第二十三話 お偉い様の侍従
「連れてまいりました」
仁のいつもの気だるげさはなく、やけに礼儀正しく入室する。姿勢を正しているため、後ろ姿からであってもかなり雰囲気が異なっていた。
「随分と早かったな」
「屋敷周辺にいましたので」
代美相手にも敬語を用いている。ここは代美とリビーの病室だ。二人は身を起こして、仁をじろじろと見ている。ノエルも、仁の変化には違和感があった。
室内を見渡すと、他にも茜と医者だというドム、そして壮年の男がいる。この男が、仁のいうお偉い様か。
ノエルはカティンカを探していた最中での呼び出しだったため、応じはしたが不満だった。
これからも灰身上を続けていくなら、逆らうべきではない。この男は終幕の灰身団に置いて、高い権力を持っている。仁から事前情報を聞いて、なおさら理不尽に思っていた。
「君がノエルか?」
「……ん」
仁は仁で、ノエルはノエルだ。いつもの調子を崩さないでいると、代美は額に手を当てている。口には出さないところ、代美も仁と同じように態度を変えていた。
「急ですまなかった。なにしろ今日話を聞いて、早い内に直接聞いておきたかったものだから。――私は一朔だ。終幕の灰身団の代表である、長塚様の侍従を任せてもらっている」
隙が無い。お偉い様と聞いて、ノエルは第一に強者かどうかを観察していた。支部長のときと同じ過ちを犯すのは、二度とご免だ。
一朔は負傷して立つのも難しい代美とリビーに合わせてか、正座して微笑している。警戒心を解くような、安心させるものだ。細身なこともあって、機敏に動き出せそうにない。そう見てとっても、それでも、隙が無いと思ってしまう。
「立っているのもなんだから楽にしてくれ」
「はい」
洗練された様だから、そう思うのだろうか。仁に続いて、適当な場所に座る。不自然にならないように、一朔と少しだけ距離をとって。
「そう警戒しなくとも、別に取って食べたりはしないさ。木丞との件があるけれど、目くじらを立てるつもりはない」
目敏さに、ノエルは一段階警戒を上げる。それも一朔は感じ取ったのか、苦笑した。そこに茜とドムから援護が入る。
「一朔さんは誠実で、信頼できる御方よ。私達奉公人はとてもお世話になっているのだから」
「本部長と比べるまでもなく、優秀なんだ。細やかなところまで目が行き届いている」
「そこまで言われると照れるな……。木丞も優秀で、いつも頑張っているぞ?」
「本部長は情けないから。一朔と比べれば、天と地がある」
「いつも思うが、それは過大評価しすぎだ。勿論、私は私ができる最大限で務めているが。……と、いけない。私の話はいいんだ。それよりも本題に入ろう。ノエル、いいかい?」
こくり、と頷く。
二人の意見と本人の言葉もあるし、大丈夫だろう。本部長のように殴ってはこなさそうだ。元々灰身上だったという本部長のように、そんな実力があるかどうかは判別できないが、できる男と暫定的に認識しておく。上げた警戒は下げていた。
「……それで、ドムはいつまでいるんだ?」
「話が終わるまで。なんせ、最速の無茶人が、また無茶しないよう監視しないといけないから」
「私をダシに使うのか!? それにこれまで監視していなかったのに、今更過ぎるぞ!」
「ドム」
「別にいいだろう? 茜だっているじゃないか」
「わ、私はノエルと代美さんの専属なので……」
笑顔が少し曇っている。やましいことがあるようだ。
どうやら茜とドムは、余程一朔を慕っているらしい。一朔という名前も、長塚の侍従をしているのも初めて聞いたのだが、それほど有名なのだろうか。それがどれだけ偉い立場になるかはよく分からない。
代美と仁だけでなく、リビーも大人しくしているので、ノエルも同じように習っておいた。さっさと話を済ませて欲しい。
ドムに関して仕方なく一朔が場にいる者全員に許可を取ってから、ようやく本題に入る。
「理性のあるヒトカゲについて、話を聞きたいんだ。なにしろ、存在自体からヒトカゲが語った内容も、初確認だ。一応木丞から聞いているが、当事者からも聞いておきたい」
「話す内容は一通り話しましたが……それを含めてですか?」
リビーが言う。
「ああ。内容は重複していいし、私としてはそれ以上のより詳しい内容が欲しい。また、直接ヒトカゲとまみえた君たちの考えも聞いておきたいな。本来なら一人ずつ個別に話して欲しいが、そこまでは時間をとれそうにない。誰か一人ヒトカゲと遭遇にいたった経緯から話して、不足や意見があったら他の者が補足してくれるか?」
「分かりました。なら代美、頼めるか? あのヒトカゲから色々言われてたんやろ」
「ああ。だが、痛みからそこまで周囲を把握していた訳じゃないから、補足は頼む」
「任せとき。最後の方は意識が朦朧としてるで難しいけど」
「そこら辺は俺が言う」
「ノエルも、何かあったら言うんだぞ」
「ん」
