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桜物語  作者: 新名玲紗
6/7

新たな芽吹き

この作品は史実を基にしたフィクションであり史実とは異なる箇所があります。

 青々とした空にひらひらと舞う桜。我々にとっては生きるか死ぬかの戦いなのにまるで蝶のように意気揚々としている。

 いや、そうでなければこの戦場では生き残れない。その証拠にまわりの雑草を全て毒殺しているのだから。

 そんな桜にまだ花盛りの彼女を重ねてはいつの間にかそれを戦う理由にしている自分がいた。今は日本で新たな芽吹きが見られる頃だろうか。

 この戦いの意味なんてもうそれで十分なのかもしれない。ずっと日本の文化とされてきた桜はこの地にもしっかりと根付いていたのだ。

「……っ、あいつらのせいで……」

 すでに焼け野原と化した戦場から何者かの声が聞こえてきた。どんなに綺麗事を言ったところで我々が多くの者を斬り捨ててきた事には変わりない。それが戦争と言うものだ。

 この渇きにも似た欲望を満たすために水を飲み干してもまだ足りない。そして、もっと美味しい水を求めて我々はこの手を血に染めてきたんだ。

 それで日本が少しでも豊かになるなら本望と言ってもいい。その荒れ果てた戦場でカコンと鹿威しの音が響いた。


「そのお守りは満成のものか」

 いつの間に背後にいたのかそこには同期の大竹宗一の姿があった。我が国の平和への願いが叶うようにと彼女が自身に託したお守りを指差しながら。

「……ああ、もし僕が生きて帰る事ができなかったらこれを君へ託したい」

 僕は一旦箸を置くと、そのお守りを差し出した。このところ飲まず食わずだったからか炊き立てのご飯の匂いが堪らない。

 それは大竹さんも一緒のようで、今か今かと宿屋の女将さんがお猪口にお酒を注ぎ終えるのを待ち構えている。

「お前が片身を俺に託すなんて珍しいじゃないか」

「勿論そう簡単に死ぬつもりは無い。ただ、万が一の事があった時に我が子を育てていけるのは彼女しかいないから」

「……」

 すでに戦火に焼かれる覚悟はできている。それでも、彼女には生きて未来ある我が子へ日本の伝統芸能を語り継いでいってほしい。そう願わずにはいられなかった。

「……っ」

「お、やっと目が覚めたか」

 先程戦場で死にかけていた男がようやく目を覚ましたようだ。その服装からして海軍の上級士官と言ったところだろう。

「お陰で命拾いしたな。もし喋る気があるならまずは名を問いたい」

「……松永実吉。今は日本海軍の少佐だが、元々は旧幕府軍の大名だった」

 その言葉で全てを察した。たまたま同行していた源之助が軍医だったから一命を取り留めたもののあのまま放っておいたらきっと死んでいたに違いない。

「俺は大竹宗一。日本陸軍の大佐だ。こっちは少佐の梅木満成」

「まあ、よろしく頼む」

 僕はお守りを財布の中にしまうと一礼した。一部の士族の中には国のやり方に反対する者も多い。

 そんな彼らに武士として戦う場所を与えた西郷隆盛はある意味で正義そのものと言えよう。しかし、彼の首がはねられ、最後の特権でもある刀を取り上げられた士族の反乱はあの日に幕を閉じたのだ。

「……無様なところを見せてしまった。貴様らには礼を言う」

 まだ右目が痛むのか一つ一つ言葉を絞り出すように彼は言った。あれだけの重症を負いながらここまで回復するとはさすが旧幕府軍の大名だっただけある。

 それぞれの正義が衝突し合う中での争いはまだまだ終焉を迎えそうにない。それが国境を越えて第一次世界大戦にまで発展する事になろうとはこの時の僕達は知る由も無かった。

[參考文献]

アジア歴史資料センター・大英図書館共同インターネット特別展. "4. 講和へ:講和交渉の開始~下関条約締結と三国干渉". 描かれた日清戦争 〜錦絵・年画と公文書〜. 2021.

https://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/smart/about/p004.html

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