第二十一話 才能がないからこそ
「死んだか」
ヒトカゲはそう察する。旅装姿であり、菅笠がお気に入りだった。庶民向けの安物だが、男にとっては大切なものである。
「ノエル、って言っていたよな」
菅笠で日差しをよけつつ、得た情報から考える。
「無関係な線はなくなったな。本人ではなさそうだが――いや、まだ分からないぜ。憶測でものを言うのは簡単だ。俺はその裏の裏まで調査しなければならない。……できるか?」
現在のヒトカゲは力が半減している。単純にその能力が不足していて、灰身上と再度ヤり合うのは避けたい。
「あの人間が土壇場であそこまで粘るとはな。ちょっと予想外だ。結局誰一人殺せてないし……喜んでもらえるからいいか。俺の名前は勿論伏せておこう」
ヒトカゲはくつくつと笑うと、不自然に影は揺蕩う。一般的なヒトカゲに影はできない。影がヒトカゲだからだ。少し掘り下げるなら、影から産まれたのがヒトカゲだからだ。影とヒトカゲは同一なのである。だから、この影は見せかけのためにあった。
肌色の両手を大袈裟に広げつつ、盛大な独白を続ける。
「転換期か? 臣下が一体死んで、ヒトカゲはより統率がとれなくなった。そのせいで動きが活発化している中、更なる混乱の渦となるノエルの存在……。さあて、どうなっていくかな」
ヒトカゲ――ネロは、人間のように地を足で歩いていく。菅笠を軽く上げ、口端を吊り上げる表情が顕となる。日差しが直接当たるのも苦と思っていない。
「調べなきゃいけないことがたんまりだが、そこそこに。出遅れない程度には急ぎつつやっていくか」
*
全身を寝床に委ねて、動かないようにしていた。それでも体の節々が痛むので、息を潜めるように呼吸する。治療を施してくれた医者のドムに、代美は目だけを動かして見遣った。
「分かりきったことだけど、完治するまでは安静にだよ。よくもまあ、こんな怪我を負って生きて帰ってこられたもんだ。鎮痛剤いる?」
「い、いる!」
「だよねー。じゃあ無茶しないようにね。そう言っても大抵の灰身上は無茶するんだけど」
ドムは終幕の灰身団に務めていて、負傷した灰身上を救ってきた実績がある。医療の進んだ海外から渡来してきた医者なこともあって、腕前は随一なのだ。優し気な風貌とポヤポヤとした雰囲気が相まってとてもそうは見えないが、治療は淀みなく手早かった。
代美達は下山し終幕の灰身団に連絡を取った後、近場なこともあって迎えが来てくれた。現在は本部まで帰ることができ、治療を受けられたのである。
代美は腕や足を添え木で固定された上で、全身包帯人間となっていた。ドムはその次に、隣の患者の診察をした後部屋から出ていく。隣の患者であるリビーは、代美と同じ体勢で疲れ切った声を出した。
「あー痛い。命あるだけいいけどなあ」
「そうだな……すまない」
「今の流れで謝る要素ある? 別に代美が人質になった以前に、うちの慢心が招いたこともある。あんな強いヒトカゲがいると知らなかったとはいえ、無謀に山の探索に向かったんやからな」
「でも」
「でもやない。謝罪は飽きた! ……次そうならなきゃいいんや。うちも実力つけて、あんなヒトカゲ瞬殺できるようになってやる」
「…………私も」
「お?」
「私も、そうなれるように頑張る」
「よく言ったあ! 代美! うちも応援するからな! っていたあ!?」
「……なにやってんだ。自滅とかあほらしいぞ」
仁は様子を見に来てくれたらしい。呆れつつ、不躾に見てくる。症状を見ているのだろうが、二人とも身綺麗とは程遠い。思わず身じろぎすれば、リビーの二の舞となった。仁が更に呆れたことは、見なくとも分かってしまう。
恥から目を逸らしていると、仁の他にもノエルが来ていた。ちょこんと座っている様は可愛らしい。髪が乱れていることを除けば。
「代美。直ぐ元気になって」
短い言葉には懇願が籠っていた。いつもは平坦なので、何かあったのだろう。代美は髪の惨状から、理由は既に察していた。
「なんでだ?」
