第二十七話 鍛冶
刀が出来上がるまで、十日は必要らしい。ノエルは初日に鍛錬を、特に梅蔵に指摘された抜刀を中心的に鍛錬した。姿勢に関しては、カティンカとその他大勢に断わられたので一旦保留にしてある。
二日目になっていくら先生の刀と同じものでなくとも、ノエルの刀になるのだからと気になった。鍛冶屋の場所は覚えていたので、見に行くことにする。
「何しに来た、ちびっこ。ここは遊び場じゃねえぞ」
あっという間に梅蔵に追い出される。何か言う時間も与えられなかった。そのまま引き返すには興味がありすぎたので、内部には入らず外からこっそり覗きこむ。梅蔵は道具を準備していた。拳より一回り大きく歪な形をした岩のようなものを大きな音を出しながら叩き始め、いくつかと割っていく。
あんなのが刀になるのだろうか。どのような工程を経るのか知らないので疑っていると、梅蔵がぴしゃりと戸を閉める。顰めっ面だった。戸は開かなくなってしまったので、諦めて鍛錬をする。認められないのが悔しくなって、抜刀を磨いていく。模倣の手本がないので、そこまで捗りはしない。だが、姿勢よりは手ごたえがあった。
その次の日も鍛冶屋に行く。
「見ていい?」
「駄目だ。気が散る」
先手を打って言ったのだが、すげなく断られる。
もしかしなくても嫌われている? 代美ほどでないにしろ、ノエルはそこまで人に好かれる性格をしていないらしい。皆が厳しかった。
追い出されたが戸は開くようになっているので、少し開けて覗き込む。梅蔵は気付いるようだが、何も言わない。
「ええと、何しているんだ?」
困った表情の男が二人、外側から声をかけてくる。えらい綺麗な顔してるな、と人の顔を見るなり呟かれた。
「見てる」
「興味があるのか?」
「ん。わたしの刀だから」
「ああ、あんたがそうなのか。こんなところじゃなんだし、中に入って見なよ」
招かれると、腕を組んだ梅蔵と真正面から相対することになった。その手に持つ槌が脅威になりそうなので、二人の男を盾とする。
「何勝手なことしやがる」
「親父、いいだろ。外じゃ可哀想だ」
「まだ子どもだ。危ねえだろうが」
「子どもだとしても、物事の判別ぐらいつくだろうさ」
「それに子どもの前に一人前の灰身上なんだ。危険なことは、俺らよりも分かっているかもしれないぞ」
「危険なことしない。大人しくする」
男を間に挟んで梅蔵に物言う。考え込んでから背を向けられたが、何も言わないということは許可してくれたのだろう。
「良かったな、嬢ちゃん」
「ん」
「ほれ、椅子持ってきてやるよ。離れたところで見ときな」
「熱くなったら構わず外に出ていいからな。水は持ってきてるか? 汗かくから、倒れる前にこまめに飲むんだぞ」
「おい! ちびっこに構ってないで、さっさとやるぞ! だから気が散ると言ったんだ!」
梅蔵でなく、この二人のことだったらしい。梅蔵の手伝いでもするのだろうか。
確かに最初の内から気が散っているようでは、いい刀はできなくなってしまう。
「わたしは気にしないで」
そうは言っても、男二人はちらちらとノエルを見てきた。その度に叱られていて、懲りないなと思う。ノエルの刀が懸かっているのだから集中して。
三人で手分けして長方形の板である金属を叩いて伸ばし、半分に折り返して重ねてはまた伸ばしていた。泥水をかけ、火に入れたりしながら二日間、同じことを繰り返す。
ノエルは鍛錬を大きく削り、できあがりまで見届けると決めていた。その間に聞いたことだが、初日の歪な岩のようなものは玉鋼というらしい。いくつかと割っていたのだが、熱して叩くことでまた一つに合わさっていた。それが長方形の板の金属となり、つまり梅蔵たちは同じものをひたすら打っていたのだ。
「そこまで打つ必要はあるの」
「じゃないとむらができるからな」
ずっと見ていたが、その違いはよく分からない。大人しくしないと追い出されるので、それ以上文句は言わずに見続ける。
昼は鍛冶屋だったり、一膳飯屋で共に食べた。いつもと異なる行動に、昼食のために呼びに来てくれる奈々子は怒り狂った。灰身団で食事をとらなくともいいが事前に知らせろと、前にも同じことを言っていたことを忘れていたことが理由だ。
最初に鍛冶屋まで探しに来ていたときは仁に案内させていて、軽く怒られた。次は気をつけたいと思う。二度あることは三度あると奈々子に言われたのには、可能性は高そうだと同意した。そしたら余計怒られた。小言も多くなって、ノエルは大変なことになった。
