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3・夢じゃなかった

ブクマと評価、本当にありがとうございます。

 私を見捨てないと言ってくれた魔女。もしかしたら、これは私が死ぬ間際に見ている、幸せな夢なのかもしれないとも思っていた。

 だが幸いにして全ては現実だったようで、魔女は実在していたし、本当に私を見捨てなかった。


 あの日、夕方に目が覚めると部屋の様子が一変していた。


 ホコリのない、清掃の行き届いた室内。

 汚れて灰色になっていたカーテンは、綺麗な紺色のカーテンに変わり。

 むき出しだった床も、ふかふかのラグが敷かれていて。

 あまりの変わりように目を白黒させていると、魔女は私の姿を上から下まで眺めてから一言。


「湯浴みが必要ね」


 そう告げて、部屋に備え付けの小さな浴室に私を押し込んだ。

 一度も使ったことのなかった浴室も綺麗に清められていて、小さなバスタブにはお湯が張られている。

 ここもホコリが積もった、ひどい状態だったはずなのに。

 驚いていると、しびれを切らした魔女が手早く私を洗ってバスタブに放り込み、十分に暖まったら取り出して、ふかふかのバスローブを着せてくれた。

 部屋に戻ればベッドも清潔なものに変わっていて、室温も寒くも暑くもない状態。

 驚きの連続で固まる私に、魔女はこともなげに言う。


「本当はみだりに魔法を使うことはいけないんだけど、さすがに今回の状況は魔法なしは厳しかったから。今回だけの大サービスよ」

「本当にありがたいのだが、魔法を行使する際の対価や代償はないのか? 魔女は、大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。魔法は神秘の領域、対価も代償も必要としないわ」


 魔法は人外の領域。対価や代償なく、奇跡のようになんでも願いを叶えてくれる。

 それは伝承の一文。信じていなかったわけではないが、こうして目の当たりにすると、本当に恐ろしい力だ。


「とはいえ、むやみやたらに行使すれば、世界のことわりを乱すわ。だから基本的に他人のためには使わないのよ?」


 あなたは特別だからね、と魔女は笑った。

 疑っていたわけではないが、目の前の魔女は本当にヒトではないのだなぁと実感するのだった。


 そして魔女と出会った日の翌日。

 ちょっと行ってくるわと部屋を出ていった魔女は、言葉通りすぐに帰ってきた。両手いっぱいの果物と、私の専属侍女という正式な肩書きを持って。

 曰く、認識阻害魔法で自身の姿を侍女に見えるように偽装したらしい。


 正体を知っている私には効かないので、周囲には魔女がどんな姿に見えているのか分からない。

 だがもし、私が見ている魔女の容姿で、お仕着せを着たように見えているのだとしたら。なんというか、あぶない気がする。色々な意味で。

 それを素直に言ったら呆れられた。目立つ姿にするわけないでしょう、とのこと。つまりこの魔女、自分の容姿を正しく理解しているのだ。けしからん。


 ……ごほん。とにかく、そうして侍女に紛れ込んだ魔女は、誰もが疎ましがる私の世話役に立候補。他の侍女たちは喜んでその役割を彼女に押しつけた、という経緯らしい。


「絶対に後悔するわよ、彼女たち」


 そう言ってにやりと笑った魔女は、とても悪い顔をしていた。


 そんな大活躍の魔女に対し、私は相変わらずの役立たずであった。

 魔女の見立てだと、私の心と体は完全に弱りきっていたらしい。そこに魔女という信頼できる存在を得たことで、緊張の糸が切れてしまったのでは、とのこと。

 結果、出会った翌日から高熱を出して三日ほど寝込むことに。

 ようやく熱が下がった日に、魔女は私の専属侍女になった詳しい経緯を教えてくれたのだった。

 ちなみに専属侍女と聞こえだけはいいが、もちろん真の意味は役立たず王女の世話押しつけ係である。


 魔女は私の部屋に入り浸り、あれこれと世話を焼いてくれた。

 熱が出ている間はずっと側にいて看病をしてくれたし、食事は体調に合わせたものを食べさせてくれて。部屋の掃除は毎日してくれて、湯浴みも毎日させてくれる。

 クローゼットの中身も、ボロボロの服ばかりだったはずが、すべて普通の服になっていた。

 ……ドレスとか持ってこられたらどうしようと思っていたのだが、平民が着るちょっと仕立てが良いくらいのワンピースが主だった。本当に安心した。


「なぁ魔女。どうやって食事や服、湯の手配をしているんだ? 城の人間が素直に要求に応じてくれるとは思えないのだが」

「…………、認識阻害魔法って、とぉっても便利なんですよ?」


 にっこりと笑う魔女に、私は問うことをやめた。世間には知らない方がよいことが多々存在する。

 魔法で無から生み出しているわけではないのだから、気にしない気にしてはいけない。それに本来ならば、子供の生活はきちんと保証されるべきなのだから。


 熱が下がった直後はだるくて仕方なかったが、数日経つ頃には自分でも驚くほど元気になった。出される食事がまともで美味しいおかげだろう。

 ……見た目はまだ骨と皮だけの枯れ枝状態だが。心は前と比べものにならないくらい元気だ。


「魂が活力を取り戻したおかげね。食べる量も増えてきたし、もうちょっとしたら幽霊じゃなくて人間になれると思うわ」


 魔女は傷みきった私の髪を手入れしながら、しみじみと言った。何気に失礼な発言である。事実だが。


 過去に戻ってきて、そして魔女と出会ってから、すでに早十日間。

 私の生活は驚くほど様変わりした。ちなみに外部との接触は魔女がシャットアウトしてくれたので、とても平穏な日々を送っている。

 いつだって眠くて眠くて仕方なかった体も、朝から昼下がりまでくらいならば、きちんと起きていることが可能になった。

 これだけ元気になったのだから、そろそろ動き出さねばなるまい。


「魔女、元気になったぞ。そろそろいいのではないか?」

「……そうね。ここまで元気になったのだから、約束は守るわ」


 実は高熱を出したその日に、その状態で調べ物をしに部屋を出ようとして、彼女にこっぴどく叱られたのだ。弱り切った体をどうにかするのが先だと。

 それでもなお行こうとする私に、半分やけくそになった魔女が、元気になったならば調べ物に協力するから今は元気になるまで休め、と妥協案を提示。私は渋々それを飲んだのだった。


 本当ならば、熱なんて気にせず部屋を飛び出したかった。しかし、魔女の言い分が反論の余地もなく正しいことも理解していて。

 だから我慢に我慢を重ねて、こうして元気になるまで、部屋から出ずに療養に専念していたのだ。


 今日は外に出てもおかしくない簡易なドレスを着ている。髪もきちんと整えてもらい、私は鏡台の椅子から立ち上がる。

 ちなみにこの鏡台一式も魔女が持ち込んでくれた。感謝しかない。


「では、調べ物に行くぞ!」

「リュディガー・アッヘンヴァルなら生きているわよ」


 意気込んだ私に、魔女はあっさりと欲しかった情報を放り投げてきた。

 心構えが出来ていなかった私は、そのままぴしりと固まった。

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