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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第一章 欠落少女は憧れを胸に抱く
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第二十話 憧れの要素

 代美の体はそれこそ最初から悲鳴を上げていた。勝手に体を動かされる違和感の恐怖から、痛への悲傷に変わったのは速い。身体能力を無理やり増強させられて、限界以上に動かされていた。右腕を逆方向に曲げられるその前からである。

 体が自由に動くならば、代美は泣き叫んでいたことだろう。肉体の痛みはそれほどまでに耐えられるものではない。あげく、ヒトカゲは精神攻撃までしてくるので、心が折れる寸前にあった。


「あの人間、仲間だろうに容赦なく攻撃してくるなあ。見捨てられたんじゃないか」

「役立たずな上、足まで引っ張っている。お前の油断が招いたことだぜ」

「見ろよ。お前の刀で、仲間の腹が空いたぞ。生々しい感触だったな?」

「応急処置できたら死なないだろうが、ヒトカゲはまだいるからなあ。後の奴はそこそこ強めだし、出血死よりも先に死ねるな?」

「その方が、お前にとっては嬉しいなあ。なんせ自分が原因じゃなくなる。まあ、間接的な原因にはなるが」

「ほんと油断しなければ、こうならなかったのにな。【浸蝕】はともかく、【服従】はとてつもなく難しい。精神的な抵抗があるからな。あ、お前の場合は簡単だったぜ。幼子相手でも難しいのにな」

「本当に灰身上か? 全然向いてないから、やめたほうがいいぞ。そうする前に死んでるだろうがな」


 まだ心が折れていないのは、仲間が重傷を負うも全員生きているからだ。だからまだ微かな希望を持てる。


 どうか逃げてくれ。

 代美の命は諦められる。元から覚悟は決めているし、どうせノエルの隣という居場所もなくなって必要とされない存在だ。だが、仲間が死んでしまうのは耐えられない。人から必要とされ、多くの人を助けられる才ある存在なのだ。


 代美個人としては先生の教えを受け継いだノエルにこそ逃げて欲しかったが、その気配は微塵も見つけられない。馬鹿ノエル。この暴言は二度目だが、謝らなくともいいだろう。なんせ真実だ。



 ヒトカゲに殺してやると言われても、ノエルは退かない。代美の体は限界以上に捩じられて、体は変な音を立てる。確実に骨折や罅が入っている。

 渾身の一撃を、ノエルは綺麗に受け流した。掠りもしていなくて、痛みを忘れて笑ってしまう。そう、笑えた。

 ヒトカゲが、代美から離れている。あれだけ罵っておいて、代美を殺しもせずにノエルを操り人形としようとする。そんなの、許してたまるか!


 ノエルが簡単にそうなるとは思えない。だが、もしもそうなったら、ヒトカゲの思い通りになるということで、代美は殺される。それもノエルの刀による可能性があった。

 ノエルに人殺しをさせてはならない。今は支部長によって憧れへの想いは止められているが、一度経験してしまえばどうなるかは分からないのだ。


 折れそうな心は、気合で補強した。少し動くだけで悲鳴を上げる肉体は無視して、ノエルからヒトカゲを剥がすことに集中する。刀で斬るが、ノエルほどの剣技を持たない代美には傷つけないようにするのは難しい。


「ああ、もう自棄やけだッ」


 刀を捨て、素手で引き剥がすことにした。ヒトカゲ相手に素手は完全なる自殺行為である。

 火事場の馬鹿力か、適当に掴んだらあっという間にヒトカゲの大部分を引き剥がすことに成功する。ヒトカゲが【伸長】によって腕を貫くも、もはや遅い。ヒトカゲを投げ飛ばす勢いは、もう止められる段階ではなかった。


 *



 ノエルの腕に纏わりついていたヒトカゲが代美によっていなくなった。力づくで剥がされたのもあるし、それが大部分だったことで、残された部分は灰になったからだ。もはやヒトカゲの大きさは、目に見えて分かるほどに小さくなっている。


「ちっ――まだ心が折れてなかったか」

「諦めの悪い意地が取柄だからな!」


 直撃を避けたようだが、代美の腕は削られて出血している。軽症とは言えないが、リビーとは違って戦闘続行できるようだ。そのリビーは木を背もたれにしつつ守られていて、仁は二体のヒトカゲを同時に斃した。ヒトカゲの加勢は尽きたのか、仁はリビーの手当てをするらしい。それでいい。このヒトカゲは、ノエルが斃す。

 状況の把握後、ノエルは代美の前に出てヒトカゲの触手にしては刃のように鋭い先を斬り捨てる。胸の高まりは萎えておらず、天井知らずで高まり続けている。


「ノエル!」

「下がってて」

「っ、分かった」

「させると思うか?」


 ヒトカゲは代美に狙いをつけている。代美はしたくとも下がることができないことで自衛を取らざるを得ないし、ノエルが守ってやる部分も出てくる。代美単体の実力ならば、協力は許容するか。

 方針を修正したところで、カチリと意識を変える。視界に複数の白銀の線が映し出され、その内の一つをなぞる。ヒトカゲの体を真っ二つにできる軌道だ。代美が人質でないなら、配慮する必要はない。ヒトカゲは大きく回避するので、次に映し出された線を選択して、回避された分だけ前に飛び込んで再びなぞりにいく。軌道上にヒトカゲがいなかったことで、線からずれて斬り込むことになった。


 線は正しいものではなく、ただなぞればいいことにはならない。憧れとなった先生のヒトカゲに振るった刀の軌道なのだ。別のヒトカゲが全く同じ行動をしない以上、ただ線をなぞれば戦闘を有利に運ぶことにならない。

