第三十一話 申し開き
代美はリビーと共同で、報告もなしに好一対を組み、仕事帰りのノエルと仁を呼び出した。一泊で帰ってこれる距離だったようで、翌日の昼前になった。
「なんか申し開きはあるか?」
険しい表情のリビーが問う。代美はこれでも感情を押さえている方だと知っていた。奈々子からノエルと仁のことを聞いた後、リビーの怒り様は凄かったのだ。
「動けない奴に言ったって意味ないだろ」
「好一対は信頼が大事や。背を任せ、命を預けるからな。うちは仁のことは正直いけ好かないと思っているけどここぞというときはやる男やし、これからも好一対を組んでいくつもりやった。だけど、ちょっと考えさせられたわ。例えノエルとよく知った相手でも、普通一言ぐらいあるやろ」
「……私も、そう思う。ノエルはそういう配慮に欠けているから、仁にはやって欲しかった」
報告を受けた直後は衝撃を受けて呆然としていた代美だが、リビーの言い分を聞いている内に怒りは持つようになっていた。困惑だとか不安もあるので、怒りは抑えめだが。
ぼけっとしているノエルはともかく、仁は承知の上だったのだろう。冷静に言葉を返す。
「後でいいと思った。お前らはノエルに過保護なところがあるだろ。ああだこうだ言うだろうから、俺と一緒でも仕事はできる証拠を作っておきたかった。問題なく仕事を終えたんだぞ。なあ、ノエル」
「ん」
「それ以外にも問題がありそうだから言っとんねん! ノエルは一人で着物も着れないっていうやん! 男のあんたが、そこんところはどうしんたん? まさか着させてやる名目で、変なことしてないやろうなあ?」
「私も聞きたいものだ。ノエルなら何かされても気にしなさそうだが……そんなこと、私が許さないからな?」
ちょっと熱が入ってきたことを自覚しつつ、代美はノエルの姿を見る。代美や奈々子がいるときと同じように整っている。ノエルが自分でやったことはありえなかった。
仁は両目蓋を閉じて、結ばれた口を時間をかけて開く。
「…………宿の女将に任せた」
「それだけか?」
「隠し立てはするなよ。ノエルに聞くからな?」
「俺だってノエルの生活能力がねえことは知っているんだ。手間かけさせることになるが、ヒトカゲ討伐してるんだから、ずっとならともかく頼めばそのぐらいやってくれた」
「ノエル、本当か。嘘偽りはなさそうか」
「……ん」
「そうか。なら本当の本当に、全部女将がやってくれたんだな……」
「いや?」
「仁よくも嘘つきやがったな! 斬り殺される覚悟できてんやろうなあ! ああ゛?」
「リビー落ち着け! 傷が開く! お前こそ死ぬ羽目になるぞ!」
「こんなん落ち着いてたまるかっ! 何も知らん幼気なノエルを、男の醜い欲望で穢しやかってえッ!」
「ノエル押さえるのを手伝ってくれ! さっきの返答も何か事情があるんだろ!? そうだと言ってくれ!」
「……ん」
容態が不安だったため呼んだ医者のドムは、呆れてリビーを強制的に眠らした。物理で。こいつ、中々やるな……っ。
仁は正座と姿勢を正していた。ただその顔は徹底的に殴られた跡がある。ドム以外にも女の手伝いがきていたので、皆で鉄槌を下されていた。
代美はノエルの言葉の足りなさをよく知っているので加わっていない。話を聞いてから考えることにする。
「間違いは、起こらなかった」
「『は』というのはなんだ、『は』って」
「こいつがいきなり目の前で脱ぎだしたんだよッ。あげく、俺に着替えさせろって言うんだぞ!? 生活能力ねえとは知っていたが、着物を自分で羽織ることもできねえとか恥じらいがねえとまでは聞いてねえぞ!」
「なっ……なら、ノエルの裸体でも見たというのか!」
「見てねえよッ! 目ぇ逸らしたし、後ろ向いたわッ!」
互いに荒い息をしていた。代美は吐き出しそうになる言葉を呑み込む。
戸越しに、耳を立てていたらしい女の声があった。
