第十七話 変則的なヒトカゲ
逢魔が時となる。町中にヒトカゲ討伐実行を知らせたので、ノエルを含めた四人以外には人っ子一人も見あたらない。家の中に閉じこもっているからだ。明かりも一切つけていなく、町にしては活気のない、寂れた景観となっていた。
これらは一般的なヒトカゲ対策である。ヒトカゲから隠れ、明かりをつけて影をつくり、ヒトカゲを誘き出さないようにする。力なきものが身を守る術は、灰身上にも都合が良かった。人がいるのは勿論、夕日以外の明かりによる影が作られては戦いにくくなることもある。
ヒトカゲは様々な特性がある。ノエルが見たことがあるものでいえば、傷ついた体を治す【修復】と体を伸ばす【伸長】だ。言葉の意味通りの特性なので分かりやすい。今回の場合は【隠】を多用してくると思われる。突然『影から現れたり出たりする』と人から聞いた話からの判断だ。ヒトカゲは逢魔が時となった最初こそ影から出て最後には影に入るが、これは【隠】とは言わない。ただ影から現れる力があったり、なくなったりしただけである。
町のどこから現れるか分からないので、二組に分かれて巡回していた。組み合わせは好一対である。最初に発見したのはノエルと代美だ。
「いたぞ! ヒトカゲだ!」
代美が叫び、リビーと仁を呼んでいる。
ヒトカゲは大通りにある店の影から現れていた。ノエルと同じくらいか、少し低いぐらいの高さか。昼間に出現しないことから第一形態と判断してもいいが、それにしては輪郭があまりぼやけていない。人に限りなく似た形でありながら獣のように四足歩行をしている。
「ノエル!」
「いける」
簡潔に応える。
応援を待たずともノエルだけでできる。できなくとも、やってみたい。
駆けた勢いのまま、刀を薙ぐ。ヒトカゲは地面を蹴って後ろに避け、追撃する前にずぶずぶと影の中に沈んでいく。
「影から退け! 足元から攻撃されるぞ!」
ノエルのいる場所は、ヒトカゲが潜むことになった影の上である。大店の大きな影だったことから退くには時間がかかった。そんなときにヒトカゲは潜むのをやめ、地上に出てくる。
だが、支障はない。この【隠】は出入りに時間がかかる。それがこのヒトカゲだけなのかは知らないが、簡単に対処可能だ。
反射的だったことで、刀の向きは変えれず峰で攻撃することになった。切れ味がないので、下から掬い上げるような形となってヒトカゲは吹っ飛んでいく。子ども並みの重さがあるので、空中に浮かんだ時間は少ない。
吹っ飛んだ先は大店の向かい側の建物である。雨戸にぶつかって、大きな音が立つ。ノエルが追撃しようとして、またしてもヒトカゲは影に潜んだ。
面倒くさい相手だ。影の中に攻撃などできない。さっさと出て来い、と同じ影の中に立ってやる。代美は影のない場所から似たようなことを言う。
「その場所から退け!」
「わたしなら、できる」
代美の戦闘能力を基準にする必要はない。
「っ、だとしても安全に戦った方がいいだろう!」
「別に」
「この、馬鹿ノエル!」
叫びと同時に、ヒトカゲは出てきた。代美の背後の影からだ。
影の中を移動できるとしても、建物同士の切れ目から影は続いていないのにと疑問だったが、考えるのは後だ。ノエルの視線と動きから、代美は遅れて背後のヒトカゲに気付く。
「っこの!」
狙いが定かでないまま、出たらめに刀を斜めに振り上げる。ヒトカゲは大きく避けたことで、負傷は免れた。
ノエルはそこで、やっと一刀浴びせることに成功した。斃すまでに至らないが、人の部位でいうと首の根元から胴体に切り込みが入る。人間ならば致命傷だが、ヒトカゲは切り込み程度なら全然活動できる。切断すれば違ったが、少し間合いが合わなかった。代美が邪魔だったこともあり、仕方ないことだった。
