第十九話 操り人形
そのヒトカゲは、通常の理性なきヒトカゲとは一線を画する存在だ。そんな自負もあって、四人の人間の前に姿を現したのだった。
元々は直ぐにでも全員を殺すつもりだった。語弊はあるが、ヒトカゲの人間への愛は嘘ではない。だが、仲間のヒトカゲが殺されたことで、仇討ちを決めた。人間でいう第一形態と劣った個体もあって、先輩面して【隠】を教えた程度の浅い付き合いだが、そこそこの愛着はあった。見知らぬ人間よりは。気まぐれなヒトカゲなので、一部の人間を殺すだけならば何の支障もないと考える。その人間の顔を見るまでは。
一人は生かしておくか。
怪訝により、行動を変更する。謎に包まれたヒトカゲについて喋っている裏で、様々な考えを巡らせていた。情報が圧倒的に足りないことから答えは出ない。
黒く塗りつぶされた顔で、分かりにくくも笑う。本人でも、その関係者でも、人違いでも、面白いからだ。そして面白いことにもなるし、させる。そのヒトカゲは状況を引っ掻き回すのが得意だった。
一人生かすとなれば手加減がいる。全員を殺すよりも難易度が高くなるが、幸いにも操り人形が手に入った。隙だらけの愚かな人間だった。最後尾にいたこともあって、思うがままに動かすことができる。
他の手も打っておく。この山にいたのは、自身と殺されたヒトカゲだけではない。続々と近づいてくる気配を感じつつ、ヒトカゲは迫撃してきた人間に操り人形を用いて力を振るった。
*
ノエルと代美の刀の最初の交わりで、心の底から驚くことになる。代美に力負けした。そこにヒトカゲの力が合わさっていようとも、代美が相手だからと侮っていたからだ。崩れる体勢を、片足を下げることで支える。
人を害することができないことから手加減を考えていたが、早々にやめる。強敵だと認め、持てる力を総動員して斃しにかかろうとした。その前に別の小さなヒトカゲが足に絡みついてきたので斬ろうとすると、先にリビーが斬り斃してしまう。ノエルはその空いた時間で、代美の刀を払った。危ない。少し遅れれば、負傷するところだった。
「生きて帰りたいなら、嫌でも協力するんや! ノエルは代美と打ち合って、うちと仁が纏わりついてるヒトカゲとその他のもんも斃す!」
「……それだけ?」
「余裕があったらそのヒトカゲを斃してもいい! 余裕があったら、なっ!」
「ん」
呼び寄せたのか加勢する数多くのヒトカゲの相手をしなくていいなら、一人で斃してみたいと思う。代美はヒトカゲの力により、筋力は増したが、剣技は衰えている。ただ増した分が大いに補って、通常の代美より強くなっている。
「ったく、場所が悪い」
「文句言ったってしゃあない!」
一面木陰に覆われていて、ヒトカゲに有利な場所だ。木々に隠れつつ攻撃を仕掛けてくるために、リビーと仁は加勢するヒトカゲに手間がかかっている。当分代美に纏わりつくヒトカゲを斃しにきそうではない。
そこまで確認し、ノエルは完全に代美とそのヒトカゲに集中する。避けるばかりでいたのを、果敢に一歩前に出て右手首を狙う。刀を持つ利き手だ。急に変えた動きに代美は追いつけないが、ヒトカゲの特性である【伸長】によって受け止めた。
「おいおい、この人間を殺すつもりか?」
「いや?」
「なら人間の致命傷ぐらい、把握しておけよ。この人間を殺しても、俺の相手があるんだからな。応急処置する時間は与えないぞ?」
ならば、直ぐにこのヒトカゲを斃してしまえばいいだけのこと。構わず、同じ右手首を狙う。
「ばっか! だから殺すつもりかって!」
「大丈夫」
「うおっと危な――なあんてな」
代美の刀と足元からヒトカゲが同時に迫る。ノエルは見逃さなかったので、冷静に対処する。袈裟懸けの振り下ろしに、ノエルは速めに刀同士で交わした。力負けするものの、地面を蹴って両足を浮かせたことで、後方に押し出されることになる。
刀の時間を早めたことでヒトカゲが少し出遅れていた。押し出されることで、ノエルは距離も少しとれている。触手のような形による【伸長】を斬り離すこと成功し、その先だけ灰になる。ノエルは木の幹にぶつかることで、後方へ押し出された力はとまる。
「残念。惜しかったか」
木々が邪魔だ。そうでなければ、地面に着地できた。
遅まきながらにノエルも仁の言葉に同意する。場所の悪さは、ノエルも無関係ではない。