 これを運用するのは、ノエルの憧れへの想いが故だ。憧れをなしたい。先生と同じように刀を振るえば、近いものはできあがる。


 線を映し出し、選択し、なぞるを繰り返す。線は剣技の優れた先生の刀の軌道もあって、ヒトカゲを追い詰めることになっている。頭を全力で使っているせいで頭痛が発生しているが、痛みへの鈍さと頓着さから脇に置く。

 ノエルは熱い息を吐いた。


「楽しい……!」

「狂ってやがるっ!」


 ヒトカゲの攻撃が増すが、より楽しくさせただけだ。もっと、と強く思う。血に惹きつけられたときの想いと限りなく似ていた。

 ()()だ。求めていたものが見つかった。それが何なのかも、直観で分かった。――強さだ。


 ノエルはこれまで代美、カティンカ、その他の一部の灰身上の血に惹きつけられていた。だが、これは血に限った話ではなかった。確かに血は共通点だったが、他にもあった。そのときのノエルを超える実力者だったことだ。だから血がないヒトカゲにも、こうも惹かれている。

 だからノエルに実力を越された代美と大多数の灰身上の血にも、朱墨にも、動物の血にも違うと思ったのだ。


 憧れ形成の要素である、先生代わりのノエル・ヒトカゲか現段階では害せないが人間・煌めく剣技・飛び交う血に加えて、強さが加わる。

 分かってしまえば、なんて簡単な答えだろう。相手が強くなければ、あっさりと戦闘は終わるのだから楽しくないに決まっている。それに先生は最終的に死んでしまったぐらい、全てを懸けて戦っていた。ノエルも全身全霊で戦う必要がある。


 ノエルはすっきりとした心地で、自覚を持ってその強さをもつヒトカゲに挑む。もう代美を狙う隙もなく、防御に必死になっていた。ヒトカゲは余裕を失った声で言う。


「無傷で生け捕りにしたかったが――」

「無理」

「だろうなッ。もう手段は選ばないぜ!」


 望むところである。ずっとそう願っていた。


 ノエルは線をなぞり、ヒトカゲの胴体を横から捉える。ヒトカゲは防御を捨てたのか、避けることはなかった。

 どんな意図があれ、斬る。すうっと吸い込まれるような感覚だった。それは間違っていない。半分まで斬れたが、誘い込まれてのことだ。ヒトカゲが体内で刀に圧力をかける。瞬間的な【修復】で刀との隙間を埋めて、刃を折った。


 ヒトカゲに触れていた刀身はなくなり、軽くなったことでノエルは右に態勢を崩す。ヒトカゲは負傷しているが、人間と違ってどのようにでも攻撃できる。

【伸長】による手数は想定よりは少なかった。黒の片手が伸びて一本だ。ただ、腹部から噴出してくる。それは折れた刃だ。三分の一しかなくなった刃の刀で、どこまで対応できるか。負傷は覚悟し、【伸長】に絞って対処しようとした。ヒトカゲに捕まるよりはいい。


「小刀だ!」


 代美の叫びで、ノエルは難を逃れた。完全に忘れていた脇差の小刀を、左手でなんとか抜く。折れた刃は真下に打ち落とし、刃渡りが短いのを速さで補って触手を斬る。それでも粘着質に追いかけてきて、ノエルは微かに眉を顰める。刀であれば対処可能だったが、不慣れな武器と化した折れた刀と小刀では難しい。


「手こずらせやがって……これで終わりだ!」


 ノエルは後ろに下がることを余儀なくされていた。木の障害物があるのは分かっていたが、避けようにも至る所あるのである。

 ノエルは憧れをなすためにも、死ぬわけにはいかない。どうしようもなくなったら逃走も選ばざるを得ないが、しなかった。できなさそうなのもあるが、ヒトカゲの背後に代美がいた。刀を振りかぶっている。


「ノエル!」


 代美は刀を投擲した。こういう協力なら悪くない。協調性をもって、ノエルも使い勝手の悪い折れた刀を投擲した。ヒトカゲを切り裂いて、互いの刀は交換される。


「なッ」

「やってしまえ! ノエル!」


 返答は刀で行う。

 ノエルにとって、一番磨かれた型である振り下ろしだ。意志に応答して、白銀の線は強く太く輝いた。憧れと近い光景に口元が緩む。ヒトカゲは真っ二つとなった。


「あーあ。ヤれると思ったんだがな」


 動く口も、直ぐに灰となった。

 力尽きて倒れている代美に、ノエルは近づく。


「終わった……? 生きてる……?」

「ん」


 刀身が剝き出しなので、鞘をもらって佩びる。代わりに、ノエルの刀をあげておいた。


「ははは……全く、ノエルはどんなときでも変わらないな」

「動けない?」

「そうだな。喋るのも苦痛なぐらいだ……」


 それなら仕方ない。しゃがみ込んで、代美に肩を貸すことにした。呆然とするので、無理やり手を置かせて立たせる。抱えていくほど力は有り余っていないので、頑張って歩いて欲しい。


「帰ろ」

「あ、ああッ!」


 そして代美は小さく悲鳴を上げた。腹から大声を出すからだ。それでもにこやかに笑っていて、痛いのではないのかと不思議になる。


「やっと帰れる……」

「うちも連れてってよー。ヒトカゲがまだいるかもしれんところに残されるのは勘弁や」

「その元気があるなら、自力で歩けるだろ」

「うーん。ならノエルの肩を借りるわ。代美と交換。うちも酷いけど、代美は全身でそうやろ? ノエル、流石に代美を歩かせるのはやめとき」

「そう?」


 結局、仁が文句を言いつつも代美を抱えることになった。ヒトカゲと遭遇することなく下山し、終幕の灰身団に連絡をとって町で待機した。


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