その何かは、ヒトカゲの【服従】によって代美と装っていたのを見破った理由を言うだけで終わった。後は三人が十分に話してくれるが、一朔はそう思わないようで時々ノエルにも聞いてくる。
個人の考えなんかは戦うのが楽しかったぐらいだが、そういうのは求めていなかった。他には、と言われたので、もう黙っておいた。任せておけば、話は長くならない。
「――という感じですかね」
「なるほど。よく分かった。話すのも大変だろうに、感謝する」
「いえ。お役に立てれば幸いです」
「ああ。世のため人のため、活用させてもらおう」
「本当ならば討伐するのでなく、捕獲できたら良かったのでしょうが……」
「それは難しいことだろう。ヒトカゲはまだまだ謎だらけなのだから危険だ。君たちが生きて帰ってきてくれて良かった。負傷してしまったのは心痛ましいが……完治するまで、ゆっくりできるよう手配しておこう。自分のことを優先し、よく休んでくれ」
「ありがとうございます」
ゆっくり、で反応しそうになったが、代美の口パクによる「た・ん・れ・ん」で納得した。姿勢で行き詰まっていることだし、鍛錬に集中すればいいか。仕事でヒトカゲを斃しにいくのは、楽しみにしておこう。
「それにしても、やはり不可解なのはノエルを無傷に捕獲しようとしたことか」
「心当たりも何も、記憶が空っぽでさっぱりなんだろう? 中々興味深いね」
「……ノエルと一対一で話がしたいな。個人的なことだし、使える部屋はあるか?」
「はい。案内しますね」
「ええー、僕は?」
「ドムは仕事。長話をさせてしまったし、二人の体調を見て欲しい。頼んだぞ」
「頼まれたら仕方ないな」
「ノエルもいいかい?」
「……代美も付いてくるなら」
「えっ」
だって、二人きりとなれば本部長みたいに豹変する可能性があるかもしれない。一朔への警戒は下がっていて、ないのと同じくらいになっていたが、万が一を想定しなくてはならない。
代美を選んだ理由は本部長の躾の際、唯一とめようとしてくれたからだ。結局できやしなかったが、あの頃よりはノエルは成長している。盾ぐらいにはなるだろう。
「私はまだ動けそうにないぞ」
「なら、この部屋で話をしよう。リビーがいても大丈夫か?」
私に言っているらしい。
「ん」
「よし。なら、ここで解散にしよう。情報提供に感謝する。ドムも一旦退出だ」
「……はあ。分かった」
ドムは名残惜しそうにしていた。茜も、同じようにしていて、一朔を見ている。ノエルの視線に気付いたら、ほんのりと頬を赤らめて出ていった。
「失礼ですけれど、うちは寝させてもらいますね」
リビーは布団を頭から被る。息苦しそうだ。
「じゃあ、ノエル。さっそくだけど君の記憶について。本当に何も心当たりはないのか?」
「ん」
「ならば質問を変えよう。どの程度、記憶が残っている? 話すのにはなんら別条ないみたいだね。だが、それ以外は自身の名前と、君と家族と思われる存在を除いて覚えていないと聞いている。本当に、それ以外は記憶にないのか?」
「ん」
「即答か。少し時間をかけてみてもらっていいか。ヒトカゲの謎を明かすため、君の記憶にかかっているかもしれないんだ」
そう言われても、記憶の大部分が欠落している。記憶にないものはない。……というのは、面倒くさいだけの言い訳だった。
ノエルは深刻に思っていないため、よくよく記憶を探ってみたことはない。それよりも、憧れに記憶を馳せている方が有意義だ。
「謎を明かすことは、ノエルの望む強敵に出会えることに繋がるかもしれないぞ」
それなら、多少は探ってみるか。
やる気はでるが、おそらく残っている記憶は点と点で、繋がりはないと思われる。欠落部分が大きすぎるのだ。ヒトカゲから連鎖的に思い出そうとしても、何も出てこない。そもそもヒトカゲの知識すらなくなっていたのだから、最初から無理な話だったのだろう。
ノエルは手早く諦めた。無駄なことは嫌いだ。
「ない」
意識を現実に戻すと、一朔と代美が真面目な表情でいた。じっとノエルを見ていたようで、どちらも簡単に目が合う。
「そうか。ならば、どうしようもないな」
「一朔殿っ、思い出すのは無理でも、手掛かりはあるのです!」
「ああ、聞いている。そちらからも調査しておく。だからノエルも、無理は禁物だがよくよく記憶を探っておいて欲しい」
「……ん」
多分しないが、返事はしておく。胸中を察してか、代美は睨みつけてきた。それに気づいていない一朔は満足して、去っていく。
いらぬ警戒だった。一朔のその様子に、ノエルは興味を失う。時間をとられた以上の実害はなく、リビーのような強者ではなさそうだ。打ち合えることは望み薄である。
ノエルは布団を引っぺがして、寝たふりのリビーを確認する。代美と同様、早く元気になって欲しいものだ。
リビーは呆れつつ「まだまだ無理や」と包帯の巻かれた腹を分かりやすく見せてきた。触ろうとしたら、激怒される。もう用事はなくなったので、ノエルはカティンカ探しを再開した。