「女の子にそこまでされておいて、手を出さないのもねえ?」
「……俺は、ガキに興味はねえッ」
代美は流石に同情した。ノエルに手を出したら怒られ、出さなくとも男として欠如しているものがあるのかと疑われる。それならまだ手を出していた方が、仁にとって風評被害的に良かったのではないか。まあ、そうしていたら代美が徹底的に叩き潰してやるのだが。
「これからも、ノエルと仕事をしにいくのか?」
「金が足りねえからな」
「褒美で貰った金があっただろう」
「あんなもん、はした金だろ」
「まあ、大量ではないにしろそこそこあったのに…………ああ、それこそ女か」
「……そういうことだ」
本部が立てられたからできた町の端には、小さいながらも遊郭がある。女の元に通うとなれば、褒美の金など直ぐに尽きる。
納得している代美に対して、仁は不満そうだった。何の感慨ももっていなさそうなノエルに、代美は問う。
「ノエル、また仁と仕事しにいきたいか」
「ん」
「なら、とめる訳にはいかないな。本人の意見は大切にしなければ。それに私たちが負傷しているからと、仕事をするなとは言えないしな」
代美はノエルと仁に、注意事項を述べておく。共に仕事をするのはいいが、何かあったら隠さず報告すること。ノエルには絶対に手出ししないこと。ノエルも自衛して、男に肌を曝さないこと。
念押しをしているところで、起きたリビーも口出しする。
「もしノエルと何か事が起きたら、噂ばら撒くからな。仁は女ならなんでもいい好き者にしとくか。婚期見逃したおばちゃんが喜ぶやろ」
「待て。もし仁が熟女好きだったら、逆に喜ばせてしまうぞ」
「俺の守備範囲はそんなに広くねえッ!」
「これは……可能性はあるな。流す噂はよくよく考えとかんと」
「噂を流す必要はでねえからな!? おい、神妙な顔で真面目に考えてんじゃねえ!」
*
代美とリビーが復帰するまで、仁とはそこそこの頻度で仕事をした。
ノエルは夢幻の切れ味を確かめられて満足だし、仁はノエルにヒトカゲを斬らせてくれる。身の回りの世話をしてくれないことを除けば、代美と同じくらいいい好一対であった。
剣技のよい見本を探していたこともあって、ノエルはたまにヒトカゲ討伐を譲ることもあった。
「抜刀がいい」
「なんだその注文……まあいいが」
仁の実力を初めてまともに見ることになった。一撃で仕留めた抜刀を模倣することで、ノエルは抜刀の技量には満足することになった。残る難題はやはり姿勢である。武芸場にいくが姿勢を扱える者は見かけなかったので、気長で行くしかなさそうだった。
「仁は誰から剣技を教えてもらったの」
ノエルは簪と櫛をもって、仁の前に座り込んでいる。朝の支度のときだった。
仁は慣れたように櫛を受け取って、丁寧に髪を梳いていく。
世話をしてくれない仁は唯一、髪に関してはやってくれていた。これは最初から、代美とリビーに怒られる前からである。過度に女将に手を掛けさせないためらしい。そう言っていた。
「誰にも。我流だ」
「コツ、ある?」
「人のいいところを真似してやればいい。後は自分でよく考えて、研鑽あるのみだな」
仁の梳き方は痛みがない。代美も上手いものだが、奈々子だと適当にやるものだから軽く皮膚が引き攣る思いになる。
ノエルは痛みに鈍いので全然耐えられるが気になりはする。手持ち無沙汰なこともあって、髪の短い仁にその上手さを尋ねることにした。昔、髪が長かったのだろうか。
「髪、なんでできるの」
「妹みたいな奴がいたからな。やれやれうるさいから、いつの間にか上手くなったんだよ」
もう死んじまったが。
仁はぼそりと呟く。
髪を纏め上げてくれた後に仁を振り返ると、机に肘をついていた。
「似合ってるぞ」
ノエルを瞳に映しているが、それは見ていることではない。
虚ろな瞳は徐々に焦点を合わせていく。今度こそノエルを見て、息を漏らすかのように影を含みながら笑った。




