、無理やり奪おうとしてきて……」
それは守られているような立場の少女かと思ったが、違った。少女の腕の中には小型の黒犬が抱かれている。つぶらな瞳で、世にいう可愛らしさを訴えていた。。
「きっと食べようとしていたんだ!」
「血でも吸おうとしてたのかも。ヒトカゲと同じ化物だよっ」
「助けて! 今はお父さんたちが足止めしてるから、早くっ」
「分かった。このままお前たちは安全な場所に移動しろ。ただ、その子犬は私達に任せてくれないか?」
「……なんで? 俺達がこいつを守るから、早く吸血鬼を倒しに行ってくれよ」
早く吸血鬼の元に行かないのかと不思議だった。代美は警戒する子どもと睨み合うことになっても譲りはしない。ノエルは子犬をより注意深く観察してみた。
すると、それまで大人しかった子犬が暴れ出す。抱えていた少女がわあっと悲鳴を上げて、取り逃がしてしまった。
「ノエル、捕まえろ!」
もうやっている。
代美が子どもに塞き止められているので、助力は期待できそうになかった。
それにしても捕まえろか。殺しては駄目なのだろうか。
子犬は小さい上にすばしっこい。ジグザグに動き回るし、そのうち物陰に逃げ込まれてしまいそうである。そうなる前にと小刀を抜く。一応配慮して鞘の方を投擲し、見事直撃した。
だが、この子犬は一瞬怯んだだけだ。痛みなどないと、動きも変わらずである。人間でもないし、もう配慮なんていいやと次に小刀を投擲する。なんか代美が叫んでいるが、わあわあという子どもの声と混ざっていて聞き取れない。
投げ終わっているし手遅れだ。お叱りの言葉なのは察しがついているノエルだった。
その小刀だが、当たりはしなかった。ノエルの腕が悪かった訳ではない。同じ投擲された小刀によって弾かれたことで、軌道を曲げられたのだ。
これは代美ではない。手出しできなかったようで、子どもに埋もれているから無理だ。
男がいた。話に聞いた通りの蒼白の痩せた男で、くぼんだ目の下にはクマができている。
「殺されたら不味いんだぁ。あれで死ぬとは思わないけど」
のんびりとした口調だった。打刀を佩いているが、手にはかけずだらりと両手を下げている。ノエルは構わず、夢幻を抜いた。
「ええと、争うつもりはなくてね、子犬を傷つけられたくなかっただけだから……先に子犬を追いかけない? このままじゃ、見失っちゃう」
「もうなってる」
妨害されたことで、子犬は身を隠してしまった。ここから探すのは一苦労で、この男のこともあるから優先順位は下がっていた。
「吸血鬼、合ってる?」
「そう呼ばれてるみたい……一応、こんななりでも人間だよ」
「影がない」
顔の彫りや前髪などによる影はあるが、足元の影がないのは致命傷だ。
「これは…………えっと、」
「それに、子犬はヒトカゲ。違う?」
ヒトカゲは人間の形をとっているが、極稀に動物のもいるらしい。確か、初めの頃代美が言っていた。
「そうだけど、それこそ簡単には説明できない話でね」
「そう」
ノエルは吸血鬼の懐に入り込み、夢幻を振るう。咄嗟にも相手は抜き身の状態の刀身で、防いでみせた。
「わぁ、危ない……」
そういうが、危機感は薄かった。もしあれば、殺気だっているノエルを前にして手ぶらと無防備の状態でいない。
そのまま二撃、三撃と超接近戦をこなす。争うことになっても穏便に済ましたいそうで、鍔で鳩尾を狙われた。
斬ることに特化したノエルだから、早々に不利を悟って距離を取る。刀の間合いで、自称人間なら害しても問題ないだろうかと今更に考えていた。




