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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第一章 欠落少女は憧れを胸に抱く
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第九話 決意

 本部長の躾を受けたノエルは、治療のために運ばれていった。代美は付き添いたかったが、本部長に先生について話すよう念押しされてはその場に残された弟子らは納得しない。

 先生の弟子は多い。今すぐに呼び出せる者だけを集め、代美は先生の死を語る。その他の、特に先生と代美の二人旅について問われたとき、代美は迷った。語るには、先生が重い病持ちだったことなしでは通せない。


 先生は死が近いことを隠していた。代美は偶然知る機会があり、そのために旅の供にしてくれたのである。また、代美の後ろ楯である実家の存在があったから拒否できなかったかもしれない。前者の理由を知らぬ弟子からしたら、代美を疎むことになった。権力を持ち出したと、実家は代美の安全のために無理難題を言った前例があるから、その当たりは強かった。


 先生の死後であっても病のことは隠しておくか、どうか。迷いは直ぐに解決される。アヴェラが病について話してしまったのだ。


「先生は心配かけさせまいと隠していただけだ。もう話しても問題ないだろう」


 集まった弟子はその事実にざわめくが、代美はアヴェラが病のことを知っていたことに驚きだった。

 とにかく、二人旅について話せない理由はなくなった。時々される質問に丁寧に答えていくと、一先ず誰も声が上がらなくなる。代美はようやくノエルの元に行けた。



 ノエルは手足を押さえられるも、懸命に暴れていた状態だった。はじめは慌てたが、どうやら治療しようにも逃げだそうとするので強引な手段に頼らければならなかったらしい。運ばれていったときは良かったが、その目は恐怖に濃く染まっている。


「ノエル、落ち着け。ここに本部長はいない。今日の内にやってくることもないはずだ」

「……代美?」


 その姿を目に映せば、すっと冷静さを取り戻した。ノエルの横に座らせてもらい、治療される様を見届ける。

 カティンカとやりあったこともあって痣だらけだが、それ以外に負傷は見当たらない。骨に罅もないようだ。痛みに鈍感なだけでなく、体も頑丈であるらしい。躾で容赦なく殴られていた光景を見ていた者がとても驚いている。


 安静のために、ノエルは治療部屋で過ごすことになった。再び暴れることを懸念され、その日の内はなるべく側にいるよう代美にも配慮してくれる。

 ノエルは睡眠が浅く、寝ても起きてしまう。辺りを警戒して見渡すのは、本部長がいないか確認しているのだろう。代美は安心できるようぽんぽんと一定の速度で叩いてやって、安心できるように努める。


 代美の分の布団が用意されていたが、使うことなくノエルのほうにつっぷして寝てしまった。口元を拭いつつ体を起こせば、ノエルは膝を抱えている。活力がなく虚ろで、精神が参っている状態だ。


「なぜそれほどまでに執着していたんだ」


 半分寝ぼけていたからか、一番に聞きたかった言葉が出る。

 ずっと気になっていたことだった。ノエルの考えが読めない。それは異常な行動もあるが、一番は言葉によるやり取りが最低限だからだ。


 代美はノエルを理解したい。先生の教えを受け継いでもらうためでなく、単純にノエルが気にかかっているからだ。まだ齢十二の将来は明るくなければならない。

 これまでのノエルは無視をするか、一言二言の説明だった。それは端的過ぎるので、代美の理解が浅い。ノエルは蚊の鳴くような声で言った。


「必要だったから……」

「どうしてだ?」

「憧れで……」

「それはどんな?」

「先生がヒトカゲと戦っていた光景……」


 一つ一つ掘り下げていく。

 人を害する抵抗がないことから、代美は危険思想でもあるかと思えばそんなことはない。ノエルの行動理由は憧れの光景を再び作り上げたいからだ。今度は見る立場でなく、ノエル自身で行いたいらしい。


 代美が灰身上を志した理由と似ている。代美の場合は先生のようになりたかったからだ。ヒトカゲを討伐し、人を助ける高潔さに見入られた。

 ノエルの場合は先生の戦闘能力と、その結果得られる光景だ。先生は負傷していたことで、その血が宙に漂うことが憧れには必須であるらしい。それがノエルの人を害することを厭わない異常性もあって、手に負えない凶暴さに繋がった。


 代美はノエルの理解を深めた。だが、その気持ちを尊重することはできない。


「ノエル。もう分かっていると思うが、憧れをなすためには妥協が必要だ。人を害することも、自分自身を傷付けることも許容できない」

「わたしも……?」

「ああ。下手をすれば出血死するし、体に傷が残る」

「傷は残ってもいい」

「自分自身を大切にすることはできないか。私はノエルが身を削る行為をしてほしくないと思う」

「……そう」


 ノエルは頷かない。代美は仕方なく、別方面から説得する。


「ヒトカゲを斃すだけで満足できないか。それなら私たちは何も言わない」

「……」

「ノエル」

「……そうするしか、ない。じゃないとあの人が」


 ノエルは体を震えさせる。

 代美はここで本部長の躾がノエルを傷つけたとは反対に、身を守るためだとよく分かった。そうでもしなければ、ノエルは人を害してしまうし、その罪のために最悪殺される。


 本部長への疑心が薄まる。嫌な役割をやってもらったと思えば、以前までの信頼感が戻ってきたほどだった。




 ノエルの回復が速かったのか、本部長に頼んだ調査が速かったのか、先生の亡骸を回収することができたらしい。痣が消えた頃には先生の葬式が行われた。


 代美はノエルを連れ、葬式に出席する。白の喪服を身に付け、刀の柄も白紙で包み込んで結っておく。

 先生は弟子だけでなく、団員からも広く慕われていた。町人も灰身上のお陰で安全に生活できることをよく知っている。悲しみに包まれながら火葬はなされ、僧侶の供養後、墓に埋められる。感慨に浸っていると、遠巻きに噂された。


「ほら見て」

「本当に子どものお守りをさせられてるんだな」

「ヒトカゲの討伐もしないで?」

「身分相応よね。先生の付きまといにはほとほとしていたのよ」


 葬式に出席すれば、噂されるのは覚悟していた。慣れているので、じっとして耐える。


「あんた、まだいたの? さっさと帰ればいいのに」


 陰口する者と比べ、カティンカは面と向かって言う。代美には強く当たるが、本来の根のよさが現れている。


「……ノエル、行こう」

「ん」


 カティンカが言いたいのは実家だろうが、住まいの長屋に帰る。代美は先生がいなくとも、灰身上は続けるつもりだ。ノエルに教えを受け継いだ後も、できればそうしたいと思っている。


 ノエルからは先生の死を悼む様子は見られない。やはり、代美が道義についても教えていかなくてはならないだろう。

 調査は途中だが、経過報告はされていた。ノエルの常人にはない思考について、記憶が戻れば連鎖的に解決すると考えていた。だが、調査しても今のところノエルの身元が分かるようなものはない。


「私がお前を立派な灰身上にしてみせる」


 ノエルは人を害することに抵抗がない他にも、豊かな感性がなかったりする。これはノエルの理解があり、扱いも分かっている代美にしかできないことだ。

 聞いているのか聞いていないのか、ぼんやりとしているノエルの手を引く。代美の決意の道先は険しく、できるかできないかも未知数だった。


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