第二十六話 ノエル専用
仁は着流しと楽な格好でいる。共に黙々と歩いていくのは、代美とリビーがいなくても変わらない。町人の賑やかを通り越して騒々しく話しているのが、お喋り好きな二人の代わりとなっていた。
ノエルは浮足立ちながら、町並みに目を向ける。いつもは気にもしなかったが、町のどこかにノエルの刀を打つ刀匠の鍛冶屋があれば興味が湧く。どこにあるのだろうか、と一つ一つ見ていく。
大店はともかく小店はどれも同じような構えをしている。看板を除けば、通りからどんな店かは判別つきにくいものだった。ただ看板は絵が描かれているし、代美に文字を教えてられたことから、ノエルでも何の店かは分かるようになってきた。以前までなら、絵以外の看板はさっぱりだったろう。
鍛冶屋探しのために歩みの遅いノエルを、仁は時々足を止めて待っていた。仁は鍛冶屋には用がなく、ノエルを案内することが目的だ。ノエルから合わせることはしないでいると、とうとう仁が口を出す。
「鍛冶屋はまだ先だぞ」
「どのくらい?」
「この辺りではないな。鍛冶屋はこんな通りで営んでいない。区画で寄り集まっているんだよ」
「そう」
ノエルは仁に追いつき、次は佩いている刀に目を向ける。大量生産でない、仁専用の刀だ。リビーの刀もそうなので、共に仕事をすることが多い四人の中ではノエルだけが不格好な刀を使っていたのだ。
「仁は、いつから灰身上になったの」
「つい最近だ」
「……」
「なんだよ」
「別に」
「口に出すぐらいだから、なんかあるだろ」
ノエルも灰身上になったのはつい最近である。それなのに、この差。ノエル専用の刀を打ってもらうことになっていなかったら、大量生産のと交換してやったところだ。
「別に」
「なら、いい」
仁との付き合いはあっさりとしている。要件が済んだら無言に戻るのは、楽でいい。
と思っていたら、話しかけてきた。
「代美とはどうだ」
「……?」
「うまくやっているのか。今、助けもなしで一人で生活しているんだろ」
少し悩んでから、率直に応える。
「別に」
「それ、口癖になっていないか?」
「ん……」
だって、よく分からないのだ。代美がいないのだから、うまくやっていくもない。奈々子に置き換えるなら分かるし、否と答えられるのだが。
深く考えるのは嫌になって、やはり率直に答える。
「よく分からない」
「そうか」
「……」
「…………ノエルは、昔の記憶がないんだってな」
今日の仁は何なのだ。よく喋るな。
「……」
「な、なんだよ」
「仁、変」
「別に、心配ぐらいしてもいいだろ」
口癖が移っている。たじたじな様子も、そう思う要因となっていた。
そういえば、今日は気怠そうではないな。暇しているようだし、休みを満喫しているのだろうか。
「それで、どうなんだよ」
「記憶、ないけど」
「一切合切か?」
「少しはある」
「どんなのだ」
「家族っぽい人のこと。女」
「ぽいって、確信はないのか」
「ん。顔しか、覚えていない」
「その他にはないのか」
「……面倒くさい」
「は?」
「思い出すの、面倒くさい。とても大変だし、無理だったし。だからやらない。仁も、代美も、一朔も、皆思い出せっていう。けど諦めて。わたしは、いや」
一気に言ったので、大きく息を吸う。疲れた。
「そうだったのか」
「ん」
「どんなに大切な記憶だったとしても、それでいいんだな」
「ん」
「なら、いいんじゃないか」
仁は顔を前に固定して、少し眉を下げる。泣いているようにも笑っているようにも見える、歪な表情をしていた。
「記憶はなかった方がよかったんだろう。ノエルがそう思うなら、思い出さない方がいいだろうさ」
そんな横顔の唇が、小さくも動く。本来なら聞こえなかったのだろうが、風向きのせいで音が流れてきた。
「お前はいいよな」
ノエルは微かに首を傾げる。冴えない風貌であっても灰身上の腕前はある仁なので、少しの動作にも気付いた。誤魔化すように苦笑している。
「悔いがなくて、楽しそうだ」
*
「おぉ」