とはいえ、ヒトカゲにとっては逃走を決めるには十分だったらしい。影に潜んで、ノエルと代美から駆け離れていく。それが分かったのは、影と影の間を移動するとき、飛び移るように一瞬出てきたからだ。
追いかけようとして、息の荒いリビーに腕をとられる。
「ノエルじゃ難しいわ。仁」
「……はぁ」
仁はちらりと苛立ち気味のノエルを見てから、ヒトカゲを追いかけていった。
「なんでとめたの」
「そんな速度も体力もないやろ。それに、とめてはないで。うちらも急いで追いかける。代美もや」
「ああ」
代美は戦闘場所付近の壁を無表情で見ていた。
ノエルはその視線で気付く。ヒトカゲが代美の背後に回れたのは、口論していた間に上手いこと移動しただけなのだろう。建物の壁も影があるので、そこから伝っていただけだ。
人間相手にはない、ヒトカゲ相手のやりづらさがあった。話には聞いていても、経験不足のためノエルの対応はどうしてもいまいちとなる。
「空気わっる」
リビーの呟き以外は沈黙を保って、ヒトカゲが逃げた方向を行く。仁は目印をつけていて、地面に簡単な線をつけている。町の外へと点々と続いていて、結局町近くの山の麓まで行くことになった。仁はいつも通り気怠そうに待っていた。
「ヒトカゲは?」
「討伐した。ほら」
握り拳だったのが緩められると、隙間から灰が微かに落ちる。ヒトカゲの成り果てだ。
「にしても、随分時間がかかったんやな」
「逃げ足速かったんだよ」
「足が遅かった訳じゃなくて?」
「最初に距離が大きく空いてたろ。終わったことに文句言うな」
「……そうだな」
「……代美に言ってないが」
「そ、そうか」
「はあー。もうやめやめ。何があったかは知らんけど、代美が大人の対応してやって。今日は変則的で疲れたんや」
「……そうだな」
突然、ノエルはリビーに頭をはたかれる。バシッとそれなりの音がした。
「何の音だ?」
「さあー?」
リビーがとぼけている。ノエルはまあいいか、と何も言わないでいた。そこまで痛くない。
仁が含んだ表情をしているが、これも何も言わない。
代美は気を取り直して、やや張りのある声で言った。
「それにしてもこの山……。ヒトカゲは一直線でここまで来たんだよな?」
「そうだな」
「そうか。ううむ」
「何悩んでるん?」
「結構前の話になるが、この山の反対側の村で仕事をしたんだ。そのとき、山でヒトカゲの目撃情報があってな」
「そのとき討伐しいかったん?」
「山じゃなくて、村の畑のヒトカゲの討伐を依頼されたからな。まあ、猪だったが」
「ああ、外れか」
「ほら、ノエルも一緒にいただろう。覚えているか」
「ん」
ヒトカゲでなかったことに不満すぎて、流石のノエルも記憶は鮮明だ。山でも目撃情報は記憶にはなかったが、あったのだろう。多分。
「そういう訳で気にかかってな。山で目撃されたヒトカゲが、今回町まで下りてきたというならいいが、わざわざ山まで逃走しただろう? 逃げるだけなら、影にずっと閉じこもっていればいいだけだしな」
「その知性がなかっただけじゃないのか?」
「そんなに気になるんなら、山に入ってみる? 何かあるかもしれないって考えてんやろ」
「俺はいい。気になるやつだけで行ってこい」
「そんなつれないこと言わんでさあ。ほら、仁も行くで。ノエルもや」
「……ん」
何かある。つまり、新たなヒトカゲがいる可能性もある。
期待のために、ノエルは了承した。
「だが、もう夜だぞ。危険だし、町の人には何も説明しないで来たから明日に改めないか」
「そうやな」
「…………だっりぃ」
「仁のそういう諦めの早いところは嫌いじゃないで」




