第二十九話 おつかい
「新しい刀……確か『夢幻』でしたか。それを得てからというもの、ノエルは川辺で思う存分振り回していましたよ。分かるぐらいにはしゃいでいて、正吾たちも囃し立てるので、端から見ていてドキドキしっぱなしでした」
報告する奈々子はくたびれている。どうにかしてくださいと明け透けなな態度であった。
「手を滑らして刀が素っ飛んでったとか、危ないことはなかったか」
「それは流石に……そんな間違いをする腕ではないようなので。観客側が近づいていくので、それが危険なぐらいですね」
「まあ、ノエルなら誤って斬ることはないと思うが……箍が外れて、斬ろうとする意志がなければだが」
初心者だった頃はともかく、今は扱いを得ているので実践以外で真剣を使うことはとめていない。ただ憧れに対する想いから、危険が少ない木刀でも鍛錬するようには言っていた。
奈々子は表情を引き攣らせる。
「そ、そんなことありえるのですか」
「それがノエルだからな」
「…………分かりました。時間があれば、よくよく監視しておきます」
本部長の躾はきいているはずなので大丈夫だろうが、奈々子に危機感をもってもらうことは大切だ。過剰に責任をもつのをとめず、代美は頷いておく。
「あのノエル相手に、奈々子は本当によく頑張っているな」
「文句は多いけどな」
代美と同じ部屋にいる以上、リビーも一緒に文句を言われているような立場である。ノエルを知っていることから、無関係ではないと直接言われてもいる。奈々子は口に出すことで鬱憤を発散している節があるので、リビーは軽口で応酬しつつも受け止めてやっていた。
「何かしらお礼をしたいな……」
奈々子には通常の奉公人の仕事にノエルの世話が加わったことで、給金は増えてはいるはずだ。だが、大変なノエルの世話に見合った額ではないだろう。終幕の灰身団は裕福ではないので、団員は必然的に質素になるのである。
「褒美としてまとまったお金はあるからな。ノエルの分もあるし、お金の勉強も兼ねて二人で好きなものを買ってきてもらうか」
病室から動けないし、好きなものが何か知っている訳ではない。ノエルはともかく、奈々子とは付き合いは短かった。
「ついでにうちらの分も頼も」
リビーの後押しもあり、代美はノエルと奈々子を呼んだ。肌身離さず夢幻を佩いていることに、代美は微笑ましい気持ちになる。
ノエルは用事がなければ会いにこないのだが、夢幻を得た当日には自慢しにきていた。なので、夢幻を見るのは初めてではない。ノエルに合ったよい刀だ。先生の刀と性能は似通っているようである。
代美はリビーと共に銭を分けて渡す。出ところは銘々のところからである。ノエルの分は代美が預かっていたし、ただ奈々子の分は代美から出している。
「これで何かを買ってきてくれ。奈々子、ノエルは金勘定が乏しいから、一緒についていって教えてやってくれないか」
「分かりました」
ノエルは物欲がないので、既に銭を持て余しているようだった。武具を買える場所には連れて行ってないこともあるだろう。それらを買うには手持ちでは足りないだろうし、必要となればそれらは灰身団が支給してくれる。
代美はノエルを引きずってでも街に行ったことはあるが、行き先は吟味していた。
「二人は何買うんやろうな」
「奈々子は現実的だし、日用品とかじゃないか。それか貯金していそうだ」
「いや、しっかりしているようでまだ幼いからな。玩具かもしれん。ノエルは……食べもんか? 済ました顔で食い意地張ってるしな」
「小さい体にしてはいっぱい食べるんだよなあ」
本人に聞けばそんなことないと言い張るだろう。だが、食事を目の前に用意していれば、どんな量でも全て平らげてしまうのである。ノエルの腹はどうなっているのかと本気で不思議だ。
買い物帰りに、奈々子は直ぐにやって来てくれた。ノエルは愛想なく、鍛錬しにいったらしい。
代美とリビーの分は完全にお任せだったので、わくわくしつつ報告を聞く。
「ノエルは団子を買える分だけ食べていましたね」
「へえ。ノエルは団子が好きだったのか……」
「いえ、前にも食べたことがあったからみたいです。あと勘定が面倒臭くなって大量に買ったとか。食べたら直ぐに鍛錬に向かいましたよ」
「そういえば、前に連れていったことはあるな」
「いや、実は団子が好きかもしれへんよ。食事に関しては否定というか、適当な返事するし。これ好きなんって聞いても、いや? としか言わんやろ?」
「好き嫌いしないでなんでも食べるからなあ。奈々子は何か買ったのか?」
「私は着物です。元々欲しいものがあったので、私の手持ちからも奮発してよいものを……」
「へえ、可愛いやん!」
「奈々子に似合いそうな柄だな。……ノエルにも、このぐらい女らしさがあればいいのだが」
「勧めようとはしましたよ。見向きもしませんでしたが」
「だろうなあ」
奈々子はごそごそと荷を漁る。
「お二人には…………売り歩いていた唐辛子売りから買ってきました。薬効があるので、丁度いいでしょう」
「う、嘘やろ?」
「冗談だよなっ、そうと言ってくれ!」
お任せだったといえ、唐辛子はない。薬は毎日十分にもらっている。
「はい。嘘です。本ですよ。暇つぶしにいいと思って、貸本屋から借りてきました。読み終わったら私が返してくるので言ってください」
「よ、良かった……」
「冗談上手すぎるて。真顔で言わんといてや」
「上手く騙されてくれたようで何よりです。ああ、これ余りのお金です」
「ああ、貰っていいぞ。奮発したなら、ちょっとでも手持ちは多い方がいいだろう」
「うちの分もいいで。ありがたく読ませてもらうな。おっ、これ面白そう」
「奈々子、今日も含めていつもありがとうな」
「……いえ。では、日頃の迷惑料としてもらっておきます」
奈々子は早足に出ていった。代美はリビーと顔を見合わせる。
「あれは照れてたな」
「今度、あの着物を着た状態で見せてもらおう。そして、うんと褒めようか」
「それがええ」
奈々子はしっかりとしていて、なんでも上手くこなしてみせる。それは立派なことだが、できないことに甘えて庇護される子どもらしさはない。
そのことで、奉公人の中では浮いたところのある女の子だった。親がいないというからしっかりならざるえなかっただろうが、このように垣間見えた奈々子の子どもらしさを大切にしたいと思った。できるからこそ褒められ慣れていなさそうだ。
リビーと話し合ったり、奈々子を可愛がったり、ノエルを心配しつつもゆっくりと穏やかな日々は続く。そんな部屋に籠った生活だから、外からもたらされる情報は驚きが多い。
「……え? ノエルと仁が?」
「はい。一緒に仕事をしてくると」
それは、好一対を組んだということである。
「茜さんからは言われていないが……リビーは何か聞いているか?」
「聞いてたら、代美も知っとるはずやろ。仁も何も言ってなかったけど、突発的にそうなったんか?」
代美は無意識に、ノエルと好一対を組めるのは代美だけだと思っていたらしい。そのために代美にできることを考えてもいたので、小さくない衝撃を受けることになった。