感嘆と期待の声を上げる。町の端に鍛冶屋は存在していた。外観は別段物珍しくはないが、なんだか風情があっていいように思えてくる。
仁が譲ったので、ノエルが先頭に立って鍛冶屋に入ることになる。その老爺はどっしりと胡坐をかいで、待ち構えていた。
「来たか」
「来たよ」
気分よく返答すると、じろりと見られる。睨みつけられているよりは、見定めている感じだ。
「爺さん、こいつがノエルだ。うんといいやつを打ってやってくれ」
「言われんまでもない。それと爺さんでなく、梅蔵だ。にしても、ちびっこい奴だな。そこに座れ」
「俺の分がねえけど」
「二人くるとは聞いとらん。立っとるか、地べたにでも這いつくばっておけ」
「ひでえな。んじゃ、立っとくよ」
素人目に、鍛冶屋の内部は刀を打つのに適した環境になっている。不必要なものは置いてなさそうで、よくよく使い込まれていた。そのためか、全体的に粗末で薄汚れている。
そんな采色のない空間では異色を放つ、明るさのある簡素な椅子にノエルは座る。おそらくわざわざ持ってきたのだろう。
「俺は灰身団専属で刀匠をやっている。自慢じゃねえが、ここらでは一番の腕利きだ。ちびっこなんかにはそう打ってやる機会はねえ。この幸運に感謝しておくんだな」
「ん」
「じゃあ、さっそく刀づくりの話を進めるぞ。得物は刀でいいんだな。刀匠とはいえ、俺は薙刀とかもいけるぞ」
「刀がいい」
「他に希望は? 背が小さいから、取り回しのきくようなのにしとくか」
「先生の刀と同じのがいい」
憧れをなすためには、同じ刀の方がいい。
「先生? 思い当たる人物は一人いるが、一応名前を聞いとくか」
「んっと、和人」
「当たりじゃねえか。それで、和人の野郎と全く同じものがいいだって?」
「ん」
「ばっかじゃねえのか」
その言葉を呑み込む時間を一口、二口分と得てから、理解が追い付いた。ノエルの憧れを貶されたようで、ムスッと口を線に引く。
「馬鹿じゃない」
「なら大馬鹿だ。せっかくお前専用に打ってやると言ってんだ。それを他人に合わせた刀がいいだと? ふざけてんなら大概にしろ」
「ふざけてない」
「正真正銘の大馬鹿だったか。なら、この刀をそこで振ってみろ。俺が勝手に、お前に見合った刀を打ってやる」
無造作に刀を投げられる。鞘つきだったの難なく受け取り、不満ながらも刀身を抜き出す。
梅蔵は腹立たせてくるが、確かに腕はいいらしい。一目見て、美しいと思った。
「標準的な、癖のないもんだ。大量生産ものと大きな差異はないだろうよ。切れ味は段違いだが」
「何か切っていい?」
「駄目に決まってるだろ。ほら、一通り型をやってみろ」
眼光鋭いことに、見定めはまだ続いていると思った。手を抜くつもりは毛頭なかったが気合を入れる。
一通り、か。それだけじゃ物足りないだろう。ノエル自身が。
今日の鍛錬はまだ行っていない。代美が療養してからは、鍛錬を休むことはなかった。毎日の習慣になっていたところなので、型が終わってからいつもの鍛錬を行う。憧れの先生の刀と同じ軌道をなぞるものだ。最初から最後までやったところで、集中は切れる。梅蔵はふんと鼻を鳴らした。
「和人と同じ刀を作れと言う理由はよく分かった。だが、同じもんは作らん。お前にはお前に合った刀だ。同じ剣筋であっても、男女では体の作りが違うし、身長も全然違うからな」
そんなことはないと言いたかったが、先生の剣技を模倣しようにも、梅蔵の言った理由で完全に同じようにはならない。細部まで模倣しようとしたノエルだから、よく自覚していた。
「抜刀は得意ではないな」
「……ん」
型には抜刀もやった。ただ、憧れのときには見られなかったものなので、他と比べると練度は低い。
「和人は抜刀も見事なものだったぞ。まあ、それはいい。抜刀を主としないなら、特別刃と柄を短くする必要はないな」
「そうなの?」
「ああ。より速く抜刀するのに、その方がいいんだよ。だから、お前に合ったのを打ってやると言っているのに……刀も剣技も和人のに拘りすぎだ」




