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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第一章 欠落少女は憧れを胸に抱く
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第十八話 必要とされる居場所

 新たな予定通り、四人は山を探索している。かれこれ時間が経っていて、山歩きの不慣れさもあることから愚痴が零れていた。


「なーんもないやん。そもそも山な時点で範囲広すぎん?」

「最初っから無茶があったんだよ。もう帰ろうぜ」

「仁に言われると、反発心から諦めたくなくなるなあ」

「そもそも住処の山まで逃げ込もうとしていただけで、何もない可能性があるしな」

「何か、ていうのが漠然やしな。具体的に何を見つけたらいいのかも分かってないし……あー、もうやめたい!」

「帰るか?」

「そういうから、帰るに帰れんくなっとんやん!」

「素直になりゃいいのに」

「ははは……」


 代美も人の意見に賛成の気分だった。山の探索に至った発端をつくった代美だが、こうも何もないと疲れだけが溜まる。責任があって、代美自身から言うことはないが。

 苦笑いしつつ、全員の様子を見る。仁はやる気なしで、リビーは諦め間近、ノエルは常日頃の無表情で、考えは読み取りにくい。キョロキョロと辺りを見渡している辺り、真面目に探してはいる。だが、三人が帰るときになれば、同意することだろう。ノエルは疲れを感じなくとも無駄が嫌いで、その時間は鍛錬に当てたいと思うからだ。代美は出会ってからの付き合いから、ノエルの考えは大体分かる。


 ノエルは何があっても普段通りだ。自分を崩さず、我を通そうとする。それは自己中心や頑固と悪く言い換えられるが、いい風にも捉えることはできる。その性格が今は羨ましい。

 昨日のヒトカゲの戦闘の際、ノエルと代美は口論した。リビーの言葉があり、今更蒸し返すつもりはない。だが、口論の原因が、危険な戦闘方法を心配したことだったため、心にしこりが残っている。


 善意の気持ちだった。だが、ノエルにとっては不要だったらしい。代美が一夜過ぎてもそう思えないのは、代美に戦闘能力が低いためか。

 過剰に心配していることは自覚している。もしもノエルが先生だったら、心配することはないだろう。ノエルの年齢の低さと刀を持ち始めてからの期間の短さが、そうさせていた。……本当にそれだけだろうか。心配の他に、邪な感情がありはしなかったか。


 代美はノエルに相応しくない。才能の有無と、現状の戦闘能力の差がそう強く思わせていた。

 不安でしょうがなかった。先生の死後、代美の居場所はノエルの隣となった。だが、先生の教えは伝えきっており、ノエルから代美を必要とすることはなくなっているだろう。そうなれば、ノエルの隣は実力が合う者に譲ることになり、代美は先生の弟子には疎まれていることから居場所はなくなる。実家を出奔してまで灰身上になったのに、どこにも必要とされていない。居場所がないとはそういうことである。


 邪な感情があるとしても、劣等感と嫉妬はない。それは以前打ち負かされたときに、さっぱりと消えている。だが、新たに芽生えた不安によって、ノエルを邪魔しているのではないか。

 相応しくないだけでなく邪魔をしているとなれば、代美は自己嫌悪で苦しむことになった。ノエルは気にしていないように見えるが、これまでの道義や世間一般の常識など叩き込んだおかげもあって、確実に疎ましく思っている。それでも隣にいることを許容し続けているのは、甲斐甲斐しく世話してくれる便利さがあるからだ。ただそれは世話役を欲しているだけで、灰身上としてではない。



 代美は気がそぞろに歩く。もはやヒトカゲに通じる何かは探していない。注意が緩慢となって、体の支配を簡単に許してしまった。


「ちょっと借りるぜ」

「っ!?」


 耳元の囁きに、声を発することができない。最後尾だったことで、その異変にノエルらは気付かない。


 ヒトカゲの特性である【浸蝕しんしょく】だ。体験するのは初めてだが知ってはいる。

 人間の影から、本体を操ろうとしているのだ。抵抗は容易で、完全に乗っ取られることはない。そのはずだった。


 全く動けない。いや、自分の意思で動くことができない。

 ノエルが一番に離れた距離にいる代美に気付いたが、勝手に体が動いた。顔が、眼球がノエルに向いて、頬が緩む。何もない、と安心させてしまう。ノエルは振り返るのをやめて、前を向いた。


