第十一話 灰身上見習い
茜は常に笑みを努めている。普通疲れて嫌になりそうだが、奥ゆかしい人柄なため苦ではないらしい。そんな善人であるから、きまりが悪いことがあると笑みが曇っていて分かりやすい。
住まいの長屋に訪ねてきたとき、特にその印象が強かった。ノエルは入口で代美が対応しているのを呑気に見ていれば、茜の横から本部長が現れる。ノエルは隅に片づけていた寝具の中から布団を引っぺがして身にまとう。これで身一つで本部長と対峙しなくてもよくなった。
「ううん、毎度そんな反応されると良心が痛むなあ」
いかにも困っている言葉には要注意だ。殴ってくる兆候かもしれない。躾の経験は心の傷として残されている。先だって逃げる経路を考えておくが、本部長が唯一の出入り口を押さえるように立っていた。全くもって侮れない男である。
「本部長がわざわざ来るなんて珍しいですね。立ち話もなんですし、どうぞ中へ」
代美をがくがくと揺らすが、遅かった。
茶を用意する、しないの問答を交わして、何も出さないことになった。全員が座りこむ中、ノエルは警戒態勢をとして代美の後ろに隠れる。いざとなっても、代美がとりなしてくれることを期待してだ。まあ、なったらいいなぐらいの気持ちである。強く期待はしていない。
「仕事の合間を縫って抜け出してきたからさっそく本題に入らせてもらうけど、頼まれていた調査が終わったよ」
「! どうでしたか、何か分かりましたか」
「和人に関しては、ノエルを助けるまでどこをどう歩いたか、分かったぐらいかな。後は葬式時の報告通り。ノエルに関しては……」
目を向けているようだが、布団を目深に被っているので目線が合うことはない。
「こら、自分のことなんだからちゃんと聞け」
「ん……」
「中々苦労してるねえ。懐いてはいるようだけど」
「言うことを聞かないので、かわいげないですよ」
「まあ、悪態つけるぐらいだし頑張って」
忙しいのなら、話の寄り道せずに早々に帰って欲しい。が、口に出せるはずもなく、じれったい時間を過ごす。
「で、話は戻るけど、調査の結果は何もなかった。それにつきるね」
「はあ」
「隠れ里はないし、いるのはヒトカゲばっかり。人が住めるどころか、生きていけるかもできないようなところだ。子どもの行動範囲から探っても、一番近いのは行きと帰りの道程にある村だからね。聞いても全く知らない子だって言うし、ノエルを直接見たときも気になる反応はされなかったんだろう? ノエルの経緯を推測するなら、ヒトカゲによってどこからか攫われたってところかな。それなら探す範囲はぐっと遠くなるしね」
「ヒトカゲ相手に無傷で攫われたと?」
「それしか考えられないよ。とても幸運だったんだね」
ノエルは宛もなくさ迷っている中、ヒトカゲに連れられた。推測は合っているのではなかろうか。欠落した記憶もちなので知らないが
「こちらとしては、頼まれてできる限りの調査はしたよ。それ以上のことは独自でよろしくね」
「はい。ノエルの調査までしてくださり、ありがとうございました」
「うん。じゃあ俺は帰らせてもらうね。残りの話は茜がしてくれるから」
本部長が出て行ったことで、張りつめていた緊張が緩む。布団を放り出すと、涼しい空気を感じることになった。
茜はいつもの笑みで、丁寧に折りたたまれた布を差し出す。
「これは灰身上の証よ。ノエルに合う大きさがなかったものだから、時間がかかってしまってごめんなさいね」
布を広げてみれば灰色の羽織で、よく見たことのあるものだった。
「先生と代美が着てたやつ?」
「正確には灰身上が着る、打裂羽織だな。ほら、背の下半分に切り込みが入っているだろう? これは刀を帯びたとき、羽織が邪魔にならないで済むんだ。一回試しに来てみろ」
袖も裾も余っていない、ぴったりの大きさだった。一回転してみるとふわりと翻る。先生も戦いの最中、こんなようになっていた。ずっとぐるぐる回り続けてみる。目が回ったのでやめた。
「気に入った?」
「ん。いい感じ」
「なら良かった。その羽織は灰身上の仕事をするときは身に付けておくのよ。一目見て灰身上と分かってもらえるから、ヒトカゲの被害にあっている人が声をかけてくれてより多くの人を助けられるでしょう?」
「親切されたりもするぞ。快く家に泊めてくれたり、食べ物をくれたりする」
「ええと、そうね。代美さんが言う利点もあるわね。関所では必要な手形の代わりになって、一々許可をもらわなくて済むのよ」
「それにしてもノエルは髪と色が被るから、灰色一色になるな」
「腰まである長さだけど、鍛錬時には邪魔にならないの?」
言われてみれば、邪魔かもしれない。
「切る」
「待て、早まるなっ。せっかく長くて綺麗な髪なんだ。邪魔にならないよう、まとめてしまえばいいだろう」
代美はものを漁り、「あった!」と簪をもってくる。材質は銀製で、玉飾りがついている。
「私は髪が短くて使わないからな。いいものだから、大切にするんだぞ」
代美は櫛でノエルの髪を梳かしつつ、他にも言う。
「海外の文化が流入したことで、今は髪型に多様性があるからな。ノエルならなんでも似合うと思うが、難しいと自分自身でできないから簡単なのにしておくぞ」
触ってみれば、耳の上辺りで全部の髪が纏められていた。頭皮が引っ張られたり首元が出た感覚により、違和感はあるが慣れるだろう。今慣れた。
「似合ってるわ。大人っぽくなっているわよ」
「……どんな感じ」
「お姉さんって感じかしら」
「そんな身長じゃあ、大人と見られるのには無理があるからな」
代美が揶揄ってくるが、ノエルの欠落した記憶にある母のような姉のような人物を思い出したから聞いたのだ。決して大人に憧れている訳ではない。憧れのため、身長は欲しいとは思うが。
「羽織を渡したから、灰身上としての支給品はこれで全てね」
「茜さん、ノエルは才能があるから、既に私と同じぐらいの実力を身に付けているんだ。さっそく灰身上の仕事をやらせてくれないか……?」
「ええ。実はもう仕事を持ってきているのよ」
「おお!」
「やっと真剣が使える」
先生ほどの剣技がなくて満足する憧れはできなくとも、やりたい気持ちはある。人を害せない現状、灰身上はノエルに合った仕事であった。
「ノエルはまだ灰身上見習いだから、代美さんが付き添いという形になるわね。何回か仕事をこなして見習いでなくなっても、よほどの相性が悪くなければ代美さんとノエルの好一対で共に行動してもらうことになるわ」
「ヒトカゲ討伐には、二人以上がいいとされているんだ。影を操ってくる個体がいる以上、最低前と後ろで視界を確保した方がいいからな」
「ふうん」
「初仕事は準備ができ次第、行ってきてもらうわね。脅威が低いものを見繕っているけど、油断しないでちゃんと代美さんの言うことを聞いて行動するのよ」




