第二十四話 きな臭い
「もういったか、ノエルは」
「巻き込んですまなかったな。気を利かせてくれたし……」
「寝たふりなんて、ノエルのあの性格なら必要なさそうやったけどな。それにしても、懐かれとんなあ。話し合いに代美がいるならって、やっと可愛げでてきたやん」
「そう、だな。多少は、そうかもな」
「なんか煮え切らないなあ」
「ノエルは私がいるから安心できると思って言っていないだろうからな」
「そうなん? まあ、代美がそう言うならそうやろうな」
リビーの言葉には代美への信用が見え隠れしている。灰身団に所属してから悪意ばかりぶつけられてきたので嬉しくもあり、慣れないことで照れくささがあった。
「ノエルもそうやけど、他の面子も意外な一面があったな。仁とか、やればあんな礼儀正しくできて……人並みに緊張してたし面白かったわあ」
「ドムの態度とかもな」
「僕がなんだって?」
「うわっ」
「そんな熊にでも遭遇したような反応しなくともいいだろう。で、何がそんなに以外だったんだ?」
「ばっちり話を聞いているじゃないか……」
「一朔に頼まれたし、そもそも君たちは僕の患者だから配慮してたんだよ。ほら、さっきの話の間で悪化して痛む部分はない?」
「盗み聞きは配慮ではないと思うが……大丈夫だ」
「うちも同じく」
「じゃあ話の続き。僕が一朔に好意的なの、そんなに驚きなんだ」
「分かっているなら、わざわざ聞くなよ……」
「呼び捨てだし、敬語もしてなかったあたりやけに親しいけど、交流があるん?」
「まあね。そもそも一朔に誘われて、灰身団で医者をやってるぐらいだし」
「へえ、そうだったのか」
「僕以外にも多いと思うよ。一朔は目利きもいいからね」
噂以上に一朔は優秀らしい。交友関係が狭すぎる代美であっても、茜だったりそこらで皆が話していて大体の人物像は知っていた。
終幕の灰身団には各地に四か所の支部と、代美が身を置いている本部がある。本部が中核となっているので、本部長である木丞は灰身団の頂点といえなくもない。灰身団を運営する当主の長塚を除けば。
長塚は滅多に表には出てこない。運営といっても、寄付でのやりくりが主だ。その他の業務は本部長に任せているし、何か事があっても侍従の一朔を介して指揮する。
当主に代わって、一朔は適切な指揮をとる。欠点など一つも聞かないその優秀ぶりに、今日初めて会ったときには仁と同じくらい緊張したものだ。といってもノエルの呼び出しまでに、生真面目そうな見た目に反して気さくな人柄が判明したことで和らいだが。
当主の補佐と代理の権限により本部長より上の立場なのだが、驕ることのない姿勢には好印象だった。優秀さも垣間見られたこともあって、茜とドムがべた褒めなのも納得がいく。茜に関しては、異性として意識しているのもあるが。
区別なく平等に接する茜だが、一朔に対しては特別で瞳には熱が籠っていた。恥ずかしそうに頬を赤らめている場面もあったので確実だろう。とても可愛らしい。貴重な表情は、後ほど話を詳しく尋ねて見ようと思う。
ドムは語るべきことは語って、やることは終わったものだから出ていった。医者として随一の腕前なので、他にもやるべきことは多いのだろう。それを押して一朔とのために時間をとるのは、茜に負けない熱意がある。
代美は枕元に置いた文を一瞥する。実家からの、ノエルの身元調査の協力への返答だ。
実家は先生の存在がいたから灰身上を続けるのを認めていたので、つらつらと帰ってくるよう述べられていた。代美の負傷についてはまだ知らされていないうちに送り返してくれたのか、まだ控えめなものだ。
返答は――条件付きで了承。予想通りで、ただその条件は実家に帰る旨ではなかった。実質近いものだが、元々代美の務めである。時期が早まっただけだ。流石に逃れるつもりはない。
これでノエルの身元調査について実家の手が借りられる。一朔の方でも手を借りるどころか、進んで調査してくれるので、正直頼む必要はなかったかと思いはする。だが、調査は難航するだろう。本部長に頼んだときでも芳しくなかったので、実家の武家と灰身団と二つの手を用いた方が確実だ。それに、どうもきな臭い。
理性あるヒトカゲは、ノエルを無傷で捕まえようとした。そのヒトカゲを発見しただけでも、一朔が直接話を聞きに来るぐらいとても重要な事柄だ。
ノエルには特別な事情がある。記憶喪失だけでもそうだったのに、ヒトカゲに関わる何かがあるのだ。
代美は一朔に聞かれるがままにノエルの話をしていた。リビーも、仁も、茜もだ。だから、ノエルは一番最後に呼び出されることになった。一朔が聞きたかったことは、ヒトカゲの発見から討伐のくだりだけでなく、ノエルについてもだ。ノエル本人が寡黙なのもあって、関わりの深い者に聞き取りされた。
ノエル本人がもっと記憶を思い出すのに尽力してくれれば、解決に近いのだがな。
代美は疲れてしまって、起こしていた身を倒す。寝具で身を休めるも、深いため息をついてしまった。明るい声が横から聞こえてくる。
「どうしたん? 分かった、ノエルのことやろ」
「簡単すぎたか」
「丸わかりや。今のところ大人しくしてるみたいやし、完治するまでこの調子ならいいけどなあ」
「そうだな。奈々子が頑張ってくれているようだし……その分、文句は多いけどな」
「両方からな。まあ、奈々子は小さいのにようやっとるわ。だからノエルの世話役を押し付けられたやろうけど」
「ノエルは昔よりは成長しているんだぞ? 最初の頃は口も利かず意思疎通さえできなかった」
「うわあ。そこからよう頑張ったなあ」
「ああ。本当にな。……ノエルも、よく頑張ってくれている。褒美はきっと喜ぶだろう」
「すっごい不安やけどな」
暴走する可能性が高いので、ノエルにはまだ秘密にしている。リビーの心配に大いに肯定しつつ、その喜びようを想像して微笑んだ。




