第十二話 初仕事
ノエルは小袖の上に羽織を重ねていて、長い髪は簪で一つに纏めている。対して代美は羽織袴で、肩に触れない短さの髪だからおろしたままだ。同じ灰身上の証である打裂羽織を身に付けているものの、雰囲気が異なった装いとなった。髪の色も外人のノエルと日本人の代美では灰と黒なので、より異なって見えるのではないだろうか。
これに加え、日除けの手甲や刀を大小など帯びる。荷を持てば、旅装束の完了だ。
「茜さん、いってきます!」
「いってらっしゃい。無事を祈っているわ」
ノエルと共に長屋を出発する。
代美にとって、灰身上の仕事を受けるのは随分と久しぶりだった。先生の供で旅をする以前なので、二年ぶりか。その旅では、その場でヒトカゲ討伐を引き受けていたので、灰身団を通していなかったのだ。
ノエルと出会ってからは剣技から日常生活の教えと忙しく、仕事を受ける時間はなかった。とはいえノエルは剣技に関してなら、一度言ったことの習得は速い。できなくても、反復練習が必要なだけだ。頭では分かっていることなので、もう一度同じ内容を口で言う必要はなかった。
そうなれば代美は時々様子を見に行く程度になって時間が空くことから、自身の鍛錬にあてていた。そんな日々も虚しく、ノエルとは実力が並ばれたが。
ノエルに感化され、努力はしたのだ。だが、やはり才能の差が出る。目に見えた結果は恐くて直接対戦していないが、このまま順当にいけば代美は負けることだろう。
惨めすぎる完全敗北を味わう前に、対戦はしておきたいものだ。そう思えるぐらいに、代美は吹っ切れてはいた。
仕事先は日帰りで歩いて行ける距離であるが、着替えがあるので荷物は軽くない。帰る頃には夜となって、泊っていくことになるからだ。それは出発が遅かった訳でなく、ヒトカゲの特性によるものだ。
「いいか、ノエル。前にも言ったが、ヒトカゲは基本的に夕方に出現する。基本的というのは第一形態の個体のことだが、覚えているか」
「……形が変なヒトカゲ?」
「変というか、朧げで人の形でないものだな」
つまり、夕方にだけ出現し、朧げにしか人の形になれないのが第一形態である。ちなみによりはっきりと人の形を保てるのが第二形態である。第三、第四はない。だが、いずれそういう個体は現れることだろうし、発表されていないだけでもういるかもしれない。代美はそのためにこの名称になっていると思っている。
「第二形態は昼間にも出現できる。とはいえ、第二形態も第一形態同様、夕方の出現が多い。だから、夕方の時刻を逢魔が時と言って恐れられている。その逢魔が時に、灰身上はヒトカゲ討伐することになっているんだ」
「じゃないといないから?」
「ああ。ヒトカゲはずっと出現するのは負担なのか、影に戻って潜むからな。いない時刻で待っていても疲れるだけだ」
そういう訳で、日帰りの距離でも泊まりとなるのである。
仕事先は村だ。といっても、村の中でヒトカゲが出現するとは限らず、外の活動範囲の可能性もある。逢魔が時までまだ時間はあるので、依頼主であった村長に情報収集を兼ねて訪ねる。
「これはこれは、可愛らしい灰身上様だ」
「女子どもであるが、ヒトカゲを斃せる実力はある」
寄こされた人材に不安なのだろう。侮られているより、心配しているようなので、それほど怒りは湧いてこないし慣れている。ノエルは他人にどう評価されても構わないらしく、ぼうっとしている。鍛錬していないときは大抵、憧れに関する考え事をしているようなので、今もそうなのだろう。
代美に付いていく行動しかできない状態にあるので、「脱ぐんだぞ」と声をかけておく。説明のため家に招かれたので、草鞋のままではいられない。ノエルは意味が分からないと軽く首を傾げたので、足元を指差しておいた。