「代美がいないと、大変。奉公人が……酷いの。後うるさい」
これまで代美はノエルの世話をしてきた。そうしないとノエルはまともな生活を送ることができないし、やる気もないからだ。だから代美の代わりとなる世話役として、奉公人を専属でつけてもらったのだが、開始早々合わなかったらしい。
不満だらけな様子に、代美は少し意地悪することにした。ちょっとは代美の苦労を知るがいい。
「私は当分、自力で動くこともできないからな。頑張れ、ノエル。自立するいい機会だ」
「や。直ぐ元気になる。代美がいないと、駄目なの」
「……」
「元気になったら、刀は返すから。ね、お願い……」
焦ったノエルに、止まっていた思考が動き出す。ノエルはうっすらと涙を浮かべていて、端正な容姿もあって罪悪感が芽生えてくる。
だが、ノエルの言葉の方に気持ちがいった。代美は確認するために問いかける。
「私がいないと、駄目なのか?」
「ん」
「私じゃないと、駄目なのか?」
「んっ」
「そうか……ふふ、そうなのか……っ」
ノエルの隣に居続けるため、代美は才能がなくとも実力をつけてやろうと決めた。それはヒトカゲとの戦闘後にノエルから『帰ろう』と言ってくれて、求められていると勝手に解釈した嬉しさからだった。その居場所づくりは、どこでもいい訳ではなくて。ノエルの危うさもあって、ずっと隣で見守り続けたいとも思うようになっていた。
才能がないので、難しいことだろう。だが、ヒトカゲとの戦闘で、突破口は見つけている。それでいて、ノエルは代美じゃないと駄目だと言ってくれた。求められた確かな事実もあって、涙がとめどなく溢れてくる。
「代美、よかったなあ……!」
「ああ、ほんど、よがっだ……!」
「うわ……」
「元気、なる! わたしの世話、する!」
「わ、わがっだ! ずるがら、やめろおッ」
了承していなかったことで、ノエルが実力行使をしてきた。本気で痛い。鎮痛剤はまだ効かないのか!?
騒がしさもあって、医者のドムが戻ってくるほどだった。「最速の無茶人だ」とノエルと仁の排除にかかる。仁は巻き込まれただけだが、文句なく帰っていった。
ドムの苦言の後は静かになるが、いなくなったのを見計らってノエルが再度やって来る。隠れているつもりか、布団を頭から被っていた。長屋でも本部長相手にやっていたが、布団最強とでも思っているのだろうか。盾じゃあるまいし。面白おかしいな。
「どうした、ノエル」
「憧れの報告ある」
ノエルは憧れが関する話は饒舌になる。好きなことを語るのは楽しいのだろう。前に尋ねたときがそうだった。今回はノエルから語ってくれるらしい。ノエルの理解が深まるので、代美は聞き漏らしがないようする。リビーもそういった事情を把握しているので、口を挟まず静かにしてくれる。
「憧れの要素に、強さが必要だった。命を懸けるぐらいの強敵がいる」
「……そうか」
「あのヒトカゲと戦うのは、とても楽しかった。だから、ほんとに、直ぐ元気になって。強いヒトカゲと戦いたいの。仕事、二人じゃないと行けない」
「わ、分かった」
「ん」
満足したらノエルは去っていった。布団は放って、残している。誰が片づけるんだ、これ……。
「難儀やなあ」
「ほんとにな。だが、悪くない」
強敵相手でも、代美を連れて行ってくれることだ。協調性が身に付いたというより、逆だろう。どうにも、ノエルは一人でヒトカゲと戦いたいらしい。弱い代美を連れていくことはそういうことだ。
「才能がないからこそ、良かったのかもな」
だから、ノエルの隣にいることを許される。まあ、才能があったら、居場所探しに悩むことはなかっただろうが。
ノエルの憧れに対する拘りと、想いは強い。記憶喪失に頓着することなく奔走する様に、ついていけるだろうかと代美は苦笑いした。
第一章完。
→第二章「下下は咆哮せよ、運命は巡る」
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