痛みはないものの、動きが遅れた。代美とヒトカゲの連携に、ノエルは防御と回避に専念することになる。劣勢に追い込まれるも、気分は高揚していた。代美の背後からリビーが急襲する。ヒトカゲは察知していたのか、余裕を持って防ぐ。
「ノエル、平気か!」
「ん」
痛みのことならばない。劣勢なのも、時間があればなんとかした。
リビーは参戦したが、加勢するヒトカゲを全て斃した訳ではない。仁に押し付けて来たらしい。討ち漏らした分が来るが、リビーが対処しつつ代美に纏わりつくヒトカゲに攻撃する。
水が差されてノエルの気分が落ち込むが、状況は改善した。不満がありつつも、協力していく。これが協調性か。あまり楽しくない。
「もうあれだけ斃したのか」
「手間かかったけどな! あんたもさっさと斃れろ!」
「できるならやってみろ。それまでにこの人間が壊れるかもしれないがなあ?」
代美はノエルの方が体の正面だ。なのに、背後でリビーとヒトカゲと交戦している間に割り込もうとする。関節から、右腕が本来とは逆方向に曲げられようとしていた。無表情であった代美が、唐突に苦悶の表情を浮かべる。
「ああ゛!?」
「代美ッ!?」
ノエルは看過したが、リビーはしなかった。刀を押さえ込むことで、必然的に右腕の動きが止まる。力が拮抗している内に、今度はリビーが悲鳴を上げた。ノエルの位置からは見えないが、おそらくヒトカゲの攻撃をまともに食らった。
リビーに攻撃が集中していたことで、ノエルは代美の胴体に纏わりつくヒトカゲの一部を切り離す。灰と化すが、【伸長】によって元通りとなる。先程よりは量が減って、全体的に細くなった気はする。
「まずは一人目」
代美は引き続き無茶な動きを強いられつつ、ヒトカゲと連携してリビーに攻撃が向いた。ノエルは攻撃を仕掛けるも、無視するつもりだ。ノエルに対して一切反応がない。
腹が立ったので、代美の横腹へ思いっきり蹴った。柔術は全くの不慣れだが、刀では致命傷になるのでやめておいた。ヒトカゲがいない隙間を狙ったので、代美本体に衝撃が加わってよろける。
その隙に仁がリビーを拾って離脱する。血が滴り落ちているほどに、大怪我を負っていた。
「一人で耐えろ!」
仁は簡潔に言葉を残す。ノエルとしては願ったり叶ったりだ。
ヒトカゲは手を抜いていたようで、最初と比べて物量を増やして攻めかかってくる。代美の刀に加え、触手のような形を二本、三本と伸ばしてくる。どうやら捕えようとしているらしい。
「ちゃんとやって」
敵が水を差すな。
三本とも一気に斬り飛ばし、灰となって降り注ぐ。ついでに代美の右腕にあるヒトカゲを斬り離す。ヒトカゲがまたしても体を伸ばしたあたり、代美の体を動かすには全体的に纏わりつかなくてはならないのだろう。
「中々やるな」
「殺すつもりでやって」
「くははっ! 狂ってやがる! 俺相手に一人な状況で言うか!? じゃあ、お望み通り殺してやるよ!」
代美が無表情に戻って分かりにくかったが、ノエル相手にも無茶な動きをした。体が必要以上に捩じられている。不味いと思うが、体の後方にうまく刀を隠されて軌道が予測できないことから、下手に動けない。また代美に致命傷を与えられないので、事前に攻撃の阻止もできない。
一旦退くことができたが、ノエルはしなかった。なんせ、望みだった殺すつもりの攻撃である。
力が最大限に乗った上段からの振り下ろしに、ノエルは迎え撃つ。簡単に力負けすることは想像できたので、斜め下へと流す。ほんの少しの角度だが成功して、後の足りない分はノエルの立ち位置をずらしていたことで避けきれている。
そして、瞠目することになった。
代美の強化に力を尽くしたうえで、ヒトカゲ単体からの攻撃はあるとは思っていた。迎え撃った流れで【伸長】の攻撃を斬り飛ばそうとして、結果そうきたし、成功する。だが、ヒトカゲは代美に纏わりつくのをやめて、ノエルに飛び掛かっていた。人の形だったために下半身を斬り落とすが、上半身は体を保っている。
【伸長】もあってノエルの体は直ぐに覆い尽くされていった。ヒトカゲはあえて代美と同じように操り人形にしようとする。殺すと明言していたのに、虚言だったのだ。
ノエルは今度は腹立たなかった。命が関わらずとも、捕らわれた後にどうなるかは分からない。危機なのは変わりないのだ。
代美という邪魔はあっても、ノエルが全力を出しても斃しきれないヒトカゲの強さに、この戦闘中で一番に胸が高まっていく。心臓が脈動する音は、恐怖でなくその興奮故だった。




