第十六話 自己中心
協調性とは。
皆と協力できること。
勝手に行動しないこと。
一人でヒトカゲを討伐できても、しないこと。
「むう」
協調性とはなんて煩わしいことだろう。ノエルは協調性の必要が分からないでいた。必要な場面はないし、もしこの先あってもそのとき協調性を発揮すればいいのだ。
茜への言い訳はある。戦闘以外では協力しているのだ。ヒトカゲの情報収集だったり、仕事先までの移動の予定を立てたり。
だが、茜は戦闘でも協調性と言う。仕方なく複数のヒトカゲがいた場合はなるべく譲っていた。リビーは「常にそうしろや!」と煩いが、本部長や茜のように逆らえない理由はないので無視している。
ノエルにとってヒトカゲ討伐は楽しみとなっている。憧れをなすのは様々な要素の不足から見送られているが、単純に刀を振るうことも楽しいものになっていた。
だから、人と打ち合うだけのも楽しい。人を害することはできないが、実力が近いリビーとは機会が合えばやりあう仲となっていた。仕事を共にすることが多いので、その回数はかなりのものだ。
リビーの他に仁がいるが、あの男は駄目だ。とてもやる気がない。しつこく誘えば一回だけ付き合ってくれたが、とんだ期待外れだった。
刀代わりの鞘は鈍く力の入っていない。人の機微に疎いノエルでも、その内心は読み取れた。
やる気ねえ、と。取り敢えず付き合っておけばそのうち飽きるだろう、と。
「ちゃんとやって」
殺す気で、とはいえ傷とならないぐらいの衝撃を与えてやろうとする。気合が入りすぎて、鞘は吸い込まれるように手首に向かっていった。仁は直撃する寸前で、鞘で防御する。その動きはとても速かった。
「……」
「……」
ノエルは仁に合わせて手加減していたがやめた。ヒュンと音を立てて次なる場所を狙い、仁は焦りつつも寸前で防御する。それが何回も続いたところで、仁こそが手加減していると分かる。そうでなければ防御が全て寸前になどならない。
そのときは期待したのだが、仁は鞘を放り出して逃げた。ノエルは続きを行うために、鞘を投擲物として当てにいったが避けられる。仁は防御と逃走が上手かった。
その後は駆けつけていた代美とリビーが間に入って、打ち合いは完全に終わりとなる。ノエルはいかに仁が強くとも、やる気がないならと打ち合いに誘うことはやめた。しつこく誘っている暇があれば、リビーと何回でも打ち合いができる。
「最近の灰身団は人使いが荒いなあ」
そう言うリビーだが、余裕そうな表情である。代美が察したのか、不思議そうに言う。この二人は仲が良く、よく喋る。それをノエルと仁はなんとはなしに聞いている。余った者同士で喋りはしないのが、二人の性格をよく表している。
「不満そうには見えないが」
「元のが簡単だったぶん、まだまだ余裕やからな。うちは本部に来たばっかりで、仁と組むのも日が浅かったから。そっちも同じやろ?」
「まあな。といっても、私の実力不足をノエルが補ってくれているから内実は違うが。どれだけ斃せば、ヒトカゲはいなくなるのだろうな」
こう話すのも、最近はヒトカゲ討伐の仕事が多く、忙しいからである。依頼が立て込んでいるらしい。
「ヒトカゲが一時的に活発的になってるっていうけどなあ」
「なにかあるのか?」
「いや、ヒトカゲは謎だらやろ? 実は繁殖能力がありましたーっだったら、もう最悪やん」
「そう?」
そう思えなくて口を挟む。
ヒトカゲは百年程前に誕生した。その日までは実害のなかった影の中からヒトカゲが現れたのだ。それは三都を陥落させるほどの量で、現在分布する大半のヒトカゲはそのときのものだ。今でも時々影から誕生してくると言うが、ヒトカゲ同士で交尾はしない。つまり、ヒトカゲ自体に数を増やす能力はない。そうされている。
ノエルにとってはヒトカゲが増えてもらったほうがいい。斃してもいい相手が尽きることや、減少すれば遭遇する機会も減るので困る。他の人が被害に困ろうとも、憧れをなしたいノエル自身のために。きっと一度憧れをなせたとしても、何度も行いたいと思うから。
「ノエルにとってはそうだろうがな。他の人は私達のように強くはないから、命の危険が増すのだぞ」
代美は分かりきっていることを言う。世にいう道義を身に付けて欲しく、矯正しようと必死なのだ。
滔々と語ろうとするのを、リビーは「こっちまでも気が滅入る」とやめさせる。
「斃すのも必要やけど、ヒトカゲの生態を調べなあかんな。全部斃すにしても、生きている内には終わらんと思うし。まあ、うちの役目じゃないけどな」
ノエルは同意する。
灰身上の役目はヒトカゲを斃すことである。調べるのも必要かもしれないが、剣技の腕はあっても、調査は専門外である。そういうのは灰身上以外の団員に任せておけばいい。
単純にやりたくないだけの言い訳だが、賛同する者は多いはずだ。ノエルは常人から外れた考えの持ち主だが、全ての考えが乖離するほど異常ではない。
ノエルたちはそんな忙しいこともあって一日と休む暇なく、それどころか仕事終わりでも連続して次の仕事先に向かっていた。町の番所である自身番屋で詳細を聞きに行く。
「町内でヒトカゲが出るんだよ。俺らじゃどうにもならない奴でな」
「被害は?」
「重傷者一人と軽傷者多数だ。死にそうではない」
「ならまだ良かったな」
「ああ。ヒトカゲは一体だけだが、突然影から現れたり出たりするんだ。灰身上殿よ、頼んだぞ」
「任せとき。うちらは腕はいいんや」
「それ以外が気になるところだな……」
不安そうにしているが、仁を見て「まあいいか」と呟く。四人の中で仁は男であり、子どもばかりの中で青年と安心できる。ノエルたち三人にとってはよくある反応をされつつ、逢魔が時まで待機することになる。
ノエルは暇で行動を制限されなければ鍛錬する。木刀がないので、代美から危険と言われようとも真剣を使う。ノエルの専らの鍛錬は素振りだった。それが憧れをなすために一番の近道なのである。
記憶を思い出しながら、先生の刀の軌道をなぞる。ノエル自身が憧れをなすとき、できればそれと同じようにしたいものである。相手の動きがあるので無理だろうが、それを除いても代美より先生の剣技の方が上手いため、剣技を高めるためにしていた。
ノエルの視界には一本の線がある。なぞるべき刀の軌道だ。カティンカとの勝負以降、集中すれば見えるようになっていた。
線は白銀の輝きを放っている。刀が光を反射しているのと同じだ。だからそうなっているのだろう。これはノエルの作りだした幻だった。
ノエルの剣技は拙い。まっすぐに振り下ろす段階から他の型の素振りに移行したが、線からぶれてしまう。欠片もずれてはならないのだ。
ノエルの求める剣技は高い。だが、時間さえあれば、いずれその域に辿り着く。これまでの成長具合から確信していた。
だから諦めることなく、素振りを続ける。辛くてやめたいと思うような甘い精神の作りはしていないので、体が限界を迎えるまで。
その前にやめる場合は、納得のいく理由がある場合や強制的にできなくなった場合である。今回は前者だ。
「もうすぐヒトカゲが現れる時間帯だから、それまで休め」
代美はずっと側で見ていた。ノエルが見遣れば苦笑している。呆れに別の感情が混ざっていたが、それが何であるか分からなかったし、分かろうと努力しようとは思わなかった。