「なあ、凄いだろ。【服従】と言っておこうか。お前の状態が正にそうだろ? 体の支配権を奪われるのはどんな気持ちだ?」


 代美には心の中で答えることもできなかった。ヒトカゲは理性などなく、人間の言葉など話せない。その常識は真実ではなかった。

 混乱しつつも、代美は体の主導権を取り戻そうと滅茶苦茶に暴れようとする。だが、どの部位もピクリともしない。


 代美の体は、ノエルらに向かって足早に大きく動いた。意志を無視した違和感が恐怖だった。耳元から声はしても、ヒトカゲの姿は視界内にないことがより恐怖を煽っている。


「くははッ」


 追いついたことで、次の行動に移る。右手が刀の柄を掴んだ。それだけはやめくれと叫ぶが、動きはとまらない。刃は前にいたリビーに向かっていき、とまる。それは肉を断つ前に、ノエルの刀によって阻まれていた。


 *



 ノエルは代美の異変に気付いていた。いつからと言えば、にこりと微笑まれたときだ。いつもの代美ならばもっと明るさがあり、こんな柔らかな感じではない。そもそも笑いかけるなら声もかけてくるし、昨日の口論からずっと元気がなかったのだ。朝はぎこちない笑みだったはずなので、突然の変わり様には疑問を抱いた。

 一面の木陰を見てから、ノエルは一旦前を向いた。ヒトカゲの仕業だとしても、影に潜まれていては手出しできない。だから昨日と同様、さっさと出て来いと誘い出すことにした。何も気づかなかったふりをして、攻撃してくるのを待つ。リビーの攻撃をとめられたのは、警戒していたのだから必然だ。


「代美」


 声をかけるが反応はない。感情が欠けた表情で、別人のようだった。油断なく刀を構える。


「え、え? 二人ともそれはやりすぎ……」

「しっかりしろ。喧嘩じゃない」

「でも――」

「何かを探しに山まで来たんじゃなかったのか」


 仁が刀を抜いたのに、戸惑いつつもリビーも続く。

 代美の足元から影が這い出て、その体にまとわりつく。はっきりとした人の顔を作り出して、ヒトカゲは大きく口を開いた。


「くははははッ! あっさり見破られたか! 参ったなあ、仕方がないなあ、こりゃあ面倒くさいことになる」

「ヒトカゲが喋ったあ!?」

「嘘だろっ」


 ノエルはあまり驚かなかった。謎に包まれたヒトカゲなのだから、そういう個体がいても納得はいく。


「なんだ、知らなかったのか? まあ、当然か。喋れる奴はどいつもこいつも強いし、頭が回るからな。大抵は存在を隠して行動している」

「……その言い方やと、あんたの場合は違うん?」

「だってお前ら、俺を探しに来たんだろ? 話を聞きつけて、わざわざ会いに来てやったんだぜ。愛があるだろ?」

「ヒトカゲが愛をほざくな。というか、あの獣っぽいヒトカゲとは知り合いだったって訳か? 逃げたんじゃなく、山まで助けを求めたって訳か?」

「そういうことだろう。にしても酷いな。ヒトカゲの愛を否定するなんて。思わず泣いてしまいそうだぜ」

「もしそう思うのなら、代美を解放してからにしろよ」

「だってそうでもしねえと、お前ら人間は構ってくれないだろ? だからヒトカゲは人間を襲うんだ。こっち向いて、構ってくれーってな」

「……それが真実だとはとても思えんな。あんたが話すと嘘っぽいねん」

「こういう性格だから仕方ないだろ?」

「なんでもいい。けど、代美は離して」

「もし嫌だと言ったら?」

「…………代美が痛い」


 ノエルは人を害せない。だが、状況が状況なので、ヒトカゲを斃すために命を落とさない程度の怪我は許容してくれるだろう。だから本部長も許して欲しい。


「ははは! 仲間なのに遠慮がないな!」

「離して」

「できない話だ。せっかくの便利な人形だ。有効活用させてもらうぜ」


 ヒトカゲの動きに、代美の体が連動する。影を纏うかのような姿で、人質なだけでなく敵として阻んでくる。


「短い付き合いだろうが仲良くヤろうぜ、人間」


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