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桜物語  作者: 新名玲紗
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桜芽吹く頃

この作品は史実を基にしたフィクションであり史実とは異なる箇所があります。

 梅の実が色付き桜の葉も芽吹く頃。我が国では産業革命により朝鮮への経済進出が進んでいました。

 そんな中、朝鮮の各地で起きていた暴動が遂に甲午農民戦争と呼ばれる武装蜂起にまで拡大し、自分達の生活が脅かされていた農民達の怒りは頂点へと達していたのです。


「明日、僕は日本を立つ」

「……遂に戦が始まるんですね」

 春には咲き誇っていた桜の木々の緑も深まり、私には爽やかな風がそよぐ中で鳥居の前に佇む彼の背中が泣いているように思えてなりませんでした。一段と濃く見ゆる二つの影が今はただただ虚しい。

「僕は武士として生まれてきた。例え時代が変わろうともその心は変わらない。我が主君が志す道が戦火の道なら僕はこの国の矛になろう」

 まるで自分に言い聞かせるように呟く彼の言葉に、私はこの激動の時代の中で争い、血を流し、そして憎み合ってきた者達を思い出しました。最期まで武士としての誇りを捨てずに戦い続けたお父様も、今も士族に対する恨みを持つ花街の女達も、それぞれが思い描く未来に幸せがあると信じて歩んできたはずなのに人は何故争うのでしょう。


「もし僕が戦場から戻らなければ梅木家の次期当主は君のお腹にいる子へ託したい」

「そんな、私のような女には……」

 彼は私を妾としてではなく正妻として迎え入れてくれました。それでも、私のような者を快く思わない人達がいるのも確かなのです。

「すでに家の者に話はつけてある。君は何も心配しなくていい」

「でも、満成様。私は……」

 あなたと運命を共にしたい。ただ守られるだけの女ではいたくないのに、その言葉は風の音にかき消されてゆくのでした。

「僕にも守りたいものがある。君には生きて我が戦士達の事を未来へ語り継いでいってほしい」

「本当にあなたと言う人は……! そんなの勝手すぎますよ」

 いつだって女は蚊帳の外で、私は戦場に立つ事すら許されないのですから。この想いだけはどうしても譲りたくなくて思わず彼の元へ躙り寄ると、私の叫ぶ声がまだ夜明けの静かな境内に響き渡りました。

「さすが武家の娘だ。僕が見初めただけある」

 そう言って振り向いた彼の瞳はどこか悲しみを帯びているのに、それとは対照的に美しく弧を描く唇。私は歯を食い縛って溢れそうになる涙をただじっと堪える事しかできずにおりました。

「それでも、私はお待ちしております。あなたのお帰りを……」

 私が揺蕩いながら言葉を紡ぐと、一筋だけ堪え切れずに溢れた涙をぬぐうようにそっと頬に触れる彼。そのまま拝殿の方へ向き直りゆるりと歩み出した彼の後を追うと、私も拝殿の前で手を合わせながら彼が無事に生きて帰るよう神に祈るのでした。

[参考文献]

アジア歴史資料センター・大英図書館共同インターネット特別展. "2. 開戦:日清の朝鮮への出兵と戦闘の始まり~宣戦布告". 描かれた日清戦争 〜錦絵・年画と公文書〜. 2021.

https://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/smart/about/p002.html

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