「どうも畑に出るんだ。幼子ほど大きさのヒトカゲで、動きが俊敏でなあ。今のところ被害者はないが、大分前に近くの山でヒトカゲを目撃した話もある。そいつが下りてきたのではないかとなれば、この辺りにずっといる訳だろう?」
だから、終幕の灰身団を頼ったという。ヒトカゲは灰身上でなく、一般人でも斃せられる。代美が危ないところをノエルがとどめを刺したのは記憶に新しい。
この村人らの場合は、恐れが大きかったのだろう。第一形態の個体であるようだが、速さ故に遠くから様子を見るぐらいしかできなかった。下手すれば怪我や死亡することもあるので、安全を期して頼ることは正しい判断である。
「それはいつ頃の話なんだ?」
「三日前だ。そこから毎日来ている。山で目撃したのは大体一か月前くらいか?」
「どのような形か分かるか? また、ずっとその形を保っていられたか?」
「ううん、儂は見ていないからなあ」
「じゃあ、見た者から話を聞きたい。また、件の畑にも案内してくれ」
そこから代美主導で出現したヒトカゲについて調査していく。恐怖感から、どうも漠然とした話だった。畑の惨状を見て、代美はとある予想を立てる。
「これは…………外れだな」
ノエルはヒトカゲと戦うことにしか興味はないようだ。逢魔が時に近づくにつれ、そわそわとしている。待機時間で暇を持て余していても、ぼけっとしないでヒトカゲを探っていた。
言わないでおくか。
話を聞いたり、畑の跡を見たりの調査に、ノエルは甘く見ている。今回は少し痛い目を見て学んでもらおう。
「……こない」
機嫌悪そうに言う。別にヒトカゲは同じ場所に毎度来るわけではない。人間を襲うとはいえ、結構気分屋なところがある。人間を遠くから見ているだけのときもあるのだ。
「もう少し待ってみよう」
日が落ち、夜となっても待ち続けた。そうして、ヒトカゲと言われるものがやって来る。
「なにあれ」
「猪だな」
「ヒトカゲは?」
「あれがそうだろう。きっと似ているから間違えたんだ」
「はあ?」
怒るのも仕方ない。と、今回は言うつもりはない。これは調査を真面目にしていれば、簡単に気付けた。
「村人は動きが速いと言っていたが、幼子ほどの大きさならば第一形態であるはずで、そんなに強い訳じゃない。恐れを抱く程、速く動けるのはそういないんだ。また、ヒトカゲと思うなら色は黒いのだろうが、ぼんやりとした輪郭だったかは分からないと言っていた。問えば、今の私たちと同じように夜に見たというし、あの猪は黒っぽいだろう? それに畑は作物が酷く荒らされていた。食べた跡だったから、ヒトカゲのはずがないんだ」
「……なら、あれはどうするの」
「村人に言って、罠でも使って駆除させればいい」
「……来た意味がない」
「そうだが、灰身上の役割ではないし、猪だって十分危険――あ、こらっ」
ヒトカゲ相手なら必要なかったが、動物だったので身を隠していた。ノエルは飛び出して猪に立ち向かっていく。
連れ戻そうとしたが、既に猪と対峙していた。猪は臆病なので人間と遭遇すれば逃げるのだが、ノエルのせいで興奮してしまったらしい。突進する様は、話通りに速いものだ。ノエルはギリギリまで引き付けて、右に避ける。そのときには刀で致命傷を与えていた。
「はあ、よくやるものだ」
ヒトカゲと人間相手とでは刀の振るい方が異なるように、ヒトカゲと動物相手でも違うものだ。だというのに、ノエルは軽々とやってしまった。
「これも、違う」
ノエルは先程まで不機嫌そうだったが、ヒトカゲでなくとも刀を振るえたことで少し満足したらしい。独り言が気になったので「どういう意味だ?」と聞くが、もう考えに没頭し始めていて無視された。
「まあ、後ででいいか」
だが、結局それは忘れる。
代美は村人を呼んで、猪を処理してもらう。ご馳走として振る舞ってもらって、すっかり夢中になっていた。