男二人は親切でお節介な分、梅蔵は態度が変わらず冷たい。だが、刀作りへの想いは熱く、一心に刀と向き合っている。槌をただ振り下ろしているように見えるが、息子兼弟子だという男二人に角度だとか力の加減を細かく指導しているのを聞いて、考えを改めることになった。
ノエルは刀の元である金属を練り鍛えることを、鍛錬と言うことを知る。
「わたしも鍛錬する。同じ」
「その鍛錬は、元々鍛冶屋の意味合いの鍛錬からきているんだぞ」
「そう」
「その金属と同じくらい、己の体を鍛えろってことだな」
「わたしは、鍛錬している」
梅蔵の熱意に劣らぬどころか、それ以上にだ。
刀作りを見る日々が続いているが、少しの時間を見つけたら鍛錬をしている。
「ちびっこ程度の時間では、まだまだ足りんわ」
「……鍛錬の途中だから」
「はんっ。そうだろうよ」
その言葉で、ノエルは梅蔵に認められた気になった。おそらく、間違ってはいない。
七日目にして、金属は刀を作っているのが分かるぐらい形ができてきた。梅蔵が座りこんで、片腕で金属を火造り箸で掴み、もう片腕で槌で叩く。男二人は立って、柄の長い槌で同じように叩き込む。
三人での叩き合いと動きが大きいことで、佳境に入っていた。この段階まで来ると、男二人はよそ見などしない。ノエルは三人もいるので、椅子なしで見える位置へと移動する。
鍛錬と同じ名称があることから、刀匠とは剣士に通じるものがあると思った。槌が剣代わりに見えんこともない。でたらめでなく、的確に叩いていることを知っているので、相手の急所を狙っていることにも通じるだろう。
その後は鑢で整えたり、炎で焼いて急速に冷やしたりとしていた。仕上げを施すと、刀身はできあがる。鞘師と柄巻師を経由して、刀はノエルの元に回ってきた。
「完成だ」
長い時間かかってできた刀である。その工程を側で見てきたこともあって、感慨深かった。刀身は見たことはあるが柄があり、改めて鞘から抜いて見るのでは印象は大違いだ。
何物でも切れそうな鋭利な刃は白銀で、光の下で傾ければ光を鈍らすことなく反射する。機能美のあるよい刀だ。
「文句は言わせねえぞ」
「……もう、言わない」
いつかの不満は消えている。先生のもいいが、得てしまえばノエル専用の刀の良さに魅せられてしまっていた。憧れに修正を入れて、ノエルとその刀で想像してみる。とても、いい。
「すぐ飽きると思ったが、よくもまあ最後まで見続けたもんだ」
「そう」
「俺の刀だ。大切にしろよ」
「わたしの刀だよ」
「いや、」
「わたしの刀」
「俺の銘が入ってるのに、強情な奴だ。そういうところはちびっこだな。定期的にもってこいよ。俺が直々に研いでやる」
「なんで?」
「そりゃ、整備してやんねえといけないからだろ。…………自分で手入れしたことぐらいあるだろ? やったことねえとか言ったらとっちめるぞ」
「ある」
「ならいい。これからは真面目にやることだな」
これまで真面目じゃなかったことが見破られる。
大量生産の刀はともかく、ノエル専用の刀だ。愛着はもうあるし、それはもう丁寧に手入れをすることだろう。
「その刀は……そうだな、『夢幻』と名付けるか」
「『夢幻』?」
「お前に合ってるだろ。和人の刀と剣技に拘っているんだ。自分と他者は違うのに、そっくりそのまま、そんな夢幻を追い求めているからな。それに『げん』繋がりがある。和人の刀は『玄酔』なんだよ」
「梅蔵は、先生のことをよく知っているの」
気になっていたことを、もう大人しくする理由もなくなったので尋ねる。
「あの野郎も俺の刀をくれてやったからな」
「玄酔はどこにあるか知ってる?」
「ああ、最後に研いでやったからな。今は――いや、やめとくか。お前にやられるとは思えないがな」
「むう」
梅蔵は固く口を閉ざした。息子兼弟子に目を向けるも、無理だと苦笑される。
「お前の刀ができたからいらないだろ」
「それとこれとは別」
「……そうか。小刀もこれから打ってやるから、それで我慢しとけ」
「……」
肯定しないでいると、髪の毛をくしゃくしゃにされた。いまだ髪は一人で纏められないのに……まあ、汚くともいいか。奈々子に何か言われるだけだろう。そのときは梅蔵のせいだと強く言っておく。
「お前は、あいつみたいになるなよ」
低く、重たい声だった。
頭に手を置かれ続けているので、ノエルは大きく首を横に振って跳ねのけた。




